1-1 ♂ 嵐の前の自己紹介 ♀
「や。なにニヤけてるの、ミナタ」
名前を呼ばれて我にかえった。
「へ? ……なんだ、
視界の焦点があってくる。
教室だ。隅っこのいちばん窓際――俺の席。
耳にはチャイムの残響があった。
いつの間にか授業は終わり、休み時間になっていたらしい。
「俺、ニヤけてた?」
「ん。ニヤけすぎて顔とろけてた。アイスクリームのてんぷらくらい」
「……なんだよ、その例えは」
俺を存在するかも分からない謎の料理呼ばわりしてきたのは
俺と同じ
「ちなみにアイスの天ぷらって、実在するから」と龍斗が言った。
「実在するの⁉」
「そこそこ美味しい」と龍斗は顎に指先を添えながら付け足す。「ポン酢とワサビをつけて食べる」
「……後半はダウト」
「お。よく分かってる。さすがはボクの幼馴染」
龍斗は悪戯っぽく片方の口角をあげた。
そう。俺と龍斗は幼馴染だ。
幼馴染――腐れ縁と言ってもいい。
「うー……ったく。相変わらずお前の冗談は嘘か本当かよく分からねえ」
「でも、ミナタなら見抜いてくれる」
「……まあな」と俺はすこし得意げに鼻を鳴らす。
龍斗はいつもみたいに俺の前の空席に遠慮なく座った。
手に提げていたトートバッグからCDプレイヤーを取り出して机の上に置く。
外から吹いてきた風が、いい感じに色の抜けた龍斗のクセっ毛を揺らした。
「ん」と龍斗は片方のイヤホンを俺に手渡してきた。
「おう」と俺は受け取って耳につける。「昨日言ってたやつか?」
「そ」
「――かっこいーじゃん」
「でしょ」
言葉短めに俺たちは会話する。
流れてきたのは洋楽だ。50年以上前のイギリスのロックバンドらしい。
「相変わらずCDなんだな」
「スマホとかより、こっちのが音に味がある」
「俺には違いがあるようには思えないけどな」
俺は机に頬杖をついてまた窓の外に目をやる。
初夏の風が心地よい。薄青色の空に蝉の声が遠く滲んでいる。
すっかり緑葉になった桜の樹々は、校庭のまわりに連なって並んでいる。
そんな景色の中央に――俺はキミの姿を見つけた。
「……あ。なんだ、そういうこと」と龍斗が気づいてイヤホンを外した。
「へっ?」
「ミナタがニヤけてた原因。――あーちゃん、体育だったんだ」
「お、おう」
図星をつかれて俺は下唇を噛んだ。流石は幼馴染、勘が良いぜ。
「あーちゃん、今日も大人気だ。あんなにみんなに囲まれて」
龍斗は目の上に掌をあててグラウンドを眺めた。
あーちゃん、と龍斗が呼んでるのは
三拍子揃った我が美鏡学園――どころか、学外にまでその噂をとどろかす
俺は前の授業中も、そんな愛音の活動的な体操服姿(やらしい意味はない。一応補足しておく)を教室の窓から目で追って、龍斗いわくニヤけていたのだった。
「あんなにスタイルもよくなって……昔は
龍斗が懐かしむように言った。
「ああ……そうだな。昔は思いもしなかった」
俺も同調した。
いまや男子女子問わず憧れの的になっている彼女の〝過去〟を知るとは何者か、と
愛音は俺たちの〝もうひとりの幼馴染〟なのだ。
「あーちゃん、またアイドル事務所にスカウトされてた」
「え? は⁉ ……俺、聞いてないぜ」
「言ったらまずかったかも」と龍斗はわざとらしく舌を出した。
あいつが芸能界入りを打診されたことはこれまでにも数知れず。
一緒に都会の街を歩けば、俺でも知ってるような大手事務所から次から次に声が掛かった。
「で、愛音はどうしたんだよ?」
「断ったって。いつもと同じ。ボクたちとの時間がなくなるから」
「ふうん……やっぱり、ばかだ」
ばかだけど……うれしくもある。当然だ。
愛音は世間一般的に憧れとされる
「安心した?」と龍斗。
「うー……するに決まってるだろ」
俺は眉毛を下げて、唇を噛んで、窓の向こうに目を細める。
ちょうど愛音はグラウンドから校舎に向かって帰ってくるところだ。
彼女の周囲にはキラキラした――いわゆるクラスの一軍女子たちが集まっている。
その中でも愛音はとくだん輝いている。とびぬけたオーラを放っている。
――ひとめ見たら、この世のだれをも虜にしてしまいうるほどに。
「あ、こっちに気づいたみたい」
そんな愛音が、ちょうど校舎の3階、俺たちがいる窓辺に向かって手を振ってくれた。
背伸びするようにこちらを見上げている。
「手、振り返さないんだ?」と龍斗がきいてきた。
「ああ……俺に向けてじゃなかったら、はずいし」
実際に愛音の取り巻き女子たちは『え? だれに手振ってるの? まさかあの窓辺の男じゃないわよね?』みたいな表情で首をかしげている。ちなみにそんな俺の周囲からのあだ名は【困り顔黒髪ヤンキー】だ。つり目で目つき悪し。その割に眉毛は垂れぎみでいつも何かに困ってそうな顔をしている――ということでつけられたらしい。
……って! なんか俺のあだ名だけひどくないか⁉ 他の2人は『王子』だか『姫様』だとかついてるのによ‼
などと実際に愛音と龍斗に嘆いてみたことがあるのだが、できた幼馴染たちはそのたび優しく俺のことを
「ま……本来幼馴染でもなければ、俺みたいな一般階級男子は愛音の隣にいて良い存在じゃないんだ。特に学校という
俺は溜息交じりにつぶやく。
しかし。
「ふ。そんなわけない」
龍斗は不思議そうに笑って。
「ミナタがいつでもあーちゃんのこと探してるのと同じで、あーちゃんもきっとミナタのこと、探してる」
俺の背中に軽く手を添えて。
言ってくれた。
「だって、あーちゃんは――ミナタの
そう。ありがたいことに。
俺は幼馴染でありながら学園一の【姫天使様】でもある愛音と――
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次回、TS前にラブラブパートです~
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