第33話 静ちゃんからのお願い
隆一君との2人きりの食事会をして、数日後。
「出来た」
今日の夕飯は、カレーだ。栄養も考えて肉も野菜もたっぷり入れて、具だくさん。
サラダと味噌汁、カレーをダイニングテーブルに並べ終えると、エプロンを外して静のいる部屋の扉をノックする。
「静、ご飯できたから」
「はあい」
席につくと、すぐに静がやってきた。
「走らないの」
「すごくいい匂い! お姉ちゃんの作るカレー、大好きっ!」
静が向かいの席に座りながら無邪気に笑った。
「「いただきます」」
こうしていつも通り、二人きりの夕飯がはじまる。
今日も両親は仕事で遅い。
今さらそれに関して何か思うことはないけど、2人きりの夕飯に何となく物足りなさを感じてしまうのはきっと、隆一君と一緒に食べる機会が最近多かったからかもしれない。
「おにーさんがいないと、なんだか寂しいね」
静が言った。同じことを考えるなんて、姉妹だからなのかな、と思う。
「寂しいって、この間、隆一君がせっかく来てくれたのに、友だちの家に遊びに行ったのは誰?」
「あれは、いいの。それに遊びに行ったんじゃなくって、勉強会だったんだし」
「もう、何がいいんだか」
「空気を読んであげたの」
「何それ」
「なーんでもっ」
そう言えば、はじめて隆一君が来た時もカレーだったな。そう思うと、隆一君と話したことが思い出された。
――確かに剣道っていう繋がりはもうないのかもしれない。でも、それ以外のことでまだ透さんと冬馬さんは繋がってるんだよ。それってすごいことだと思う
それは美希のことをはじめて家族以外の人に話した時に、隆一君が言ってくれた言葉。
かたわらにおいたスマホのカバーを指でなぞる。これと同じものを美希が……。
まだ私たちに共通点がある。でも、とんでもない不義理をしてしまった私と美希は話してくれるのだろうか。
ビンタをした美希はすごく悲しそうな顔をしていた。その顔が今でも、まぶたの裏にしっかりと残って離れない。
「お姉ちゃんってば!」
「! ちょ、ちょっと大きい声を出さないの。食事中よ」
「だって、何度も声をかけてもお姉ちゃんが無視するんだもん」
「え、そうだった?」
ぜんぜん気付かなかった。
「そーだよー。ね、最近変だよ? おにーさんと喧嘩したの?」
「どうして隆一君のことが出てくるの」
「だって、おにーさんと2人で食事をしてから、お姉ちゃん、よくぼーっとしてるから……」
私は静を安心させようと、笑いかける。
「心配しないで。隆一君とは何もないから」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ、なにを悩んでるの?」
「大丈夫。何も悩んで……」
「お姉ちゃん?」
「……静は、美希が家に来た時のこと覚えてる?」
静は不思議そうな顔をしながらも頷く。
「『キュートだよ、鏡さん!』のマンガを教えてくれたし、みんなでトランプとかボードゲームとかしたり、楽しかったよね!」
「そうだったね」
その時のことが当たり前のように思い出して、思わず口元が緩んだ。
「お姉ちゃん、初めて美希ちゃんを家に呼ぶ前に色々頑張ってたよね。掃除したり、お菓子とかジュースを揃えたり……」
「そうね」
前日にわざわざ掃除をし、お菓子や飲み物も準備して、何を話そうかまで色々と考えて。
美希に嫌われたくなかった。つまらない人と友だちになったと思われたくなかった。
誰だって友だちに嫌われたくないだろうけど、あの時の私はミニバスが理由で友だちをなくしたことが、治りきらない傷になっていて、人付き合いに関して必要以上に敏感になっていた。
もちろんそんなことをしなくても、美希が私を嫌ったりするような子じゃないことは少し付き合ってすぐに分かったんだけど……。
「? どうして美希ちゃんの話をするの?」
「ううん、なんとなく。ほら、カレーが冷めちゃうから食べて」
「? う、うん」
静は釈然としなさそうな顔をしながらも、スプーンを動かした。
※
ソファーでゴロゴロしながらスマホゲームをしていると、LINEの通話を知らせるポップアップが表示された。
誰だと思って目を動かすと、静ちゃんからだった。普段はメッセージで許可を取ってから通話をするから、いきなりなのは珍しい。俺はすぐに出た。
「静ちゃん、どうしたの?」
「おにーさん……」
開口一番から静ちゃんの声は沈んでいた。
「何かあったの!?」
『ううん、あたしのことじゃないの。お姉ちゃん……』
「透さん!?」
『あ、お姉ちゃんに何かあったとかじゃなくって……悩みがあるみたいなの』
「悩み? どんな?」
『分からない。話してって言っても話してくれなくて。食事をしてたら、いきなり美希ちゃんことを話題にするし。高校になってからそんなことなかったんだよ?』
「冬馬さんの?」
『うん……。おにーさんから、どんなことで悩んでくれるか聞いて欲しいの』
「でも静ちゃんに話さないことを俺に言ってくれるかな」
『それなら大丈夫。お姉ちゃん、あたしに心配させたくないから本当のことを話してくれないんだと思う。でもおにーさんになら話せると思うしっ』
「分かった。やれるだけのことはやってみるよ」
『ありがとう! おにーさんにお願いしたら安心しちゃった♪』
静ちゃんの声がいつものような明るさを取り戻してくれて、ホッとする。
それから他愛ない世間話をして通話を終えた。
ふぅ、と小さく息をこぼす。
多分、透さんの悩みというのは冬馬さんに関することだろう。食事に招待してもらった時にした話が透さんを悩ますきっかけになってしまったのなら、俺にも責任がある。
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