第31話 小悪魔で策士な女子

 そして待ちに待った土曜日を迎える。

 半日授業で学校が終わるとまっすぐ帰宅して、時間を潰す。

 ずっと時計を確認してはそわそわしていた。あんまりにもそわそわして落ち着かないものだから、透さんにメッセージを送って冷静さを取り戻そうとした。

『もし買い物をするなら付き合うけど、大丈夫?』

 すると、透さんからはすぐに返信があった。

『ありがとう。でも大丈夫。材料は昨日のうちに買っておいたから』

 そんなやりとりをしつつ、四時くらいに透さんの家へ向かった。



 マンションに行く道すがら、駅前にあるケーキ屋に入り、何種類かケーキを買う。

 それからマンションへ向かうと、30分も早く到着してしまった。

 ただ住宅街だから時間を潰す場所もないし、マンション前でウロウロしていると近所の人たちに怪しまれてしまう。

 このご時世、いつ通報されてもおかしくない。そうなったら楽しい夕食会が悲惨だ。

 俺は頭の中で早く到着しすぎてしまった言い訳を考えつつ、玄関のパネルで透さんの部屋番号を押そうとした。

 その時、ホールに続くガラスごし、エレベーターから人が出てくる。


「静ちゃん……?」

「あ、おにーさん! いらっしゃい!」


 静ちゃんが小走りに駆けてきた。その手には小さなバック。


「おにーさん、お姉ちゃんとの食事会を楽しんでっ♪」


 静ちゃんは俺の脇を抜けようとするので、「ちょ、ちょっと待って」と慌てて行く手を遮った。


「もー。何? あたし、急いでるんだけどー?」

「今のどういうこと? 2人きりって……」

「あたし、今から友だちの家に遊びに行くところなの。勉強会やるんだぁ!」

「でも今日は……」

「おにーさんとお姉ちゃんを2人きりにしてあげようっていう妹心だよっ♪」

「!」

「あ、泊まってもいいよ? その時は連絡して。あたしも友だちの家に泊まるから♪」

「ちょ、ちょっと静ちゃん!?」


 中学生相手に、恥ずかしいくらい動揺してしまう。


「な、なに言ってるんだよ。年長者をからかうのは良くないって……」

「えー。おにーさんのお姉ちゃんへの想いってその程度だったの?」

「そんなことは……っ!」


 言いかけて、はっと我に返る。ダメだ。どんどん静ちゃんのペースにはまってしまっている。


「……静ちゃん、どうしてそこまで俺に協力してくれるの?」

「?」

「普通は、お姉ちゃんに男が近づくのは、ちょっとイヤだったりするんじゃない?」

「だって、おにーさんはお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんはおにーさんのことを嫌っていない。だったら妹としては、2人の仲を応援するべきでしょ? それに、おにーさんはいい人だし。あたしだって、おにーさんがお姉ちゃんを弄ぼうとしてるだけの人だったら絶対に応援なんてしないよ?」

「それはありがとう。でもそれだけじゃなくって……」


 うまく言えないんだけど。

 そう、思えば静ちゃんと知り合ってからというものの、何かと静ちゃんは俺と交流しようとしていた。

 夕食を食べにはじめて透さんの家に行くことになったのも、きっかけは静ちゃんだ。

 透さんが大好きな漫画のコラボカフェに行くことになったのも、やっぱり静ちゃん。

 普通、いい人だからという理由だけで、ここまで応援してくれるものだろうか。

 一人っ子の俺には想像できないだけなのかもしれないけど。


「――実は、誰でも良かったんだよね」

「え?」

「あたし、ずっとお姉ちゃんのことが心配だったの」


 冬馬さんと縁が切れてから、透さんはそれまで以上に、静ちゃんべったりになった。

 さらに透さんは高校に入ると同時に剣道を辞め、部活にも入らなかった。家にいる時間が増え、友だちとも遊ばない。

 友だちがいないの、と静ちゃんがからかい半分で言うと、透さんは静ちゃんが心配なんだから家では遊べないでしょ、と言ったらしい。

 それを喜べるほど静ちゃんはもう子どもじゃなかった。


「あたしを言い訳にしないでよって何度も言ったけど、お姉ちゃん、ぜんぜん聞く耳をもたないの。だから、あたしはお姉ちゃんに、もっと他の人と関わって欲しいって思ったの。大げさな言い方になっちゃうけどね。――おにーさんはお姉ちゃんの同級生だし、もしかしたら、お姉ちゃんを変えてくれるかもって想ったんだ。怒った……?」

「まさか。怒ってない。成り行き上とはいえ、そんな大役を仰せつかって今では感謝してる」


 静かちゃんのお陰で透さんを知ることができた。

 透さんのことを知り、透さんのことを好きになることができた。

 今この想いがあるのは、静ちゃんのお陰だ。


 静ちゃんは頬を赤らめ、微笑む。


「そう言ってくれると嬉しいっ。あ、でも今はおにーさんで良かったなって思ってるよ? お姉ちゃん、あんまり感情表現がうまくないからわかりにくいかもしれないけど、おにーさんに構ってもらえて喜んでるんだよ?」

「構ってもらってるのは俺のほうだと思うけど……」

「それはどうかなぁ」

「でも静ちゃんがそんな策士だったなんて」

「小悪魔で策士な女子を目指してるんだ~♪」

「目指さなくてももうなってると思うよ」


 俺は吹きだしながら言った。


「――だから、おにーさん、頑張ってね♪」

「あ、ありがとう」

「どーいたしましてっ♪ じゃあ、あたし行くから。お姉ちゃんにはうまく言っておいて!」

「え、どういうことっ!?」

「実は、お姉ちゃんに言ったらすごい反対されたから、料理をしてるところを見計らって黙って抜け出してきちゃったんだよねっ。じゃっ!」

「じゃっ、て……ええっ!?」

 静ちゃんはさっさと去って行く。

 ぽつんと一人取り残されて頭を抱えていると、マンションのエレベーターから誰かが飛び出してくる。

 それは、シャツにジーンズ姿の透さんだった。透さんも玄関前にいる俺に気付く。


「隆一君、静を見なかった!?」

「……静ちゃんなら、友だちの家に行くって……」

「もう、あの子ったら。勝手なことばかりして……!」


 透さんはスマホで連絡を取ろうとする。


「透さん、待って」

「隆一君……?」

「静ちゃんと少し話したんだけど、友だちの家に行くの楽しみにしてたよ?」

「でも私は保護者としての責任があるの。それに静は身体が弱いの。友だちの家で発作なんて起こしたら……」

「俺が知る限り、静ちゃんはこれまで一度だって発作は起こしてないよ?」

「で、でも」

「静ちゃんはしっかりしてるから大丈夫だよ。透さんが静ちゃんを心配するのは理解できる。でもそうやって過保護すぎても良くない、と思う。だから静ちゃんも黙って出かけるってことをしたんじゃないかな? ごめん。人ん家のことに口出しちゃって……」

「……分かってはいるんだけど、あの子が相手だとどうしても歯止めが利かなくるの……」

「透さん、本当に心配なら静ちゃんを止めるの手伝うよ。ついっさき出たばかりだから、今から走れば追いつけるだろうし」


 少し間を空けて、透さんは小さく首を横に振った。


「ううん、いいの。それに、隆一君を招待したのに、姉妹のゴタゴタに巻き込むのは申し訳ないし。――でもちょっと静に連絡させて。あ、誤解しないで。とりあえず向こうのおうちについたら電話するように言うだけだから。保護者としてご挨拶しなきゃいけないから」


 透さんはジーンズの後ろポケットからスマホを取り出すと、メッセージを打ち込む。


「じゃ、行こっか。夕飯はもう出来てるから」


 透さんと一緒に玄関を抜けると、エレベーターに乗り込んで10階のフロアへあがり、3度目の訪問になる安達家へ向かった。

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