第41話 見送り
「お待たせ」
透さんは皿に盛った冷やし中華をダイニングテーブルに置く。
トマトに炒り卵、きゅうり、ささみ、わかめ、オクラにナス。彩りはもちろん、野菜もたっぷりでボリューム満点だ。
「おお、うまそう!」
「口に合えばいいんだけど」
「合うよ。絶対に合う! 透さんの手料理を何度も食べてる俺が言うんだから!」
いただきます、と手を合わせて、早速冷やし中華に手をつける。
「うまいっ」
「うん、我ながらうまく茹でられたかも」
「冷やし中華なんて家で食うの久しぶり」
「そうなんだ。うちは夏場はそうめんに飽きたら冷やし中華をよく食べるの」
「ローテーションみたいな?」
「そう。あんまり冷たいもの取りすぎると身体が冷えるんだけど、温かいものだと静がだだをこねるから」
「本人に言ったら怒りそうだけど、想像できちゃうな」
「静は子どもだから。ただ耳年増なだけ」
「ところで冬馬さんとはどう?」
透さんの中学時代からの親友、冬馬美希。俺はひょんなことから、透さんと冬馬さんの和解を見届けることになった。
あれからまだそれほど時は経ってないけれど。
何かを言うよりも前に透さんの綻んだ口元が、全てだ。
「うん。この間の放課後、部活帰りの美希と一緒にお茶したの」
「どうだった?」
「楽しかった。時間は空いたけど、話してるとそんなの関係ないって自然と話も弾んで」
「『『キュートだよ、静さん!』の話も当然?」
「したわ。コラボカフェのコースターをあげたら、すごく喜んでくれて」
「良かったね」
「うん。これも隆一君のおかげ。隆一君が付き添ってくれなかったら、私、仲直りをしようと思いながらも、行動にうつすことはできなかっただろうから」
「そんなことは……」
「あるの」
透さんは上目遣いに俺を見てくる。イケメンな透さんとは違う、少し幼さのある笑顔。
どぎまぎした俺は恥ずかしさを気付かれないように、話を変える。
「透さん」
「ん?」
「――そういう服、透さんも着るんだね」
「あ……」
頬を赤らめた透さんが椅子の背もたれに引っかけたシャツを着直そうとする。
「違う違う。変って言いたいんじゃなくって、似合ってるって言いたかったんだ。ティーシャツにジーンズ姿はよく見てたけど、透さんはそういう服も着るんだね」
「……いつもって訳じゃないけど。ちょうどティーシャツとか、洗濯しちゃってて……」
「そうだったんだ。いつもと雰囲気が変わっていいと思う。肩のあたりとか、涼しそうだし」
「あ、ありがとう。……ね」
「うん?」
「肌とか、出し過ぎじゃない?」
「ぜんぜん! 街中だと、もっと出してる人もいるし……。透さんの肩、すごく綺麗で、見入っちゃう……」
そこまで言って、俺は何を言ってるんだと、はっと我に返る。
「い、今のナシ! 見入らない!」
ぷ、っと透さんは小さく吹き出す。
「そっかそっか」
そう、透さんは透さんらしからぬ、どこかいたずらっぽい表情で笑った。
「隆一君って、こういう服が好きなんだ。覚えておく」
「ご、誤解だから……っ」
「誤解って言われても。すごくリキ入って熱弁してたけど?」
「透さん、勘弁してよ」
透さんははにかみながら、冷やし中華を食べる。
そんな風にして、食事は終始、和やかに進んだ。
「ごちそうさま」
「御粗末様でした」
透さんが空いた皿を片付けようとするので、その手をやんわりと押さえた。
「?」
「片付けは俺がやるから座ってて」
「でも」
「ここは俺の家で、透さんはお客さんなんだから。ま、食事を作ってもらっちゃって今さらなんだけど」
「それじゃ、家主様の仰せに従いますかっ」
透さんは冗談めかして言った。
「そうそう」
というわけで、片付けは俺がやることにした。
※
「――そろそろ帰らないと……」
透さんはスマホをチェックしつつ、立ち上がった。たしかにもう八時近い。
「家まで送るよ」
「……うん。お願い、しようかな」
透さんはやや伏し目がちに頷く。
「!」
俺がすぐに反応できないでいると、透さんは少し唇を尖らせ、俺を見た。その表情は少し、いじけた時の静ちゃんに似ていた。
「な、なに? あ、断らない図々しい女って思った?」
「まさか! 受け入れてくれたことが嬉しくってさ。だってこれまでは遠慮してたし」
「遠慮はするって。私、そこまでヤワな女に見える?」
「ヤワには見えないけど……女の子だし。それに……綺麗だし、さ」
「ちょ、ちょっと……!」
自分で言ったくせに透さんは照れたように慌てた。
「夏だし、変な連中が寄ってこないとも限らないからさ。それに、断っても何がなんでも家まで送るから。もし何かあったら静ちゃんに申し訳ないし」
透さんは小さく吹き出す。
「なにそれ。静のためなわけ?」
「もちろん、透さんの為だけど! ……でも大切なお姉さんを家に招かせてもらった身の上としては、やっぱり、ね?」
「じゃあ、よろしく」
外に出ると、昼間よりは多少はマシなくらいの蒸れた空気が顔に吹き付ける。
夜空はうっすらと雲がたなびいて月明かりはない。
「今日は本当にありがとう。これで期末、何とかなりそうだ」
静まりかえった住宅街を歩きながら、俺は透さんに頭を下げた。
「これで夏休みは死守できそう?」
「できそうっていうか……絶対に。何がなんでもするっ」
「頑張って。応援してる」
「でも今日は本当に俺ばっかりお世話になっちゃって。透さんだって同じように試験勉強しなきゃならないのに」
「平気。自分の分は明日からやればいいだけだから、気にしないで。それに忘れた?」
「?」
「今回の勉強会は、私から提案したってこと。だから心配しないで」
「だね。あ、もし万が一、補習になった場合は言って。俺も付き合うからっ」
「本当に?」
「マジ!」
「……じゃ、わざと補習になってもいいかな」
「へっ」
「なんて」
透さんはいたずらっぽく微笑む。
「くはぁ……冗談かぁ」
透さんは、あははは、と声を上げて笑った。
「せっかくの夏休みなんだから、さすがに補習は絶対避けたい」
透さん、夏休みに予定があったりするんだろうか。
この夏は透さんとの距離を進めたい。それには透さんと夏休み中に会う約束をしなければならない。
(よ、よし……)
汗ばんだ手の平を握り締め、意を決する。ここで覚悟を決めなきゃ男じゃない。
「と、透さん――」
「あっ」
「な、何!?」
「隆一君こそ、今なにか言いかけたみたいだけど」
「いや、何でもない。それより、透さんは? 忘れ物したとか?」
「ちょっとケーキ屋に寄ってっていい?」
「……ケーキ食べたいの?」
「私じゃなくって、静。今日は服を見立ててくれてたから、お礼もかねたお土産」
「そうなんだ。必要だよね、お土産。あはは……」
すでに時間帯が時間帯のせいか、ショーケースに入ったケーキは数はそれほど残っていない。透さんは迷うことなくケーキを選んでいく。
ショートケーキ、チーズケーキ、それにチョコレートケーキ。
箱に保冷剤を入れてもらって、店を出る。
「ばっちり」
「静ちゃん、喜ぶよ」
やがて透さんのマンションが見えてくる。
ま、夏休みのことはまた後日でいいよな。
本当に期末の補習を避けられるかどうか分からないし。無事に夏休みを過ごせるって分かった時にあらためてスケジュールを決めよう。そうしよう!
「隆一君、ありがとう」
「俺が送りたくってそうしただけだから。――期末がんばろう……って、一方的に教えてもらってた俺が言うのも変だけど」
「そんなことない。頑張ろう。脱補習、ってね」
「じゃ、また学校で」
「また学校で」
手を振って、透さんがマンションの中に消えていくのを見届け、俺は
たった1度しかない高2の夏だ。後悔しないように。
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