第30話 週末の約束
今日の晩飯は買い物も面倒だから、スパゲッティにする。
麺を茹でながら、あらかじめ湯煎していたソースをかけて、できあがり。
お手軽で、夕飯を考えるのも面倒な時には最適のメニュー。
「はぁ、侘びしいぜ……」
一人きりの夕食は慣れっこだから、それは問題ない。
ただ夕飯を食べるたび、透さんの家での食事の温もりというか、そういうものを同時に思い出しては切ない気持ちになるのは、どうにも誤魔化せない。
その時、スマホ画面に通話の着信を知らせるポップアップが表示された。
着信の主は、『和馬』。
面倒だなと思いつつ、出る。
「はい?」
『よぉ……』
珍しく和馬の声は沈んでいた。めずらしいから、さすがに心配になる。
「おい、どうした?」
『……別れた』
ため息まじりで聞いているほうがうんざりするような声。
「またフったのかよ」
『あぁ』
「そうか」
『……なんでって聞けよぉ』
すげえ面倒だ……。なんでこんな侘びしい夕飯時に、彼女との別れ話を聞かなきゃならないんだよ。
「なんで」
『会話がつまらなかった』
「は?」
『話をしててもさ、ぜんぜん盛り上がらないんだよ。特にあっちの話。右から左に聞き流せちゃうっていうか、耳に残らないっつーか……分かるだろ?』
「残念ながら露ほども分からん。こちとら、年齢=彼女いない歴、なんで」
『運命の相手だったら、そんなことには絶対ならねえ。そうだろ!?』
「知らねーよーっ。だいたいお前、そんなことで別れてたら、いつか背中から刺されるだろ。その子、どうした?」
『泣かれて、すげー罵倒されたわ……。大通りでクソ野郎って言われる俺の悲しみ、分かるか?』
「……お相手の子の悲しみのほうを俺は理解するわ」
『おおおい! お前は俺の親友だろ!? うそでも同情しろよ!』
「無理! ……ったく、もうお前は当分、誰とも付き合うな。どーせ訳わかんない理由で別れるんだから」
『おいおい、目の前に運命の子の可能性のある子がいるのに放っておけねえよ』
「絶対に違うから、放っておいてやれ。それがお前の為だし、その子の為だ。切るぞ。メシが冷める」
『隆一――』
通話を終え、すっかり冷たくなったメシを頬張る。
侘びしい気持ちがさらに加速した。
その時、スマホが着信を伝えてきた。
たく。しつこい奴だな。
俺はうんざりしながら、スマホを耳に当てた。
「だーかーらー、お前が一週間も経たずに恋人と別れたとかどーでもいーからっ」
『あ、えーっと……私、透だけど』
「透さんっ!?」
スマホ画面を確認すると、『安達透』の表示が。
「ごめん! 今、和馬と話してて……!」
『そうだったんだ。じゃ、また後でかけ直すね……』
「平気! ぜんぜん平気っ! 夕飯を食べてただけだからっ」
俺は口の中に残っていた麺を、慌てて呑み込んだ。
「夕飯中にごめん。ちなみに今日のメニューはなんだったの?」
「スパゲティ」
「美味しそう」
「いや、考えるの面倒だったから一番簡単なメニューにしただけだから」
「気持ち分かる。うちも面倒な時はパスタにしちゃうから」
「それでどうしたの?」
『今、静と話してたんだけど、また一緒に夕飯を食べたいって静が言ってて……」
すると、電話の向こうから「もー! お姉ちゃんも賛成したじゃん!」という静ちゃんの抗議が聞こえた。
「分かったから。今、話してるんだから静かにして。――聞こえた?」
「ばっちり」
俺は苦笑いまじりに頷く。
「私もお礼がしたいから」
「お礼?」
「この間、お見舞いに来てくれたでしょ。そのお礼。それで、どうかな。都合のいい日があったら……」
いつでもいいよ! 明日でもぜんぜんオッケー! そう言いたかったけど、前のめりでがっつき過ぎるのは良くないと、できるだけ冷静に振る舞う。
「……土曜日はどう?」
『分かった。それじゃ、土曜日の夕方の5時くらいにうちに来てくれる?』
「了解」
「それで、何か食べたいものはある? リクエストに完全に添えるかどうかは分からないけど……。この間はカレーだったよね」
「ハンバーグは、大丈夫?」
「もちろん。でも期待はしないでね。あくまで作れるっていうレベルだから」
「楽しみにしてるっ」
『も、もう。隆一君、あんまりプレッシャーをかけないでよ』
俺たちは同時に笑いあった。
「じゃあ、土曜日を楽しみにしてる」
『私も』
「あたしもー!」と静ちゃんの声が聞こえた。
『ご、ごめん。隆一君。騒がしい妹で……もう』
透さんは恥ずかしそうに呟く。
「静ちゃんらしいよ。それじゃ、土曜日に」
「うん、それじゃあ」
通話を終える。
「よっしゃーあああああああああ……っ!」
ガッツポーズと一緒に、思いっきり叫んでしまった。
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