第51話 中3からのお説教

 海の家の営業が終わり、閉店作業を済ませると、2日目のバイトも無事に終了。

 お疲れ様でした、と隼平さんに挨拶をして外に出る。

 昨日以上に忙しかったせいで、クタクタだ。


「おにーさんっ!」

「う、静ちゃん」

「なんで、回れ右して逃げようとするの」

「……静ちゃん怒ってる……?」

「うん、だからちょっと付き合って。早くっ」

「……あ、はい」


 そういうわけで、中学3年生の圧に屈した俺は大人しくついていく。


「お姉ちゃんの怪我、平気そう? お姉ちゃんは平気だって笑ってたけど……」

「とりあえず今できることはした。だから透さんが無理しないように、部屋でも気を配ってあげて。透さん、無理しすぎるし」

「了解!」

「じゃあ、俺はこれで……」

「本題はこれから!」

「あ、はいっ」

「お姉ちゃんがケガをした理由だよ!」

「透さん、今日はなんだかぼーっとしてるよね。やっぱりお客さんたちが透さん目当てのせいで疲れて……」

「絶対、朝沙子さんにデレデレしてるおにーさんのせいっ! そのせいで、お姉ちゃんは……」

「デレデレしてないから……」

「してるよっ。傍から見てたらすっごーーーーーーくデレてるっ!」

「う……」

「そんなんじゃ、お姉ちゃんに嫌われちゃうんだからっ。それでもいいのっ!?」

「それは嫌だ!」


 俺の返答に、静ちゃんは少し嬉しそうに笑う。


「……俺だって困ってるんだ。いきなり朝沙子さんが過激なスキンシップをとってきてさ」

「喜んでるんじゃなくて?」

「じゃなくて。それに、朝沙子さんのことは関係ないと思う」

「違くない。絶対そうだよ」

「だって、朝沙子さんからスキンシップを受ける前から、透さん、目を合わせてくれなくなったんだ」

「目?」

「そう」


 俺は昨夜、和馬と一緒に女子の部屋に遊びに行った時に感じた違和感を静ちゃんに話した。


「気のせいじゃないの?」

「……じゃないと思う。朝沙子さんが突然俺の名前を呼び捨てにしたのって、その直後だから。透さんの様子がおかしかったのは、朝沙子さんのせいじゃない、と思う。静ちゃん、何か心当たりはない?」

「心当たり……? えー……お姉ちゃんたちと一緒にお風呂入って……うーん……わかんない……」

「そっか。じゃあ、疲れのせいなのかなぁ」

「それか、おにーさんのイチャイチャを見て怒ったか」

「まだそれ言う……?」

「何度でも言うからっ。お姉ちゃん、嫉妬してるのかも」

「嫉妬って……透さんが? まさか」


 嫉妬なんて言葉、透さんのイメージからは一番ほど遠いものだ。

 クールで、しっかりしてるイケメン――それが透さん。

 もちろん、透さんも色々なことで悩むのは知っている。それでも透さんが嫉妬とは縁遠いことくらいは分かる。嫉妬されることはあっても。


「とにかく! 朝沙子さんのことはちゃんとしてよねっ! じゃなかったら、これ以上、応援してあげないんだからっ!」


 静ちゃんはそう言って、透さんのところに走っていってしまう。


「あ……静ちゃん」


 確かに静ちゃんとしては透さんが怪我をしたのがそれだけ心配なのだろう。

 でも、透さんが嫉妬? やっぱり結びつかない。

 それでも透さんの様子がおかしいのは心配だ。

 どうしたらいいんだ。



 バイトから旅館に帰ると、まっさきに温泉だ。

 一日の疲れを流し、すっかりリラックスモードで部屋に戻る。


「おい、隆一。お前、朝沙子と……って、なんだよその顔。人が心配してやってんのに」


 部屋に入るなり、一足先に風呂から戻っていた親友の一言にげんなりしてしまう。


「……お前もかよ」

「お前も?」

「実は店が終わったあと、鎮ちゃんにも同じようなことで注意された。透さんの様子がおかしいのは、俺が朝沙子さんにデレデレしてるからって。デレデレなんてしてな……」

「いや、してるだろ」


 何言ってんだと言わんばかりの目顔の和馬。


「……く、食い気味やめろ。傷つくだろ」

「じゃあ、何とも思わないんだな。めちゃくちゃ可愛くてスタイルがいい女に迫られて、お前は本当に本気で何とも思わないんだな? 心の針が一切振れないんだなっ?」

「……その詰め方はずるいだろ」

 目を反らし、俺は情けない声をこぼしてしまう。


 デレデレしているつもりは毛頭ないけど、クラスの最上位に君臨する美少女からボディタッチとかされて、何にも感じないわけがない。それでも、それでもデレたりはしてない。それどころか困ってるんだ。


「ところで静ちゃん、お前の気持ち、知ってるのかよ」

「……まあ。ていうか、これまで色々サポートしてもらって……」


 和馬は腹を抱えて笑う。


「お前、中学生に恋愛サポートしてもらうってどんだけなんだよ……っ。くはははは、マジウケるっ!」

「わ、笑うな……!」

「そんだけしてもらってコクれないお前って、想像以上のヘタレだなぁ」

「うぐ」


 それを言わないでくれ。まあ悲しいけれど事実だから反論できないんだけど。


「さてっと」


 と、笑い転げていた和馬はいきなり真顔になる。


「いよいよ、明日を残すのみだな。いつ告白するんだ?」

「……まあ、うん……」


 完全にその機会を逃してしまっている。そもそも2人きりになれないのだ。

 ケガの時は話せたけど、それからは微妙な距離が空いたままなのは相変わらずだったし。


「あ、明日には必ず……」

「まあ、それしかないよな。ま、明日は明日で絶好の……」


 その時、スマホがメッセージの着信を知らせた。

 透さん、と思って飛びつくと、朝沙子さんから。


『今、出られる? 夜の海、見にいこうよ! 私、先に行ってる!』


 こっちの了解を取らないところがある意味、朝沙子さんらしい。

 2人きりになれるんだったら丁度いい。話そう。

 もちろんそう思ったのは、静ちゃんの透さんが嫉妬してるっていうのを真に受けた訳じゃない。

 やっぱりこのままではいいわけがないと思った。

 俺は透さんが好きなんだ。

 なんだかこのまま放置していれば空気に流されていきそうだし。

 朝沙子さんがどういうつもりで俺にやたらと話しかけてきたり、呼び捨てにしたり(それは別にいいんだけど、同級生なんだから)しているのかは分からないけど、ここはちゃんと想いを伝えたほうがいい。

 その結果、「別にリューイチのことなんてどーも思ってないし、自意識過剰すぎw」とか言われたとしても、それはそれだ。

 俺は立ち上がった。


「ん? どうした?」

「……ちょっと」


 俺は独りごち、スマホをポケットにしまいながら部屋を出た。

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