第36話 安達透

「――ただいま」


 私がリビングに入ると、静はいつものようにソファーに寝転がってスマホをいじっていた。


「お姉ちゃん、おかえりーっ」

「静、ちょっといい?」

「宿題ならちゃんとやったよ!?」


 静の過剰な反応に思わず苦笑いしてしまうけど、それだけ私がことあるごとに小言を言ってる証拠なのだろう。

 反省だ。

 でも今はそれよりも大切なことを伝えないと。


「お姉ちゃん、いいことあった? それって、おにーさんとのこと?」

「知りたい?」

「うん!」

「美希と仲直りしたわ」

「本当!?」

「友だちと会うから遅くなるって言ったでしょ。それ、美希なの」

「それって、おにーさんのお陰?」

「なに、もうこの話をしたの? つい今さっき、隆一君と別れたばっかりなのに……」

「ううん。おにーさんからは何も聞いてないよ。あ、お姉ちゃんが悩んでるみたいだから聞いてってお願いはしたけど」

「……黙っててごめん。心配させたくなかったから。仲直りできる確信があったわけじゃなかったから。1人じゃ尻込みして逃げてしまいそうだと思ったから、隆一君についてきてもらったの」

「いいの。えへへ。そっかぁ。じゃあ、また美希ちゃん、うちに遊びに来てくれるんだ!」

「約束はしてないけど、そのうち、きっとね」

「やったぁ!」


 無邪気に喜ぶ静を見ていると、私まで嬉しくなってくる。


「静、ごめんね」

「え?」

「自覚なかったの。これまでのこと……」

「これまで?」

「私、ずっと、静を言い訳にしてきた。身体の弱い静のそばにいなきゃって。自分がしなきゃいけないこと、するべきことから逃げる口実に利用してた。ごめん……っ」


 私は深々と頭を下げた。失望されるのは覚悟の上だった。それだけひどいことをしてきたんだから。


「いいよ」

「ほ、本当に?」

「うん。別に最初から怒ってなかったしっ。だってお姉ちゃんが私を心配してくれたのは本当のことだから。もちろん口うるさすぎるのは嫌だけどね。これからはもう口うるさいのはナシってことでしょ?」

「そうは言ってない。静が馬鹿なことをしたら叱るに決まってるでしょ。姉なんだから」

「えーっ」

「でも、これからは静の意見をもっと尊重する。友だちと遊びに行きたいならそうしていいし、何かをしたいなら応援するから」

「お姉ちゃん大好きっ」


 抱きついてくる静を抱き留め、そっと背中をさする。


「もう。来年、高校生なのに甘えん坊なんだから」

「えへへ♪ まだ中学生だからセーフ♪」

「なに言ってるんだか」


 そう言いつつも、口元がゆるんだ。

 静は離れると、茶目っ気たっぷりに笑う。同じ両親を持ってるのに、私にはない可愛さに嫉妬してしまう。静くらい表情が豊かで可愛げがあったら隆一君は――。

 そこまで考えてはっとする。

 私、何を考えてるんだろ……。


「? どうかした?」

「な、なんでもないっ」

「そー?」

「う、うん」

「ね、お姉ちゃん、おにーさんと仲良くなれて良かったね」

「そうね」


 たしかにそうだ。隆一君がいなかったら、美希と仲直りしようと思わなかったかもしれない。

 叩かれたことをずっと気にして鬱々とするだけで……。


「告白したらー?」

「いきなり、なに言って……っ!」

「だってお姉ちゃん、おにーさんのこと、好きでしょ」

「と、友達として」

「顔を真っ赤に慌てるとか、かわいいところもあるじゃんっ」

「静っ」


 怒ると、静は笑いながら自分の部屋に逃げ込んでいく。


「もう……」


 私はソファーに横になって天井を眺める。

 隆一君のことを思うと、鼓動が速くなった。

 私、隆一君のこと……。

 私が学校を休んだ日、隆一君が家に来た時のことを思い出す。

 事故とはいえ、まるで彼に押し倒されるみたいな格好になった。

 もしあの時、インターホンが鳴らなかった、私は……。


「……っ!!」


 頬がむずがゆくなるくらい火照る。

 私は溢れ出る熱をおさえるように、クッションを顔に押しつけた。


 ああもう、静が変なこと言うから……意識しちゃうじゃない……っ!

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