第22話 雨宿り
「はぁ……」
ボーリング場の帰り、俺たちは肩を並べて歩いていた。
夏の空は夜の黒と、夕暮れの茜が綺麗に入り交じり、星が瞬く。
どうしてボーリングで無事に勝利した透さんが、うなだれ、ため息までついているのかと言えば……。
透さんが、ボーリング場にいた女子大生に「お兄さん、このあと、私たちと食事に行きません!?」と逆ナン(?)をされたからだ。
ちなみに女子大生二人組の視界に、俺は全く入っていないという悲しい事実を付け加えておく。
「……私、女なんですけど……」
そう透さんが困惑しながら言えば、
「えー、イケメンすぎない!?」
「写真撮って!」
「何かのコスプレ!?」
そう無神経な質問をずかずかしてきたので、さすがに見かねて「やめて下さい。そういうの困るんですっ」と俺が割って入ると「なによ」「不細工は黙ってて」「マジしらけるんだけど!」と散々言われてしまった。それでも
「あの時は、守ってくれてありがとう」
「逆ナンされることって、これまでにあったの?」
「…………何度か、ね。あー、完全に油断してた。多分、今日がすごく楽しすぎたからだ……っ」
確かに透さんはイケメンだけど、男と間違われて嬉しいわけないよな。
俺もガン無視されて、傷ついたし。
「あ――――――もうっ! 私は女だっつ―――――――――の――――――――――っ!!」
「っ!?」
繁華街に、透さんの絶叫が響く。道行く人たちが注目する。
透さんは俺に笑いかけた。
「行こ!」
透さんは俺の手を掴んで走り出す。
「っ!?」
俺たちは注目を浴びながら、繁華街の大通りを駆け抜けていく。
そうして繁華街を脱し、人通りの少ない道に行き着く。
そこで透さんは走るのをやめ、両膝に手を置いて肩で息をする。
いきなりのことに俺は困惑しながらも、透さんの手の感触の残る右手を意識せずにはいられなかった。
「透さん……大丈夫……?」
あんまりにも嫌なことがありすぎて、フラストレーションが爆発してしまったのかと本気で心配になる。
「ぜんぜん平気っ」
透さんは小さくピースサインをして、笑いかけてくれる。
差し込んだ夕日に照らし出された透さんはイケメンなのはもちろんだけど、すごく可愛くって、ドキッとした。
「私のせいで空気を悪くしちゃったから、気合いを入れ直したの」
「あれはどう考えても、透さんは悪くないから。それはそれとして、いきなり叫んだのはびっくりしたけど……」
「じゃあ、気を取り直して……」
「取り直して?」
「夕飯。どこで食べる?」
「ファミレスでいいんじゃない?」
「じゃ、駅前のファミレスで」
そう話しながら歩き出した俺の鼻に、冷たいものが当たった。
「?」
隣の透さんも一緒に立ち止まって空を見上げる。
ぽつ、ぽつっと雨が降ってきた。
「ああもう。今日、雨の予報なかったのに」
「とりあえず走ろう。これくらいだったら少し濡れるくらいで済むから」
「そうねっ」
しかしそれから三〇秒も経たないうちに、雨脚はどんどん激しくなった。とてもこのまま一〇分くらい離れた駅前まではとても走ってはいられない。
他に雨宿りが出来る場所は!?
「透さん、あそこ!」
雨に滲む店のネオンを指さす。
「え、でもあそこは……」
「そんなこと言ってる場合じゃないからっ」
「隆一君!?」
俺たちはその店に飛び込んだ。
「いらっしゃいませっ」
雨を避けるために夢中で飛び込んだそこは、カラオケ店だった。
「えーっと……?」
透さんを見ると、なぜかうつむいている。短い髪から覗いた耳が真っ赤だった。
「透さん、どうかした」
「……てぇ」
「て? ……っ! ごめんっ!」
思わず手を握ってしまったことに気付く。
「こ、これは別に悪気があったわけじゃ……」
「わ、分かってる……から。平気。イヤていう意味じゃないから……っ」
「だ、だよね。っていうか、手を握ったのは透さんのほうが先だったし」
「……そ、そういえば、そうだね。あはは、無意識だった」
外を振り返ると、雨宿りに他の客がどんどん流れてきていた。
このままでは部屋を取られてしまう。
「隆一君、ここで雨宿りしよ。この雨の中、駅には行けないんだから」
「だね」
ひとまず1時間利用を伝え、部屋へ。
「とりあえず、部屋が確保できて良かった」
「そうね」
透さんはハンカチで髪を拭いている。
「隆一君、ハンカチある?」
「いや、ない」
「だったら、私の使って」
「でもそれは透さんが」
「もう1枚あるから」
「ハンカチ、2枚持ち?」
「うーん……っていうより、静が忘れるから。その時のため。それにこれ、ハンカチはハンカチでもタオルハンカチだから、拭きやすいよ?」
「静ちゃんのために予備まで持ってるとか、すごいね」
「シスコンぽい?」
「まさか! いいお姉さんって感じ」
「いいお姉さんっていうより、ただの世話焼き、だけど。ほら、動かないで」
「自分でできるよ」
「遠慮しないの」
「弟扱いされてるみたいだ」
「ふふ。隆一君みたいな弟だったら、大歓迎、かな?」
「あはは、ありがとう?」
「お礼を言うことかなぁ」
透さんに頭を拭いてもらう。
ハンカチからは、ふんわりといい匂いがした。それだけで心臓がバクバクしてしまう。
小学生かよ、と我ながら思ってしまうけど、仕方ない。
それに透さんに拭いてもらうのは正直、悪くなかった。
「これでよしっと。それじゃあ、何か食べよっか」
「そうだね。うん」
たこ焼き、フライドポテト、ミックスピザなどを注文する。
食事を待っている間、なんとなく手持ちぶさたを覚える。隣の部屋からは歌声がうっすらと聞こえていた。
「あ、私に遠慮しないで歌って」
透さんが端末を渡してくる。
「実は俺も、そんなにカラオケって得意じゃないんだよね」
「そうなの?」
「和馬と行く時はなんとなく歌うけど、基本、音痴だし……」
正直、透さんに聞かせられるレベルじゃない。
そうこうするうちに食事が運ばれてくる。
これで何とか手持ちぶさたも紛れるかなと思ったけど、食事はあっという間に済んでしまう。
いつまでも何もしないのものなぁ……。
し、仕方ない。
このままなんとなく気まずいのはイヤだ。せっかく透さんと二人きりなんだから。
「じゃ、じゅあ、歌おうかなっ」
俺は端末を操作する。送信してすぐにイントロが流れ出す。
「あ、これ……」
「知ってる?」
「ドラマの主題歌だよね。見てる。歌もサブスクで聞いてる」
「そうそう」
「この歌、いいよね」
入りは正直、透さんの前で歌うという緊張感もあいまって声が上擦って、音程も乱れたけど、中盤になるとどうにか立て直し、まあ、そこまでひどい感じにはならなかったと思う。歌っている最中も透さんがにこにこしながらノってくれて歌いやすい空気を作ってくれたおかげだ。
「……って、こんな感じかな」
透さんが小さく手を叩いてくれる。
「隆一君、うまい。音痴じゃないよ」
「あはは。あ、ありがとう」
サイダーで喉を潤す。
「透さんって普段、どんな曲を聴くの?」
「邦楽、洋楽、懐メロ、KPOP。なんでも聞くけど」
「そうなんだ。じゃあ、なんでもいいから聞かせてよっ」
何となくその場のノリでもう一本のマイクを手渡す。と、それを透さんが受け取ったのだ。
「えっ」
「え?」
俺が思わず出した声に、透さんが不思議そうな顔をする。
「え、いいのっ? でもカラオケは嫌いだって……」
透さんは小さく頷く。
「……そうなんだけど、恥ずかしがってた隆一君に歌ってもらっちゃったし……。
私だけ何もしないのはフェアじゃないし。だから、一曲だけ」
「楽しみ!」
「ちょ、ちょっと。そんな背筋伸ばして聞くようなものじゃないから……っ」
「でも、この機会を逃したら二度と聞けないかもしれないわけだから。心して聞くよ」
「もう……」
透さんが端末を操作すると、すぐにイントロが流れ出す。
ハイテンポなメロディライン。動画サイトでよくトップページで表示されるし、コンビニや動画内のCMでもよく聞く楽曲だ。
たしか有名なインフルエンサーがカバーもしてたはず。
透さんは自分の声にもコンプレックスがあるようなことを言っていたけど、声はよく通って、話す時の透さんとはまた違う、キレというのか、かっこよさがあった。
歌詞の内容は片思いをテーマにしたもので切なくも繊細なものだったけど、透さんの声はその雰囲気をぜんぜん壊していない。
むしろ、透さんの丁寧な歌い方は寄り添うような優しさ、そして時折、ドキッとしてしまうような艶があった。
その一方で、普段から行き慣れてないカラオケということもあるんだろうけど、両手でマイクをしっかり持ちながら、画面上に次々と表示される歌詞を追いかける姿は、イケメンな透さんの印象からするとどこかちぐはぐした感じがあってかわいい。
「は、はい、終わりっ」
透さんは俺と目を合わせることなくマイクをテーブルに置くと席に座くと、照れ隠しなのか、フライドポテトを一心不乱に頬張りはじめた。
俺は心からの拍手を送る。
「や、やめてよ、拍手とか……」
「すごく良かった。今のはお世辞とかじゃないから。うまかったよ。音痴でもなんでもないし」
「……そう言ってもらえるなら……良かった。好きな曲だから、私の声のせいで良さが壊れちゃったらどうしようって思ってたの」
透さんはほっと一息ついたみたいに、はにかんだ。
「そういえば、コラボカフェで流れていた曲、あれも歌えるの?」
「…………ま、まあ」
「ノリのいい曲って、ファンの人たちが振り付けを真似して踊ってる動画とか、上げてたりするよね」
透さんくらいのファンなら、振り付けの練習とかもしてるんだろうか。
「透さん、振り付けとかの練習はしてるの?」
「………………」
「練習してるんだ」
「……れ、練習っていうほどじゃないんだけど、エンディングのサビのところのダンスが可愛いなって思って、ちょっとリビングで何回か真似しただけ。練習とかそういうんじゃ……うう……」
透さんの声はどんどん消え入るようになって、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
いくらなんでも可愛すぎる……!
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