第8話 迷い
♪タッタッタッ(足早にコンクリートの歩道を歩く音)
家に帰ってから洗濯を取り込んで、部屋に掃除機をかけて、乾いた食器を元の場所に戻すといういつもルーティンを終わらせた。
体は覚えているけど、どうしても今日子さんの満足のいく形にすることはできない。今日も『訂正』があるんだろうなと思って時計を見たら、午後4時になっていた。
そういえば、図書室に入るときにスマホをマナーモードにしてカバンの中に入れたままだった。カバンからスマホを取り出すと、案の定、7件のメッセージが届いていた。
{今日の依頼です。洗濯を取り込むのを忘れないようにしてください。}
{晩御飯は冷蔵庫にあります。焼きそばを小さくして未来に食べさせてください。}
{前も言ったとおり、風呂上がりの保湿剤を念入りにお願いします。}
{夜は暑くなるので窓を開けてください。}
{当たり前だけど、虫が入るから網戸はきちんと閉めるように}
{明日は布団を干しておいてください。}
{うるさいことを言うつもりはありませんが、日中の時間を有益に使ってください。高校2年生の夏休みであることを自覚するように}
最後のメッセージに言いたいことは山ほどあったけど、ここで反論してもあまり意味がないことだ。僕はいつもどおり
{かしこまりました}
とだけ返信し、未来を迎えに行った。
保育園に着くと、未来は眠そうな顔をしていた。担当の先生から、特に問題なく過ごしていたことの報告を受け、未来と歩いて帰ろうとしたけど、どうも今日は歩けないほど眠いらしい。
僕は、通園バッグを腕に通して、未来を抱きかかえる。
「ありがとうございました。」
担当の先生にそう言って、保育園を出る。
家を出てから30分程度経っていたけど、先ほどの今日子さんのメッセージが頭を駆け巡る。
言われなくても、高校2年生の夏がどんな意味を持つかは分かっている。
勉強だって、部活だって、友達だって、恋人だって、やろうと思えばなんでもできる夏を奪ったのは他でもない今日子さんだ。
それなのに、どうして僕の気持ちをかき回すんだろう。僕の中で整理した気持ちを、どうして思い出させるだろう。怒りが込み上げて、歩調が早くなる。
あぁっ‥!!くそっ!
そんな風にやり場のない思いが頭を占拠したせいで、気づいたらいつもの帰り道を外れていた。
ここはどこだろう。
多摩市には長く住んでいるけど、似たような集合団地が並んでいるせいで、いまだに知らない場所がたくさんある。現在地を確認するために辺りを見回していたところ、女性の声がした。
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