第37話 期末試験
七月も下旬を迎えた。もうすぐ待ちに待った夏休み。
今年の夏は去年とはひと味も二味も違う。
そう、今年の夏は、透さんとの距離をぐっと近づきたい。あわよくば、彼氏彼女の関係に――。
そう思ったはずなのに、そこに立ちふさがるのが期末試験。
今の俺からすれば天敵以外の何者でもない。
こいつを突破しなければ、自由な夏はやってこない。
何故か。
赤点を取った場合、夏休みに補習があるのだ。
教師だって夏休みにわざわざ赤点の補習なんてしたくないだろうけど、それに輪をかけてしたくないのは生徒だ。
だったらこんな訳の分からない制度、さっさと廃止して欲しい限りなのだが、そうもいかないらしいというのが、去年の夏休み、数学の先生に補習が終わった後、それとなく話して得た結果である。
去年は英語、数学の2教科の赤点を取り、夏休みの半分を浪費してしまった。
今年の夏は絶対に、そう絶対にするわけにはいかない。
そんな浪費をしている場合じゃない。
……そう、心の中では強く思うんだけど。
「はぁぁぁ……」
出るのはため息ばかり。
と、こめかみに何かが当たる。消しゴムの角を切ったもんだ。
「って……」
俺は隣の席に座る、和馬を見やる。
「……なんだよ」
「辛気くさいため息ついてんじゃねえよ。もうすぐ夏休みだぜ?」
こいつの頭には期末試験という文字がないらしい。
実際、ないんだ。
憎たらしいことに、このイケメンは顔だけじゃなく、頭までいい。
試験なんて授業聞いてりゃどうにかなるだろとか、真顔で言う奴だ。羨まし過ぎる。
実際、こいつの秀才ぶりに驚いた去年の俺は期末試験のためにすがり付き、勉強を教えてもらうことにしたわけだ。
そう、和馬は確かに勉強を教えてくれた。意外にも分かりやすく。
ただ……ただ!
勉強の間中、和馬には、ずーーーーーーーーーーっと、当時付き合っていた彼女とLINEや通話を楽しむというリア充ぶりを見せつけられた。
いや、和馬からしたら見せつけたつもりはなかっただろう。
そりゃ彼女から通話やメッセージがきたら無視するなんてありえない。
それは、今の俺が透さんからメッセージや通話が入ったら他のことなんで何もかも捨ててとびついてるところからも明らか。
だけど、去年の俺は親友のリア充ぶりを前に、完全に心が挫けてしまった。
というわけで、あとは俺一人で大丈夫と勉強を見てくれるのを断り、結果が、夏休みの補習というわけだ。
去年の過ちは避けたいが、だからと言って、今年もこいつのリア充ぶりを見せつけられながらの勉強は精神衛生上まずい。
「おい、安達とはどうなってるんだよ」
「……な、なんだよいきなり」
「もったいぶるなって。聞かせろよ」
ちらっと透さんを見る。
朝のHR前の自由な時間帯。
透さんはクラスメートのイケてるグループを代表する橘朝沙子さんと話している。
「もったいぶってるつもりはないけど…………まあ、悪くはない、とは思う……」
願望も含めて、だけど。
「ふうん。じゃ、この夏休みに一気に距離を詰めるってわけだな」
「ま、まあ」
「頑張れ。応援してるぞ………って、そこまでうまくいってんのに、なんでため息なんでついてたんだよ」
「そりゃ、だって……期末があんだろ」
「あぁ。まあ、期末なんて授業……」
「……聞いてりゃ楽勝とか、言ったらマジでキレる」
「はいはい」
和馬は呆れ顔で肩をすくめた。
「だったら今年も俺が人肌脱いで……」
「断る」
「は? 何で」
「……何でも」
「そう言って、結局、去年は補習だったろ。忘れたのか?」
「……忘れて……ない」
「じゃあ、どうするんだよ」
「それは考える」
「お前まさか、安達にフられるのが怖くて、逃げる口実に期末を利用しようとか考えてないよな? 俺はアタックしたいんだ、でも期末の補修があるからそういうわけにはいかないんだ、って」
「そ、そんなわけないだろ。期末は何とかして、最高の夏休みにするんだっ」
「おう、よく言った! そうこないとなっ! いつでも相談にのるから、頑張れよ!」
「あ、ああ……」
とは言ったものの、どうしたらいいのか。
現実問題、一人で勉強して成果がないのは去年が証明している。
ということはリア充ぶりには目をつむり、和馬に頼るしかないか。
ないよな。夏休みを死守するにはそれしかない。背に腹は代えられない。
2時限目の休み時間、俺はトイレから出ると教室に向かって足早に戻る――その途中。
「――隆一君」
「透さん?」
透さんは相変わらずの涼やかさだ。
クソ蒸し暑いっていうのに、汗ひとつかいていない。髪はさらさらだし、二重の切れ長の瞳も見入ってしまうくらい綺麗だ。
ワイシャツにパンツスタイル。スタイルのいい透さんはしっかり着こなしている。
半袖シャツから伸びた綺麗な二の腕がまぶしい。
「どうかした?」
「盗み聞きしてたわけじゃないんだけど……」
「? あ、うん……?」
「期末試験、大変……なの?」
「! あ、や……それは…………………まあ、うん……実は。あはは……。去年、2教科赤点だったしさ。今年は避けたいって和馬と話してたんだ」
「うん、うち、厳しいよね。いくらなんでも夏休み中に補習だなんて」
「だよね。もうちょっと手心が欲しいよ
「あ、それでさ、もし困ってるんだったら……一緒に勉強しない?」
「え」
「ホラ、一緒に勉強すればお互いに教えあえるし。1人じゃつい誘惑に負けそうになりそうな時も、2人だったら安心だし」
「ぜ、是非、よろしくお願いします……っ」
俺は飛びつき、頭を深々と下げた。
「それじゃあ、うちに……」
「いや、うちにしない?」
俺は透さんの声にかぶせるように口走ったことに、自分で言っておきながら、「は?」と思わずにはいられなかった。
イヤ、ウチニシナイ?
「え……?」
「!」
透さんがきょとんとした顔をする。
俺はみるみる自分の顔が熱を持っていくのを意識した。
透さんは黙って、俺を窺うように見ている。
おい、俺、喋れ! このまま黙ってままだと何だか色々とヤバそうだぞ!
「あ、いや……ほら、いっつも透さんの家に及ばれされてばっかりだったし!」
俺はかなり声が上擦っているのを自覚しつつ、そう口早に言う。
「と、時々はうちで……つーか、あの、勉強は多分っていうか、だいぶ、透さんに迷惑かけると思うし……。あ、ごめん。今の忘れ――」
「……分かった」
「へ」
「それじゃ、隆一君の家に行くね。よく考えてみれば、うちって静もいるから。テスト勉強なのに、うるさい子がいたら集中できなくなったら、そもそも本末転倒だから。それじゃ、またあとで細かいところは詰めよう」
「うん……」
向かい会う俺たちの頭の上で、次の授業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
透さんがうちに……?
マジ、か……。
※
というわけで、約束の週末の日曜。待ち合わせ場所に指定した駅前に俺はいた。
家の中でじっとしていることも出来ず、結局、約束の時間よりも1時間も早く着てしまった。
日曜日の駅前は、今の俺と同じように待ち合わせの人でごった返している。
もう何度めとも知れないケータイチェック。
当たり前だけど、透さんから連絡は来てはいない。
ここは心を落ち着けるために、コンビニにでも寄ろうかな……。
その時、スマホがメッセージを受信する。
慌てて画面を見ると、静ちゃんからだ。
『おにーさん、今から実況中継するね!』
実況中継? 何の……?
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