第3話 出会い

♪ガガー(イスを後ろに引いた時の音)


 気がついたらクラスメイトは誰もいなくなっていた。いち早く遊びに行きたかったのだろう。


 教室にいても仕方がないので、教室を出て、校門に向かいながら、ぼんやりと考える。学校で時間を潰そうかとも思ったけど、学校にどんな場所や施設があるかを実はあまり知らない。友達もいないし、部活にも入っていないから、学校に長居することはあまりなかった。かといって、バイトもしていないから、お金のかかるところに行くこともできない。公園か、駅前をフラフラするか、どっちにしてもこの暑さで我慢大会をしたいとは思わない。


 校門の手前にさしかかったとき、教会の扉が少し開いていることに気がついた。


 キリスト教の学校なら全部そうなのかは分からないけど、うちの学校には地元でもちょっと有名な教会が校内に設置されている。茶色の外壁と青緑色の屋根の大きな建物の中に入ると、大きなドームのような形をしていて、外観とは違って白色を基調とした広い空間があらわれる。高さは10メートル以上あって、建物の上部を囲うようにステンドグラスが張り巡らされていて、晴れていればそれだけでもとても明るい。

 300人以上が入れるこの巨大なチャペルは、地元の人たちにも開放されていて、週末の礼拝は多くの人が参加するらしい。なんでこんなにチャペルのことは知っているかというと、入学式はこのチャペルで行われたからだ。いろんなことに無関心な僕でも、このチャペルはさすがに気に入っている。

 そういえば、入学説明会で、卒業生はここで結婚式を挙げることができると言ってた気がする。まあ、僕には関係のないことだけど。



♪キィー(教会内の扉が開く音)


 いつもは扉が閉まっているので、誰かが閉め忘れたなら閉めてあげようと半開きの扉のノブに手をかけたとき、中央の通路の十数メートル先に人がいた。


 目を凝らして見てみると、高等部の女子のようだ。祭壇に向かって両膝をついて祈りを捧げていて、後ろ姿しか見えなかったが、長い腰丈まであるサラサラの黒髪が少しだけ左右に揺れている。

 教会の上部からは、ステンドグラス越しに自然光が差し込み、誰もいない教会の中で一心に祈りを捧げるその姿が美しくて、目を離すことができなかった。あまりに見とれてしまって、ドアノブを無意識に動かしたその時、ドアが開く金属音が、それまで静かだった教会内に鳴り響いた。


「だれ?」


 祈りを捧げていた女生徒がこちらを振り向く。


 長く、流れるような黒い髪。

 涼しげだが、しっかりと意志を持った瞳。

 教会内の内装色に負けないほどの白い肌。

 身長は少し高めで、細身の体からスッと伸びた手足。

 制服である半袖の白いワンピースと腰に付けている黒のベルトがスリムな体をより印象付ける。

 そして、襟首には進学科の証である白いリボンがきちんと結ばれていて、控えめな胸の上にきれいに乗っている。


 僕は思った。これが黄金比というやつか。


 彼女をあらわす言葉として合っているのか、合っていないのかは分からないけど、少なくともクラスメイトではないことが進学科である時点で確定した。

 一言、あいさつぐらいすればよかったのに、なぜか僕は、彼女にかける言葉が見つからず、今度は僕が後ろに振り向き、何も言わずに教会を後にした。

 そう、彼女の祈りを邪魔してしまったことを後悔していたのかもしれない。きっと、何か切実な願いを神様に祈っていたに違いない。そうじゃなきゃ、あんなに真剣に祈りを捧げたりはしない。


 結局、学校内に居づらくなった僕は、そのまま家に帰ることにした。

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