第42話 帰宅してからのこと
時間はすでに午後9時近い。
もう何度目かも分からないスマホをチェックする。お姉ちゃんから、おにーさんからもメッセージは来てない。
うううう、今どうなってるのかすっごく気になる!
正直、気になりすぎて夕飯も食べたけど食べた気にならないし、時間を潰すためにスマホゲームをやってもぜんぜん集中できないし。
お姉ちゃんからは20分くらい前に今から帰るってメッセージが届いていた。
もう待てない!
あたしはおにーさんに連絡を取る。
『あ、静ちゃん、どうしたの? 透さんならもう帰るよ。今、透さんとマンション前で別れたから……』
「おにーさん!」
『あ、はいっ』
「どうだった!?」
『ど、どう……だった?』
「お姉ちゃん、喜んでたでしょ! どんな様子だったか教えて!』
『? ごめん。話が見えないんだけど……』
おにーさんってば、誤魔化しちゃって。ま、恥ずかしがり屋なおにーさんらしいけどね!
「誰にも言わないから、教えてっ。お姉ちゃんにも秘密にするしっ!」
『えーっと……?』
「え、もしかして、おにーさん、本当に分からないの?」
おにーさんの反応の悪さに、さすがに違和感を覚えてしまう。恥ずかしがってる訳じゃないよね?
『何の話?』
「お姉ちゃんに告白したんでしょ! なんて言ったのか教えてっ!」
『告白!?』
おにーさんの声が盛大に上擦る。
なんでそんな反応なの?
「だって、え、まさか、本当に告白をしてないの!?」
『し、してないって! なんでそんなことに……』
嘘! 嘘でしょ!
「だ、だってお姉ちゃん、おにーさんのためにファッションで悩んで……」
『実況中継してくれたから知ってる。だから静ちゃんが透さんのファッションにアドバイスしたんだよね?』
「えええええええええええ! 本当に!? 告白してないの!?」
『……してない』
おにーさんの声は申し訳ないというか、あたしが驚いてることに驚いてるみたいだった。
「だって、おにーさんのためにお姉ちゃん、お洒落したんだよ! それって……もう決まりじゃん!」
『でも、今日は……期末試験の勉強だったわけだから』
だから……ごにょごにょと、おにーさんは口ごもる。
「もう! お姉ちゃんが可愛そう!」
おにーさんが超がつくほどの奥手だっていうのはよく分かる。
だからわざわざ実況中継までしてあげて、おにーさんのためにお姉ちゃんがお洒落してるってすっごーく分かりやすく教えてあげたのに! 何でもないと思ってる人のためにお洒落とか、普通しないでしょ!?
『え、』
「え、じゃないよ! もう、信じられないよぉ! きっとお姉ちゃん、怒ってる! ぜーったい怒ってる!」
『嘘……。でも透さん、笑ってくれてたし』
「心では泣いてるの! もう、おにーさんにはガッカリ! もう知らないっ!」
『静ちゃ――』
あたしは通話を切った。
もう、ここまでおにーさんが朴念仁だって知らなかった。きっとお姉ちゃん、すごく悲しんでる。でもおにーさんの前でそんな顔見せたくないから笑ってただけだから。決まってるじゃん。どうしてそんなことが分からないんだろ。男の人ってみんなこんな感じなのかな。
その時、玄関のほうでカギを開ける音がした。
「――静、ただいま」
「っ! お姉ちゃん!」
あたしはリビングを飛び出す。お姉ちゃんが靴を脱いでるところだった。
妹のあたしにできることは1つしかない。
あたしはお姉ちゃんに抱きつく。
お姉ちゃんは「おっと」と小さく呟き、あたしを受け止めてくれる。
「どうしたのよ、いきなり」
「お姉ちゃん……」
「いきなり甘えて。そんなに寂しかった?」
何も知らないと思っているんだろう。お姉ちゃんは、あたしの頭をヨシヨシと撫でてくれる。
詳しいことは話せない代わりに、あたしには慰めてあげることしかできない。
あたしはお姉ちゃんにしがみついたまま、見上げる。
「どうしたの」
お姉ちゃんは苦笑しながら、首を傾げた。
お姉ちゃん、絶対期待してたはず。だってあんなに服のことで悩むお姉ちゃん、知らないもん。それだけ今日っていう日に賭けてたってことだよね? 期待してたってことだもんね!
なのに、おにーさんときたら……。
「お姉ちゃん、おにーさんのことだけど――」
「隆一君の……あ、うん」
な、なにその反応!
なんで頬を赤らめて、少し嬉しそうにはにかんでるの!?
お姉ちゃんは首筋に手をあてて、目線を宙にやっている。
あたしは嫌な予感を覚えながらも、それでも聞く。
「お姉ちゃん、おにーさんとは……ど、どうだったの?」
なんだかお姉ちゃんの答えを聞きたいような聞きたくないような複雑な心境だ。
「隆一君と? 勉強して、それから食事して」
「だけ?」
「だけって……だって勉強会なんだから」
ここにも鈍い人がいるよ!
「あ、これ。お土産」
お姉ちゃんはあたしにケーキの箱を見せてくれる。
「今日は静に服の相談にのってもらって良かった。……隆一君も褒めてくれたから」
「えええええええええ!」
「っ! な、なに、いきなり大声だして……」
「喜んでるの!?」
「……そう、だけど?」
「だって! だってだってだって……! おにーさんと2人きりだったんだよ!?」
「う、うん」
だからどうしてそこでちょっと恥ずかしそうに照れるの!? 告白されなかったことに対しては何とも思わないの!?
「はぁぁぁ……」
あたしは深い溜め息をついついてしまう。
「静、ケーキ嫌いじゃないでしょ」
「す、好きだけど! 好きだけど、今はそういうことじゃなくって……!」
「? 話が見えないんだけど?」
「うー! うーっ!」
なんで告白しなかった、おにーさんに怒らないの!?
あたしの喉元まで言葉が出かかるけど、言えない!
「変な子なんだから」
お姉ちゃんはあたしの横を通り抜け、リビングに入ってく。
……もうしょうがない。
あたししか大人はいないんだ。おにーさんもお姉ちゃんも外見ばっかり大人で、中身は小学生のままなんだ。だからあたしが大人にならなきゃいけない――。
「ちょっと、静!」
「……な、なに?」
「どうして、食べたお皿を出しっ放しにしてるの。ちゃんと食洗機に入れておきなさいっていつも言ってるでしょ。もう。来年高校生なんだからこれくらいして」
「なんであたしには怒るの!?」
「なんでって、静が食べたんだから当然でしょ」
「今はそういうことじゃなくって!」
「今はそういうことでしょ。だいたい宿題はやったの?」
お姉ちゃんはあたしのスマホを勝手に操作する。
「もう、プライバシー!」
「ケータイゲームなんてやってて……。やるなとは言わないけど、どうせ宿題だってやってないんでしょ。明日、月曜だよ。分かってる?」
「うええええええええええええええええん!」
「……涙、出てないよ」
お姉ちゃんは呆れ顔で、腕を組む。
「心では号泣してるのぉ!」
あたしはスマホをふんだくるように奪う。
「ちょ……静っ」
「もういい! あたしのこと分かってくれるのは美希ちゃんしかいないんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あたしは自分の部屋に飛び込んだ。
※
「……美希に、何の関係があるのよ」
1人、リビングに取り残された私は思わず呟いてしまう。
あんなに荒れる静を見るの、初めてかも。
いわゆる反抗期ってやつなのかな。
確かに、帰ってそうそう怒るなんて、嫌なことしちゃったかも。
あとでケーキと紅茶をもっていこう。
それで機嫌を直してくれればいいんだけど。それでもダメなら、明日は静の好きなオムライスでも作って……。
「ふぅ……」
それにしても今日は色々あったな、と考えつつ、2人がけのソファーに仰向けに寝そべる。
私はオーバーサイズシャツを脱いだ時の隆一君のぽかんとした表情を思い出す。つい、笑みがこぼれた。
隆一君、一生懸命、私を見ないようにしてたな。
それでもどうしても気になって、チラ見はしてて。
隆一君も男の子なんだ、と思う。
「ふふ」
でもその視線は決して不愉快じゃなくって。
そこまで考えて、私は頬の火照りを覚えた。
私……なんだか、変。
私は緩みそうになる口元(誰に見られてるわけでもないんだけど)を引き締めるのが大変だった。
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