第29話 つながり
放課後、冬馬さんとの待ち合わせ場所である駅前のコーヒーショップに到着する。
入店して店内を見回すけど、冬馬さんの姿はなかった。
注文した商品を受け取り、2階へ上がる。
駅前広場を見下ろせる窓に面した二人がけの席に、スカートとネクタイの組み合わせの西高の制服姿の女子高生――冬馬さんがいた。
左手でカップを持ち、右手はテーブルに置いたスマホ画面を操作している。
「冬馬さん」
そっと呼びかけると、冬馬さんが顔を上げた。
俺を見た瞬間、不可解そうに眉間にシワが寄る。
気の強そうな眉に円らな瞳。背は俺の胸元くらい。髪を後ろで結んでいた。
への字に曲がった口元に意志の強さ、頑固そうな印象を受けた。
「…………誰?」
「俺は近藤隆一。透さんのクラスメート。実は話したいことがあって、うちのクラスの金沢さんに協力してもらって、呼び出してもらったんだ」
「は?」
「金沢さんには文句は言わないでくれるとありがたい。彼女、冬馬さんの一件でクラスの女子からつるし上げにあって、かなりヘコんでるから」
「透に頼まれたの?」
「透さんはなにも知らない。俺が勝手にやってるだけだから」
冬馬さんは席を立ち、さっさと店を出ようとする。
「透さんと冬馬さん、剣道をしていた頃からの親友なんだろ」
俺が遠ざかろうとする冬馬さんの背中に向かって声をかけると、彼女は足を止めた。
「……何でそのこと……」
「透さんの家に行った時、冬馬さんのことを教えてくれたんだ」
「透が、あんたを家に? 嘘でしょ」
「本当だよ。夕飯をごちそうしてくれたんだ」
「付き合ってるの?」
「気になる?」
「ふざけてるの?」
「付き合ってない。ただの友達」
「ただの友達のためにこんな回りくどい手をつかって、人を呼びつけたわけ?」
問答無用に帰らないということは多少は興味を持ってくれたんだろうか。
「とりあえず座ってもらっていい? 大切な話があるんだ」
「…………なんで、あんたの言うことを聞くと思うわけ」
「透さんに関することだから」
「…………」
「大事なことなんだ」
胡散臭いものを見る視線は変わらなかったけど、冬馬さんは席についてくれる。
まだ希望がある。
冬馬さんの胸の中に、透さんを想う気持ちがまだいくらかはあるってことだ。
たとえそれが、大勢の生徒の前で透さんを叩くほどの怒りが共存していたとしても。
人の感情は複雑だ。表面からは伺いしれないくらい、たくさんの感情が入り交じっている。でもだからこそ、俺が見たものだけが全てじゃないって信じられる。信じたいと思える。
俺は窓を背にした席に座って、冬馬さんと向き合う。
「それで?」
「透さん、今、大変なんだ。あのビンタのせいで、透さんが冬馬さんと男を取り合ったとか根拠のない悪意のある噂が学校で流れてる。透さんはそれで傷ついてる」
それが言わなければいけないこと。
噂に関する話をした時、冬馬さんの表情に動揺が走った。
「――透、大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「私が叩いたほっぺた。痕とか、傷とか……」
「自分でやったくせに気になる?」
「…………っ」
思いっきり睨まれた。
「大丈夫」
冬馬さんは「そう」と頷いた。どうやら冬馬さんは嘘がうまくないらしい。素っ気なさを装いながらも、安心したのが分かった。
「で、話ってそれだけ?」
「どうして透さんを叩いたのか聞きたい」
「あんたに話すことなんて何もない。何も知らない赤の他人はでしゃばらないでよっ」
「言っただろ。あの一件のせいで変な噂が流れてるんだ」
「噂を流したのは私じゃない」
「でもその発端をつくったのは、冬馬さんだ。二人は中学時代、親友だったんだろ。今は違うのは分かったし、二人の間にわだかまりがあるのも分かった。でも、噂を払拭するのに力を貸して欲しい。何ができるかは分からないけど……それでも」
俺は言いながら、冬馬さんに叩かれた直後の透さんの顔を思い出していた。何かを抱えている顔を。
「私は、悪くない……」
冬馬さんはでもその声にさっきまでの勢いや感情はない。まるで自分に言い聞かせてるみたいだった。
「本当にそう思ってるの?」
「……お、思ってるっ」
冬馬さんは乱暴に言うとスマホを手に取り、席を立つ。その瞬間、スマホカバーが目に入った。
「あ、それ……」
冬馬さんは俺の目から隠すように、ブラウスの胸ポケットにスマホをねじこんだ。
「もう二度とこんなキモいことはやめてよね。次、こんな風に騙し討ちしたら、ストーカーされてるって通報するからっ」
冬馬さんは足早に一階へ下りていくが、俺の意識は別のところに向いていた。
あのスマホカバー、間違いない。
透さんも持っていた『キュートだよ、鏡さん!』のキャラクターグッズ。
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