第20話 彼女の願い【8月8日】

 チーちゃんとの自転車の練習は大詰めを迎えていた。


 片方のコマを外したところまでは良かったけど、いざ両方のコマを外すと、バランスの取り方が難しいみたいで、上手に前へ進むことができずにいた。4歳でコマを外すというのは、やっぱり少しタイミングが早いのかもしれない。


 でも、チーちゃんはめげずに練習をがんばっていた。

 色葉さんも応援を送り続け、未来もチーちゃんの汗を拭いてあげるなどのサポートを行っていた。 


 そして、今日もいつもの練習場である公園に来ている。


 小さいのに弱音を言わずがんばる少女に、僕としてもなんとか結果を見せてあげたかった。


「チーちゃんは、転んでも痛くない?」

「うん。いちゃいのはへっちゃらだよ!」


 彼女のひたすらに前向きな姿勢は、僕にはないものだったから、10歳以上離れている少女を内心、尊敬もしていた。


「少しだけ前に進むから、あともう少しだよね。でも、何が足りないだろう。」

 色葉さんも打開策を一緒に考えてくれる。


 あまり練習ばかりしてもチーちゃんの体力がもたないので、僕たちは、いったん休憩することにした。

 チーちゃんと未来は、水分補給をしたあと、僕の心配をよそに芝生を上を一緒に走り回っている。

 未来は、歳の近いお姉ちゃんができて嬉しいようだ。確かに、僕と未来の歳は、きょうだいというよりは親子といってもいいぐらい離れている。


「ちびっこは元気だねー。チーも毎日、未来ちゃんと遊びたいって言ってるよ。」

「未来も前より笑顔が増えた気がするよ。」

「そうなんだ。確かに、未来ちゃん、最初はもっと大人しかったかも。」

「家では、あまり感情を表に出さないからね。」

「その・・・聞いていいのかな。奥山くんの家って、大変なの?」

「どうしてそう思ったの?」

「この前、急に来れなくなったでしょ。それに、未来ちゃんの面倒は奥山くんが全部見てるし。なんか大変なのかなって。」

「うちの親が離婚している話はしたかな。」

「ううん。でも、なんとなくそんな気はしてた。」

「離婚の前は、家がぐちゃぐちゃになったんだ。もともと仲がいい親じゃなかったけど、ささいなことで、それまでの鬱憤がお互いに爆発したみたいでさ。」

「うん。」

「毎日、お互いに罵倒し合っていたんだ。生まれたばかりの未来は、状況が分からないなりに、それを肌で感じ取っていたみたい。」

「それは、辛いね。」

「離婚して、アパートに引っ越してからは、母親も家計を支えるって言って仕事の量も増やしたんだよね。ほとんど母親は家にいないんだけど、仕事のストレスもあるのか、僕たちに対するアタリが強いんだ。」

「そうなんだ。お母さんも大変だけど、奥山くんと未来ちゃんも、それを受け止めなきゃいけないんだね。」

「うん。そうだね。受け止めるしか、できないね。」

「でも、奥山くんを受け止めてくれる人がいないと、奥山くんが苦しくなっちゃうよ。」

「まあ、それはそうだけど。もう慣れちゃったというか・・・。」

「そんなのダメだよ!!気づかない間に、奥山くんが奥山くんじゃなくなっちゃうんだよ!」


 色葉さんは、少し強めに、そして目に少し涙を浮かべながら言った。


「ありがとう。色葉さんがそう言ってくれるだけでも、気持ちが楽になった気がするよ。」

「そうだよ。1人で仕舞い込んじゃダメだよ。今度何かあったら、私のことを頼ってほしい。」

「うん、そうするね。」


 色葉さんは、僕の返事を聞いて安心した様子を見せる。

 この前も、色葉さんはすごく僕のことを心配してくれた。


 彼女がどうしてここまで僕を気にかけてくれるのか、理由は分からないけど、彼女の好意は、なぜだか素直に受け取ることができた。

 

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