第12話 会話

♪ゴーーー(吹き出し口からクーラーの冷風が出る音)


 図書室に着き、ドアを開ける。相変わらず受付には誰もいない。ドアの外側をよく見ると、


 ドアが開いていないときは、職員室に来てください。


 と書いてある。昨日、僕が出て行ったあと、先生が入れ替わりに出て行ったので、利用者が誰もいないときはドアを閉めているのだろう。逆にいえば、ドアが開いているということは、誰かすでに中にいるということだ。


 図書室の奥の読書スペースに足を進めると、昨日と同じ席に背筋を伸ばして読書をする由依さんがいた。

 彼女の読書姿勢は、なんというか隙がない。別の言い方をすれば、話しかけることがなんだか悪いように感じてしまう。

 僕がそんな風にマゴマゴしていると、


「おはよう。」

と由依さんの方から話しかけられた。


「おはよう。」

 僕は、おうむ返しのように全く同じ言葉を返した。


「今日は、本を読みに来たわけではないの?」

 そういえば、本をまだ手に取っていなかった。


「いや、これから探すところです。」

「そう。」


 それきり、由依さんは目線を本に戻したまま、会話を続けることはなかった。今日は、暑いからか窓が閉められていて、代わりにクーラーの吹き出し音だけが図書室内に鳴り響く。


 僕は、書架へと向かい、読みたい本を探す。

 これと言って興味がそそられる本もなかったので、昨日読んでいたこども六法の続きを読むことにした。

 僕の知りたい内容が書いてあるわけではなかったけど、思ったよりも法律は、常識的なことをルールとして決めたものだということが分かって、とっかかりやすかった。


 僕が読書スペースに戻ると、由依さんは隣の席を方を向き、小声で何か話しているようだった。しかし、僕が戻ると、先ほどのように凛とした姿勢に戻って、無言で本を読み進める。

 僕も昨日と同じように由依さんから少し離れた席に座って、由依さんと向かい合う方向で、互いの読書を進める。昨日は、由依さんと会話したあと、由依さんはすぐに図書室から出ていってしまったけど、今日は、読書を続けるようだ。

 とりあえず、一人でいたいから邪魔しないで、ということはないようである。



♪パラパラパラ(手元の本のページが風でめくれる音)


 由依さんとそれ以降も話すことなく、互いの読書を進めていた。

 僕は、こども六法をひととおり読み終えて、次の本を書架で探した。

 そういえば、実際の法律はどんな内容なんだろう。そう思っていたら、目の前にポケット六法という本があったので、それを手元に取った。


 席に戻った僕は、しばらく持ってきたポケット六法を読んでいたけど、こども六法とは違って、書いてあることがすごく難しかった。

 辞書のような薄い紙を頑張ってめくりながら読んでいるうちに、ついに睡魔が襲ってきた。


 僕がほおずえをつきながら、ウトウトしていると、指で軽く抑えていた本が風でパラパラとめくれる音がした。

 少し目が覚めて、辺りを見回すけど、特に変わってことはない。

 今日は窓が開いていなくて、クーラーの風がこちらまで届くことも考えにくいから、急にページがめくれたことが少し不思議だった。


 そう思って顔を上げると、由依さんがこちらを向いていた。


「おはよう。」

「おはよう・・・。」

「今日は、2度目のおはようね。」

「そう、だね。本のページがめくれる音がして目が覚めたよ。」

「そうなの。窓が開いてないのに不思議ね。」

 由依さんは、僕が思っていたことを見透かしたように言った。


「うん。昨日も何かにつままれた感じがしたし、この図書室は、おばけでもいるのかな。」

「どうかしら。私は聞いたことがないけれど。奥山くんは、目に見えないものが実在することを信じる方なの?」

「どちらでもない・・・けど、そういったものを見たことはないです。」

「そうね。見たことがないのが普通ね。」

「由依さんは、見たことがあるの?」

「少なくとも、おばけとか妖怪とか、みんなが怖がるようなものは見たことがないわ。」


 少なくとも、と由依さんは言った。ということは、何か別のものは見えるんだろうか。


「うん、それが普通だよね。でも、僕の妹は、もしかしたら何かそういうものが見えているのかもしれない。よく、あさっての方向を見てるから。」

「じゃあ、妹さんが図書室にくれば、奥山くんが感じている不思議な現象の理由も分かるのかしら。」

「そう、かもしれないけど、妹は保育園に通っているから、ここに連れてくるのは難しいかもしれない。」

「ずいぶん年が離れているのね。」

「15歳差かな。子どもがいないのに、子育てしている気分だよ。」

「そうね、いきなり親になったら誰でも困るわね。」


 由依さんは、本当に困っているように言った。思い当たる節でもあるんだろうか。なんだか変な邪推をしてしまいそうだったので、僕はそれをしまい込んだ。


「そろそろ私は帰るわ。帰り際は、昨日と同じようにお願いします。それでは、また。」

「あの、由依さん。明日もいるのかな。」

「ええ、明日もいるわ。」

「そう、じゃあまた。」


 僕がそう言うと、由依さんは図書室から出て行った。


 時計を見たら午後2時になっていた。朝からいたことを考えると、今日は長居した方かもしれない。周りを見ても誰もいないので、帰り際に職員室に寄って、そのことを伝えた。

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