第23話 お祝い【8月16日】

♪ピンポーン(インターホンが鳴る音)


 昼頃に未来を保育園から引き上げて、いったん着替えてから色葉さんの家に来た。今日子さんには説明するのが面倒だったので、今日のことを話していない。幸い、未来の担任の先生に事情を話したところ、保育園を早退したことはうまく対応してくれるとのことだった。


「奥山です。」

「鍵開いてるからどうぞー。」


 インターホン越しに色葉さんが応える。


 そのまま進んで、僕たちが玄関の扉を開けると、チーちゃんが走って出迎えてくれた。


「みきゅ、げんきなたー!?」


 未来がコクンと頷く。


「うれしー!いっしょに、にんぎょであそぼ!」


 そう言って、未来を家の中に連れていってしまった。


「いらっしゃーい。ちょっとまだ準備が終わってないから、テキトーに上がって待っててー。」


 奥の部屋から色葉さんが顔を見せる。

 いつものスタイリッシュな格好の上に、今日はピンクのエプロンを付けている。もちろん、駅前のテーマパーク(ファンタジーランド)の猫のキャラクターが大きくプリントされているものだ。


「お邪魔します。」


 僕は、玄関の廊下を抜けて、ダイニングに入る。

 チーちゃんと未来は、人形を出して遊んでいた。家にはないおもちゃだから、未来も興味津々だ。


 ソファーに座り、辺りを見回す。

 ソファーの前のテーブルには、パーティ用のお皿やコップが用意されていた。

 きれいに整理された部屋だけど、部屋の各所にファンタジーランドのキャラクターがディスプレイされている。人形や、置物や、文房具など。一番目を引くのは、メインキャラクターたちが数字盤に付いている少し大きめの壁掛け時計だろう。


 その中でも異色だったのが、棚の上に小さい仏壇と写真が飾ってあったことだ。ここからだと写真の内容がよく見えないけど、男性だろうか。

 

 すると、後ろから、


「こんにちは。あなたが奥山くんね!」


 いきなりテンションが高めの女性に声をかけられた。


 肩より少し下まで伸びている茶色い髪。

 白いサマーニットとデニムのズボン。

 すらっと伸びた165センチほどの身長。

 薄めの化粧と健康的な肌が20代後半を思わせる。


「初めまして。穂花の母のかおるです。これが本物の奥山くんね。穂花からお噂はかねがね聞いてましたよ〜。」

「ちょっとママ!変なこと言っちゃだめだよ!」

「あれま、いきなり怒られました。でも、お話を聞いていたのは本当よ。千景の自転車、乗れるようにしてくれてありがとうね。」

「いえ、千景さんが頑張ったからです。僕は、それを少しだけ支えたというか・・・。」

「なんて謙虚なの!これは、未来の旦那さん候補ね。奥山くん、穂花をよろしくお願いいたします。」

「ママ!」

「ありゃりゃ、これ以上やると今日は口を聞いてもらえなくなっちゃうわ。久しぶりの休みだから、ちょっとテンション上がりすぎちゃった。」


 なんというか、色葉さんのお母さんだとすぐに分かる人だ。

 見た目は、お姉さんでも通じそうだけど。


「お仕事は何をされているんですか?」

「穂花から聞いてない?私、ファンタジーランドのダンサーをしてるのよ。」


 どうりで、姿勢や動作がきれいなわけだ。色葉さんたちがファンタジーランドのグッズをたくさん持っている理由も判明した。


「そうなんですか。最近は行ってないですけど、小学生のときに遠足で行った記憶があります。」

「じゃあ、そのときのパレードでもしかしたら会ってるかもね。未来ちゃんは、行ったことがない?」

「そうですね。母も忙しいので、未来を連れて行ったことはまだないです。」

「今年から新しいパレードが始まったの。未来ちゃんもファンタジーランドが好きだったら、ぜひ見にきてね。」

「はい。」


 僕と香さんが話していたところ、色葉さんがお盆に料理を載せてやってきた。


「できたよー。奥山くん、ママに変なことを吹き込まれてない?」

「大丈夫だよ。」

「そうそう。ちょっとした約束をしただけだよねー。」

「もうっ。ママは強引だから、テキトーに流してね、奥山くん。」

「つれないなー。」

「はいはい。とにかく、お祝い会を始めよう。」


 目の前に、オムライスが置かれた。

 きれいな弓形の形と、半熟の卵が揺れている。ケチャップはまだかかってないけど、とても美味しそうだ。

 それと、唐揚げとポテトフライ、サラダが手際よく置かれた。


「これは、全部色葉さんが作ったの?」

「うん。ママがこんなだから、私が料理番なんだ。」

「ちぇー。私はどうせ、踊ることしかできませんよー。」

「チー、ママのおじょり、だいしゅき!」

「ありがとう、ちかげー。ママも千景が大好きだぞー。」


 なんだかデジャブだけど、これが色葉家のスキンシップらしい。


「じゃあ、仕上げにケチャップお絵かきをしまーす。チーは何描いて欲しい?」

「はーと!」

「かしこまりました。ではでは、くるりんくるりん、っと。」

「はーと、きゃわいい。」

「穂花、私もハート書いて〜。」

「はいはい。くるりんくるりん、っと。」

「ハート、きゃわいい。次は、奥山くんだよ。」

「えーっと、普通でいいです。」

「えー!ここまでみんなハートなのに、奥山くんは娘の愛を受け取ってくれないの?」

「ママ!奥山くん、困ってるよ。」

「でもほら、未来ちゃんと兼用のオムライスだから。未来ちゃんもハートがいいよね〜。」


 未来がコクンと頷く。


「じゃあ・・・ハートで・・・。」

「もうっ、ごめんね奥山くん。ママの余興に少しだけお付き合いください。」


 目の前で、色葉さんがハートの絵を描いてくれる。

 可愛らしいハートだ。


「ありがとう。」

「どういたしまして。では、チーのお祝いだよ。みんなコップを持ってね。はい、かんぱーい!」

「千景、すごいわー!」

「おめでとう。」

「あいがとでしゅ。」


 こうして、チーちゃんの自転車乗れた記念のお祝いが始まった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る