第53話 夏祭り
そしてついに3日目。今日でバイトは終わりだ。
3日目も快晴に恵まれ、海の家はお客さんが途切れることがなかった。
もちろん、透さん人気も健在。
今日も透さんは女性を虜にする爽やかな笑顔で、大人気。俺は勝手に心配して様子を見ていたけど、しっかり接客している。むしろ俺がよそ見してるなって隼平さんからどやされた……。
でも透さんの笑顔を横目に、昨日の透さんの泣き顔が頭にちらつく。
「透さん」
俺はちょうどカウンターに伝票を置いた透さんに声をかける。
「なに?」
「指、大丈夫?」
「うん。今朝、絆創膏を変えた時にチェックしたけど傷もだいぶ塞がってきてるし、痛みも昨日よりマシになっているから」
「なら良かった」
「また後で」
「ああうん……」
すぐに新しいお客さんが入り、透さんは接客に戻っていく。
忙しいと時間はあっという間に過ぎていった。
でもいつもなら休憩時間が入るはずだが、今日はなかった。
その代わり、いつもより早めに閉めることになった。
「――みんな、お疲れ様。今日で最終日だよな。助かった。みんなのお陰で、特に透ちゃんのお陰でもー、女性客は入れ食いって感じでさあ!」
「隼平。意地汚い言い方すんなって」
和馬からの苦言に、隼平さんは「ああ、すまん」と誤り、本日分の給料を配る。
「……お役に立てたのでしたら良かったです」
透さんも笑顔で応じる。
「うんうん。正直、夏休みの間中ずっと働いて欲しいくらいだけど、ま、しょうがないよな」
俺は小さく手を挙げた。
「ん? 隆一、どした?」
「まだ4時前ですけど、もうお店、閉めちゃうんですか?」
「当然だろ……って、和馬、言ってないのか?」
「これから言おうとしてたところ」
「どういうことだ?」
「今日、神社の夏祭りがあるんだ」
なるほど、これが昨日言って大イベントか。
「で、女性陣は旅館に戻ったらうちの母親に会ってくれ。頼むぜ。はりきってるんだからさ」
「張り切るって……何をですか?」
「それは俺からは言えないな。閉店作業はこっちに任せて、さあ行った、行ったっ」
隼平さんに追いたてられるように俺たちは海の家から旅館に戻っていった。
事前に隼平さんが教えていたのだろう、旅館に戻ると、女将の智恵子さんが待ってくれていた。
「みんな、お帰りなさい。準備はできてるからね。さあ、女の子たちはこっちこっち。和馬君たちはそこで待ってて」
ぜんぜん意味が分からない……。
「んじゃ、俺たちは待とうぜ」
「待つって……女将さん、何をするつもりなんだ?」
「いいこと。それより、だ。隆一、今日で決めろよ。何を、とかねぼけたことは言うなよ」
それはつまり、透さんへの告白ということだろう。
「……わ、分かってる」
「俺がそれとなく、安達と2人きりにしてやる。お前は大船にのったつもりでいろ」
「打ち合わせとかは」
「いらねえよ。ていうか、仮に打ち合わせたところでお前がちゃんとやれるとは思えないんだよなぁ。何も知らないままのほうがいいだろ」
図星だから何も言えない。
「りょ、了解」
「ああ、それから、これ」
和馬は旅館の受付に置かれた宿泊客向けの観光案内のパンフレットを取ると、このあたりの周辺MAPのページを開く。
そして受付に置かれていた赤ペンで○印を描く。
「ここで告白しろ。いいな?」
「場所まで指定するのかよ」
「うまくいく確率をあげるためだ。で、8時5分前くらいにここに到着しろ」
「なんだよ、その時間指定」
「いいから、お前は従っていればいいんだ。成功確率を上げるためなんだからな。あと地図を見ながらなのはさすがにダサいから、ちゃんと経路を覚えろ」
「……ここまでしてくれるとか、悪いな」
「だろ? すげえ友だち想いだよな」
「……うまくいかなかったら、どうしたらいい?」
「やる前に失敗した時のこと考える奴がいるかよって言いたいところだけど、その時は通話しろ。そうしたら、回収しに行ってやるから。失敗しそうなのか?」
「そりゃ……気持ちなんて聞いたことないから」
「だよなぁ。あの超絶イケメンだからなぁ。ま、当たってみなきゃ砕けるかどうかも分かんねえしっ。砕けた時はそん時だ。地元に戻ったら焼肉でも食って残念会を開こうぜ!」
「奢ってくれるのか!?」
「調子にのんな。バイト代があるんだから割り勘に決まってるだろ」
「……それ、残念会じゃなくって、ただお前が焼き肉を食いたいだけじゃねえか……」
「わーったよ。ハラミ一皿奢ってやるから」
……そんな馬鹿な話をしつつ。
いよいよなのだと思うと、心臓がドキドキして落ち着かない。
正直、逃げ出したくなるくらい自信がない。
でも逃げるわけにはいかない。ここまで和馬が色々とお膳立てをしてくれたんだ。
「当たってみなきゃ砕けるかどうかも分からない……」
親友の言葉を、口の中で繰り返す。
そうだよな。それに告白しなきゃ、透さんと付き合えない。今のただの友人関係では足りない。
「お待たせー」
その時、朝沙子さんの声がした。
そちらを見ると、「おお!」と思わず声が出た。
2人ともカラフルな浴衣を着こなしていた。
朝沙子さんは淡い緑にアジサイ柄、黄色い帯。
その後ろから歩いてくる静ちゃんは、ピンクの色にアサガオの模様に赤い帯。
「おにーさん、どう?」
「静ちゃん、可愛いよ! 朝沙子さんも似合う!」
「でしょ? んー。時々はこういうちゃんとした和装もいいかなーって思っちゃう! サイコー!」
朝沙子さんは、静ちゃんと並んでスマホで自撮りに余念がない。
「んで、安達は?」
「お姉ちゃんはまだ。私たちだけ先に行ってってー」
「そうか」
夏祭りといえば浴衣!
朝沙子さんも静ちゃんも浴衣姿で魅力が何割も増している。旅館でも用意された浴衣姿だったけど、あれとはやっぱり華やかさが違う。
透さんはどんな浴衣だろうか。もちろんどんな浴衣も似合うだろう。
白い生地かな。いや、白は汚れが目立つから、透さんらしいクールな青も捨てがたい。
いや、もう何色でも構わないから、早く見たい!
※
私は先に着付けを終えた朝沙子と静に先に行ってもらう。
「じゃあ、あとは透ちゃん、あなただけね。着物の色は選べた?」
2人を見送った女将さんが戻ってくる。
ここまでしてもらえたのに、申し訳なさが胸の内で膨らんだ。
「女将さん、ありがとうございます。でも」
「あら、浴衣嫌い?」
「いえっ。そうではなくって…………見せる相手がいないので」
「そんなの気にしなくてもいいと思うわよ。だって透ちゃんが着たら、みんな、大注目だと思うわよ? オホホホ。隼平から聞いてるわよ。お店でもお客さんたちに大人気なんですって? 分かるわぁ。私も若かったら、透ちゃんにぞっこんホれちゃいそうだものぉ!」
「はぁ……あ、ありがとうございます……?」
たくさんのお客さんに好きだと言ってもらえることは確かに光栄なこと。
でも見て欲しい人は1人しかいない。
しかし今の私には隆一君に見せるだけの勇気が出なかった。
「それじゃあ、夏祭りには行かない?」
「それは……行きます。ここでの思い出なので」
「顔色があまり優れないけれど、悩み事?」
「…………そう、ですね」
「まあ、若い時は色々あるものね。――いいわ。どんな格好で行っても楽しめることが一番だから」
「すみません。ここまで用意してもらったのに、わがままを言って」
「いいのよ。気にしないで。私も着付けがしたいし、若い子が華やかな格好になるのが見たいだけ。自己満なんだから。でもお祭りは長く続くから、途中で気が変わったら、いつでも戻ってきてちょうだいね。お祭りの時間はお客さんたちもみんなお祭りに出かけて、旅館そのものは暇だから」
「分かりました」
私は頭を下げ、申し訳なさを感じつつ部屋を出た。
「え? ちょっと、透。なんでシャツにジーンズなわけ? 浴衣はどうしたの?」
玄関に赴くと、朝沙子が聞いてくる。
「私はいいの。動きにくいのは苦手だから」
「えー! お姉ちゃん、もったいないよぉ!」
ちらりと隆一君を見る。
隆一君はぽかんとしながらも、「まあまあ静ちゃん」となだめてくれる。
「でもぉ!」
「お祭りなんだから楽しめる格好で行くのが一番だから。ね?」
「むぅ、そうだけどぉ」
静は納得してない様子だったけど、
「いいから、もう出ようぜ。ここでぐずぐずしてて、混雑に巻き込まれたら面倒だろ」
新宮君が立ち上がる。
すると、智恵子さんに呼び止められる。
「待って。ちゃんと、虫除けしないと。神社の周りはヤブ蚊が多いから」
智恵子さんは無香料の虫除けスプレーを丁寧に、私たちの肌に吹き付け、外まで見送ってくれる。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
新宮君を先頭に、朝沙子と静、隆一君、そして私と続いて外に出た。
お祭りが行われるのは、山の手の神社だ。
すでに観光客や地元の人が、神社に向かって坂道を上がっている。
坂道をあるところまで昇ると、立派な石の鳥居が私たちを出迎えた。
ここから先が参道。
参道には提灯の穏やかな明かりが彩りを添え、祭り客を目当ての出店が軒を連ねる。
焼きトウモロコシにイカ焼き、たこ焼き、お好み焼き、フランクフルトにかき氷、わたあめ、ヨーヨーや金魚すくいなどなど。
少し日が傾きはじめ、昼間の熱気をまだ残した空気の中、ソースの香ばしさや、わたあめの甘い匂いが漂う。
それにしても、すごい人混みだ。
そんな中、私は隆一君の背中ばかり見ていた。時折、見える彼の横顔を盗み見て、1人ドキドキしていた。
「――――」
隆一君が振り返り、何かを言う。しかし周りの喧噪もあって聞き逃してしまう。
「ごめん、今、なんて言ったの?」
「和馬が、まずはお参りを済ませようって」
「分かった」
とはいえ、この人混みだ。
社殿にまで行くのに一時間、いや、もっとかかるだろう。
「っ」
その時、強引に人混みの中を渡ってくる通行人と肩がぶつかった。その拍子に、よろめいてしまう。
「透さん!」
「あ、隆一君……」
抱き留められ、間近に隆一君の顔があった。
血が顔に集まり、かあっと燃えるように頬が火照る。
「……っ! ご、ごめ……!」
私は耳まで真っ赤にして俯く。
「いや、ぜんぜん。なんともない?」
「う、うん」
「ならよかった。やっぱ、すごい人だよね」
「そ、そうね……」
熱がなかなか冷めず、落ち着かない。
「りゅ、隆一君……」
「え?」
「もう、大丈夫だから」
「あ、ごめん……っ」
身体をくっつけていたことを思い出したみたいに慌てて隆一君が身体を離す。
私は火照りを意識しながら、「それより」と小さく咳払いしてから口を開く。
「……新宮君たちは?」
いつの間にか、新宮君たちの姿を見失っていることに気付く。
気付いたと言っても、私はずっと隆一君のことを気にしていたから、新宮君や朝沙子、静たちがどのあたりにいるのか把握してなかったんだけど。
「あぁ、はぐれちゃったみたい、だね」
「じゃあ……静か、朝沙子に連絡するわ」
私はスマホを取り出す。その時、隆一君の手がやんわりと私の手を押さえた
「透さん、お祭りだけど、2人で……回らない?」
「え……」
「ど、どのみち合流したところで、結局は順番待ちをするだけだし、俺は正直、お参りとか後でもいいかなって。ほら、お参りだけだったら明日でもいいわけだし! もし、透さんさえ良ければ……な、なんだけど……」
「私は別に……大丈夫。せっかくのお祭り、だし」
「良かった。じゃあ、こっちに」
隆一君の後を追い、人混みを掻き分けて道を外れる。
その時、ポケットでスマホが震えた。
チェックすると、静かから『お姉ちゃん、今どこ?』というメッセージ。
返信しようか迷ったけど、私は見なかったことにして、隆一君の背中を追いかける。
身体が汗ばんでいるのは、人いきれだけのせい、じゃない。
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