第18話 再会
♪チリーーーン チリーーーン(風鈴がゆっくりとなる音)
家に帰り、ルーティンを済ませ、未来を保育園まで迎えに行く。
担任の先生にお礼を言って、保育園を出たあと、
「今日は、このあとチーちゃんに会いにいく?」
と未来に聞いてみると、コクンと頷いた。表情もなんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、行ってみようか。」
僕たちはいつものどおりの帰路を進み、色葉さんの家に向かう交差点を右に曲がった。この前は、この角を曲がることがためらわれたけど、今日は、これまでに由依さんや姉崎先生と話したこともあって、足取りは重くなかった。
色葉さんの家の近くまで来ると、また、風鈴の音が聞こえてきた。
彼女の家は、いつも何かしらの音がする。でもそれが、彼女たちがきちんといることを教えてくれるようで、少し安心感があった。
庭先まで行くと、軒先で色葉さんとチーちゃんがこちらの方を向いていた。
僕たちに気づくと、
「おっきゅん!あいたかったでしゅ!」
チーちゃんがこちらに駆け寄ってくる。
「この前は行けなくてごめんね。今日は、練習しにきたよ。」
「来てくれてありがとう。よかった、また奥山くんと会えて。」
色葉さんも来て、本当に安心したようにそう言った。
「うん。色葉さんもメッセージありがとう。」
「ううん。返事くれてありがとうね。うん、奥山くんに会えて元気出てきたよ!じゃあ早速、今日も練習に行きますか。」
「いきましゅ!」
初めは大人しかった色葉さんも、すっかり元気を取り戻したようだ。
僕たちは、前回約束したとおり、ここから近い自転車の練習に適した平な場所がある公園に向かった。公園に向かう間、未来は色葉さんと手を繋ぎ、僕は自転車にまたがっていたチーちゃんを後ろから押しながら、なんでもない会話を安らかな気持ちで交わしていた。
♪カラカラカラ(自転車の車輪が回る音)
公園に着くと、ペンチを使って前と同じように右のコマを外した。
そして、芝生が張られた平な広場まで自転車を持っていき、チーちゃんを乗せた後、しばらくペダルをこがないで練習して前回の復習を行った。
「じゃあ、今度はペダルをこいでみようか。」
チーちゃんはうなずき、ペダルをこいでみる。
こちらはまだ慣れていないので、足の回転にぎこちなさが残る。
僕は、チーちゃんの背中を支えながら、ゆっくりと進む自転車の速度に合わせて進行した。
「チー、すごいよ!ちゃんと進んでるよ!」
色葉さんも応援してくれる。
僕の支えがある状態でペダルこぎの練習を何回かすると、足の動きもスムーズになってきた。
「そろそろ一人でこいでみる?」
「うん。」
少し不安げだったけど、チーちゃんはうなずいた。
「じゃあ、こぎ始めだけ支えておくね。」
チーちゃんがペダルをこぎ、少しスピードが出たところで、僕は手を離した。
ゆっくりと自転車は進んでいったけど、支えがない分、少し不安定だ。そう思って矢先、ハンドルを右に傾けてしまって重心が右側に移り、チーちゃんはコマのない右側にこけてしまった。
「いちゃいよーーー!!」
「大丈夫!?」
色葉さんが近づく。下が芝生だったので、すり傷はなさそうだ。
未来も近づいて、ちーちゃんの頭をなでている。
「大丈夫、ケガはしてないよ。どうする?休憩する?」
色葉さんがそう言うと、
「がんがる!みきゅもみてるから。」
と答える。みきゅ、というのは未来のことだろう。チーちゃんにとって、未来は妹みたいなものなのかもしれない。
自転車を立て直して、チーちゃんを自転車に乗せる。
そして、また背中を押して、少しスピードが出たら手を離す、ということを繰り返した。
チーちゃんは、曲がるときに何回かこけたり、スピードが足りなくて停まってしまったりしてしまったけど、回数を重ねるにつれて、次第にバランスがとれてきているようだった。
そして、10回目ぐらいだっただろうか。
僕がチーちゃんの背中から手を離して、しばらく様子を見ていたところ、チーちゃんはこけることなく、片輪の自転車をこぐことができるようになっていた。
「チー、ちゃんと乗れてるよ!すごい上手!」
集中しているからか、返事はなかったけど、チーちゃんは楽しそうに自転車を運転していた。時折、左のコマも浮いているときがあったから、コマが外れるのも時間はかからないだろう。
「うん、片輪の自転車は慣れたみたいだね。今日はここまでにして、今度は両方のコマを外して練習してみようか。」
「うん!」
「チー、またまたお姉さんになったね。今度も頑張ろうね。」
「ありがとう!」
僕たちは公園をあとにして、途中まで一緒に帰った。その間も、チーちゃんは片輪の自転車をこけずに操作することができるようになっていた。
それぞれの家の分かれ道に差し掛かり、
「じゃあ、奥山くん・・・じゃなくて、おっくん教官。今日はありがとう。」
「うん。チーちゃんが上手になってよかったよ。」
「チーがコマなしで乗れるところまで、付き合ってもらってもいいのかな?」
「うん、大丈夫だと思う。」
「無理しないでね。でも、おっくんには、チーが乗れるようになるところ見てほしいな。」
「チーも!」
「うん、そうだね。僕もそうだよ。」
「じゃあ、また来てね。いつでも待ってるから。」
「うん、保育園の迎えの帰りにまた寄るよ。」
「うん!またね!」
「ばばーい!」
二人はそう言って、手を振りながら帰っていった。そのとき、未来も小さく手を振っていた。
今日は、たくさんの人と話した日だった。その一つ一つが、僕の隙間を少しずつ埋めてくれたようで、この前よりもちょっとだけ、前を向くことができるようになった気がした。
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