第2話 ホームルーム【7月15日】

♪ガヤガヤ ガヤガヤ(教室内の会話音)


 多摩市の丘陵にある私立星が丘高校。


 中高一貫校のため、中学生と高校生が集まり多くの生徒が入ってサウナ状態だった体育館で、頭だけは涼しげな校長のありがたい訓示と、これまた刑務所上がり更正まっただ中といった見た目の生活指導のありがたい戒めを拝聴する終業式が終わり、いつもの2年2組の教室に戻ってきた。

 教室内では、担任の姉崎先生が来るまで、夏休み予定について話題で持ちきりのようだ。予備校はどこにした、水着買ったけどやせなかきゃ、多摩センター夏祭り誰と行くの、などなど。


「よっ、コータ。今日も省エネモードまっしぐらだな。自家発電もいいけど、ためすぎもよくないぞ。」

「ナチュラルに下ネタ入れるなよ。」


 クラスでたぶん一番仲がいい松宮まつみやが、そんなくだらない前振りで話しかけてきた。


「公太は予備校行くのか?」

「今年はまだ行かないかな。妹の面倒もあるし。松宮は?」

「やっぱり医者の息子だからなー。俺の意思を確認することもなく申し込まれてた。」

「それはご愁傷さま。お前なら、また全国模試の順位表に名前載るよ。」

「軽くいうけど、けっこう大変なんだぞ。しかも彼女の顔色もうかがいつつ、勉強時間を確保するってマジしんどい。」

「みんながうらやむものを全部持っているんだから、文句言わない。このアオハルやろうめ。」

「アオハルねえ。まっ、そんなもんかね。」


 僕、奥山公太おくやま こうたは、いつものように松宮とゆるくて、とりとめもない話をし終わった頃、



♪シャー(教室の扉が開く音)


「はい、みなさん座ってくださいね。」


 シスター服を着た姉崎あねさき先生の可愛らしい声が教室に響きわたると、誰も反対することなく席に座り、教室は静かになった。


 キリスト教のカトリック系の学校である星が丘高校は、宗教の授業があり、姉崎先生はその担当で、しかも現役のシスターだ。150センチという低めの身長ととても可愛らしい見た目も相まって、男子陣からなかなかの人気を得ている。

 頭に被ったベールにきちんと髪を仕舞い込み、肌にハリがあって、中学生と思われても仕方がない幼い顔立ちなのだが、10年以上も前の卒業アルバムに先生が写っているいるらしく、本当の年齢は誰も知らない。


「明日から夏休みです。夏休みは楽しいことがたくさんあるので、どうしてもソワソワしてしまいますが、私は、9月1日にみなさんの元気な顔をちゃんと見たいです。だから、危ないことや、悲しいことをしないように過ごしてくださいね。」

「はい!」


 たぶん、僕とほか何人か以外のクラスメイトが返事をする。それぐらい、姉崎先生は人気がある。


「よい返事です。では、主がいつもあなたとともにあらんことを。それではみなさん、さようなら。」


 姉崎先生がそういうと、クラスメイトは帰り支度を始めた。松宮はもういない。進学科の彼女のところに行ったんだろう。そういえば、あいつは頭が良いのにどうして普通科にいるんだろう。今度聞いてみようと思いつつ、忘れてしまっているのでおそらく聞くこともないだろう。


 自分もそろそろ帰ろうと思ったが、まだ午前11時なことに気がついた。終業式だから、終わりが早い。


 妹の未来みくは、保育園に通っている。まだ1歳半ぐらいで、去年までは乳幼児クラスだったから、学校が終わったらすぐに迎えに行っていたけど、今は夕方に迎えに行けば良くなった。


 母親の今日子きょうこさんは地元の総合病院の看護師で、毎日帰りが遅かったり夜勤が入ったりするから、ほとんど迎えに行くことができない。


 僕はこうして、クラスメイトがこれからどこ行く?みたいな話をしているところを何食わぬ顔で通り過ぎる毎日を繰り返すことで、見事友達という友達はできず、松宮と合いの手のような会話を交わすだけだった。

 父と母が離婚したのが、ちょうど高校に入ったばかりの頃だったから、中学はクラスでくだらない話をして、帰り道にゲーセンに行ったり、たまに徹夜でゲームをしていたりしていたことを考えると、普通の高校生活をしてみたい気もするけど、こうして1人の時間が増えると、何も気にしなくなってくる。


 でも、なんとなくあの家に長くはいたくない。さて、どうやって暇をつぶそうか・・・。

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