第25話 家路【8月22日】

 学校がお盆休みだったので、図書室にもしばらく行くことができなかった。

 今日は、図書室の開放が再開される日だ。由依さんとは久しく会っていないけど、彼女は今日も来るのだろうか。

 本を読みに行く、というよりも、由依さんのことが気になって、僕は未来を保育園に預けた後、高校へと足を運んだ。


 図書室に着いてドアを開けると、いつものように受付には誰もいなかった。

 書架の奥へと進み、読書スペースに出ると、美しい姿勢で本を読む由依さんが変わらずに座っていた。


「おはよう。」

 僕は由依さんに話しかける。


「おはよう。久しぶりね。」

 由依さんが答える。


「そうだね。家にいてもすることがないから、また、ここに来たんだ。」

「そう。私も似たようなものだわ。」

「由依さんは、お盆にどこかに行ったりしなかったの?」

「みんなのように家族で帰省する行き先もないから、家にいたわ。」

「そうなんだ。僕も、帰省っていう帰省はしばらくしてないかな。親が離婚してからは、父母ちちははの祖父母とも疎遠になったよ。」

「奥山くんの両親は離婚しているのね。」

「そうだね。高校に入学したての頃だったかな。」

「私も、今は父としか一緒に住んでいないわ。もっとも、その父は多忙でほとんど家にいないけど。」

「由依さんのお父さんって、多摩市のAI開発を手がけている会社の社長だよね。」

「そう。だからほとんど家にいないの。」

「じゃあ、どうして図書室に毎日くるの?家に親がいなければ、特に外にいる理由もないと思うけど。」

「あの家に・・・あまりいたくないのよ。それに、私にはやらなければいけないことがあるの。」

「それって、祈りを捧げること?」

「そう。あの行為が彼女にとって必要だから。」

「今日も行くの?」

「そうね。もう少し読書をしたら行くつもりだわ。」

「僕も一緒に行っていいのかな。」

「ええ。そのために来てくれたのでしょう。」


 由依さんの最後の発言は、半分正解で、半分間違っている。

 由依さんのことが気になった、とは言い出せず、僕は彼女の言葉に対して頷いた。


 

♪キィー(教会内の扉が開く音)


 数時間、お互いに読書をした後、


「そろそろ行きましょうか。」

「うん。」


 由依さんの誘いで、僕たちは図書室をあとにした。


 教会に向かい、扉を開ける。

 今日も、天井脇のステンドグラスからサンサンと光が差し込んでいる。純白の内装から反射した光を浴びる由依さんの白い肌は、さらに輝きを放っているようだった。


 祭壇にたどり着くと、由依さんはこの前と同じように、両膝をついて、両手を組み、祈りを捧げ始めた。目を瞑って、彼女は真剣に祈りを捧げている。

 僕も同じ姿勢になって、目を瞑る。

 由依さんは、彼女のため、と言っていた。その彼女が誰なのか僕には分からなかったけど、由依さんの依頼でもあるから、僕はまだ見ぬ彼女のために祈りを捧げることにした。


「奥山くん。今日は、そのまま目を瞑っていてもらえる?」

「分かった。由依さんが開けていいというまで?」

「そう。そうしてもらえると助かるわ。」


 僕は、彼女の指示に従って、目を瞑り続けた。


 すると、祭壇の奥の方から少し物音がした。この音は・・・奥にあるピアノの方から聞こえるようだ。



♪ターンタターンターンタターン(ピアノの音)


 間もなくして、ピアノの音が教会内に鳴り響く。由依さんが動いた気配はない。やはり、僕と、由依さん以外にも誰かいるようだ。

 ピアノから流れてくるメロディは、聞き覚えがある。確か・・・夕方ごろに市内で流れる音楽だ。子供たちに帰りを促すために流れてくるメロディ・・・確か『家路』というタイトルだったと思う。


 ゆったりとしたテンポで、でも温かな音が教会内を包み込む。

 複雑な曲ではないので、演者の技量が上手いかどうかは分からないけど、不思議と、いつまでも聴いていたくなるような演奏だった。


 有名なフレーズを数回繰り返して、演奏は終わった。


「奥山くん。目を開けていいわよ。」


 僕は、由依さんの言葉を受けて目を開ける。そして、ピアノが置いてある方に目を向ける。



 髪の長い、少女のような姿が、一瞬だけ見えた。

 

 

 しかし、それは一瞬のことで、その姿は間もなく見えなくなってしまった。


「何か見えたかしら。」

「うん。一瞬だけ、女の子がいたような気がするよ。」

「そう。そうなの。」

 

 由依さんは、少し安堵したような表情を見せる。


「ピアノの音は聞こえた?」

「うん。夕方ごろに市内で流れる音楽だよね。」

「そう。ドボルザーク作曲の『家路』という曲よ。うん、分かったわ。ありがとう、奥山くん。」

「うん。」

「もっと詳細に聞きたくはないの?」

「うーん、由依さんなら、そのうちワケを教えてくれると思うから、今は、このままでいいと思ってる。」

「そう。奥山くんって、変わってるわね。」

「そうだね。よく言われるよ。」


 そう僕が言うと、由依さんは、少し嬉しそうな表情を見せた。

 こんな由依さんの表情もあるんだな。

 

 まだ見ぬ彼女のことも本当は気になるところではあったけど、由依さんのレアな表情を見れたこともあって、それ以上のことを考えることはなかった。

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青春がない僕は童女マリアに救われた あさかわ やま @lumy04

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