第55話 お色直し
ドンドンと原色の花火が空を染め上げる。でも正直、隣にいる隆一君のことばかり意識してしまって、花火どころじゃなかった。
それでも花火に熱中しているように振る舞っていたのはそうでなかったら、隆一君のそばにいられなかったから。
私は告白してもらったことに恥ずかし過ぎるくらい舞い上がって、ふわふわしたような心地をずっと感じていた。
さっきだって写真を撮ってもらったのに、私はスマホを構えている隆一君と目を遭わせるのが恥ずかしくて、俯きがちになっていたし。
「はぁ……」
そして、今の私は見せる相手がいないからと女将さんの提案を断ったことを後悔していた。
シャツにジーンズ姿で、好きな人の隣にいることがこんなにも居たたまれなくなるなんて。
隆一君には、告白したことを後悔して欲しくないのに……。
「透さん」
え、と私は伏せていた顔を上げた。
「なに?」
「花火は終わったから、旅館に戻ろう」
「……そうね」
はぁ、とまたため息が出た。
せっかく素敵な夜のはずなのに、自分の判断が恨めしい。
元来た道を戻り、神社のほうへ足を向けるけど、花火が終わって神社を後にする人でかなりの行列ができていた。
「透さん、こっち」
隆一君に促され、少し急な階段を下りていく。
「足下は大丈夫? ここ、暗いけど」
「問題ないけど、隆一君、あの花火の穴場もそうだけど、こんな道、よく知ってるのね。ここには来たことあるの?」
「事前に予習しておいたんだ……その……透さんと一緒に、花火を見たかったから」
頬が耳が熱くなり、
「っ……ぅん……すごく綺麗だった。ありがとう」
そう言うのがやっとだった。
静かな夜。潮騒が
階段を下りきると、見馴れた海岸線に出た。
もうすぐ旅館に到着してしまう。夢のような時間が終わってしまう。
と、旅館の前で誰かがこっちに向かって手を振っているのが見えた。
後ろを振り向くが誰もいない。もう一度視線を戻して目を凝らすと、女将さんだった。
小走りに女将さんのもとへ。
「早いのね、二人とも。どう、花火は楽しめた?」
「はい。すごく綺麗でした」
「花火大会はこのあたりの風物詩だからねえ。あら、和馬君たちは一緒じゃない?」
「えっと……」
私たちは顔を見合わせた。何と言おう。隆一君も少し困ったように苦笑する。きっと私も同じ表情をしている。
「あらあら、互いに見つめあっちゃって。ふふ」
「い、いえ……そんな……」
恥ずかしくて、目を伏せた。
と、女将さんが私に身体を寄せてきた。
「なんだ、ちゃんと見せる相手、いるんじゃない」
「これは……っ」
「? どうしたの?」
「なんでも……」
もごもごと口ごもっていると、不意に女将さんがパンと手を叩く。
「あら、そうだったわね! 大丈夫よ。ちゃんと約束通り、用意してあるから」
「え?」
「隆一君、ちょっとここで待っててくれる? 今から透ちゃん、お色直しをするから!」
「え? あ、あの……」
ぽかんとする隆一君を残したまま女将さんに手を引かれ、旅館に入った。
「あの女将さん……!」
「今からすぐ浴衣に着替えればまだ楽しめるわ。まだ9時だもの。これでデートを終わらせるなんてもったいないんじゃない?」
「ど、どうして……」
「そりゃあ、分かるわよ。二人の初々しい空気を見ればね。本当に青春っていいわよねえ。でもあんな素敵な彼氏がいるんだったら最初から浴衣ででかければ……って、もしかして、お祭りで告白されたのね! でしょ?」
私はもはや、何も言えずに赤面するしかなかった。
「もう最高じゃない! さあ、善は急げ。急がないと和馬君たちが戻ってきちゃうわっ!」
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