第21話 二人きりの時間

「――ありがとうございました」


 店員さんに見送られ、俺たちはコラボカフェを出た。


「おごって貰わなくてもよかったのに……」

「そうはいかない。私に付き合ってもらったんだから。それに、隆一君のおかげでシークレットコースターまで当てられて……」

「それは偶然だよ」

「静も私もくじ運が悪いから、静と来てたら絶対手に入らなかったよ。本当に隆一君にはお世話になりっぱなし。前はずっと欲しかったフィギュアまで取ってもらっちゃったし」

「俺だって、透さんには感謝しまくってるよ。手作りカレーにお弁当まで作ってもらって……」

「あれは、でも、特別なことじゃ……」

「俺だってそうだよ。この間はたまたまクレーンで取れただけだし、今日はそれこそ付き合っただけだし」

「ふふ」

「? どうかした?」

「私たち、一年の頃もクラスメートでもほとんど話さなかったでしょ。それが二年になって、二人で出かけたりするようになるだなんて、人生って分からないなって思って」

「確かに。一年の頃の俺に、お前は一年後、透さんの手料理を食べることになるって言っても絶対、信用しないと思う」

「一年の頃の私だって、今日のことを話したら絶対にありえないって言うと思う」


 これで透さんの目的は果たしたわけだけど、これで帰るのはさすがに寂しい。

 せっかく二人きりなのだから、もっと一緒の時間を過ごしたかった。

 一分一秒でも長く、透さんと一緒にいたかった。

 俺がタイミングを見計らっていると、「隆一君、これから何か予定はある?」そう透さんのほうから聞いてくれた。


「ないよ」

「じゃあ、せっかく来たんだから遊ばない?」

「俺もそう思ってたところ」

「良かった。何かしたいことはある? あ、カラオケ以外でね」

「じゃあ、ボーリングは?」

「ボーリングはこの間、しなかった?」

「あの時は手加減してたんでしょ。今度はちゃんとした勝負」

「いいわ。決まりっ」


 俺たちは前に橘さんたちと一緒に行ったボーリング場へ向かう。

 その途中、俺は疑問に思っていたことを話してみる。


「透さん、どうしてカラオケが好きじゃないの?」

「それは、だって……」


 透さんは少し下唇を噛む。


「?」

「わ、分かるでしょ」

「ぜんぜん分からない……。音痴っていうこと?」

「それも、なくはないけど……この声だし」

「この声?」

「低すぎるでしょ。この声で歌うのって恥ずかしいの」

「でもハスキーボイスで格好いいと思……って……なんでもないです」


 透さんはじろりと見られた。にらまれたわけじゃないけど、歓迎はされてない。


「隆一君も朝沙子たちと同じこと言うのね。格好いいとか。ぜんぜんそんなことない。低すぎて好きじゃないし」

「そうかな」

「そうだよ。そういうわけだから、カラオケは好きになれないの」


 透さんの歌、聞きたかったんだけどな。残念だ。

 俺たちは目的地に到着すると、ボーリング場が入っているフロアまでエレベーターで上がった。

 そこかしこから響きわたるピンを倒す軽快な音を聞きつつ、受付を済ませて靴を借りる。

 透さんは「ちょっと待ってて」と言って、席を外す。

 ボールを選んでいると、「隆一君、お待たせ」と透さんが戻って来た。


「え、透さん!?」

「やっぱりこっちがしっくりくる」


 透さんはパーカーにジーンズ姿だった。ウィッグまで取っていた。


「さっきの服はどうしたの? ウィッグも」


 透さんはバックをかかげた。着替えを入れていたから、わざわざあんな大きなバックを持ってたんだ……。


「目的は果たしたし、あの格好のままいるのはやっぱり慣れないから」

「残念。スカートも似合ってたのに」

「ちょ、ちょっと……」


 透さんは赤面する。


「?」

「隆一君、か、からかわないでよ……っ」

「からかってないよ。学校でもスカートでもいいんじゃないって思ったくらいだから」

「それは絶対ムリ……!」

「ムリじゃないと思うけど。いつもと雰囲気が変わって、新鮮だったもんなぁ」

「……隆一君は優しいからそう言ってくれてるんだろうけど、本当に変だし、女装してるみたいになっちゃうし」

「そうかなぁ」

「今のこと、絶対、静の前で言わないでよ」

「どうして?」

「静も隆一君と同じようなことを言って、スカートばっかり勧めてきて、困ってるんだから」

「そっか。だから静ちゃんとナンパから逃げた日、透さんの服を持ち去ったんだ。無理矢理にでもスカートを穿かせたかったから」


 それは俺と静ちゃんが初めて出会った時のこと。

 あの時のことを考えると、ずいぶん前のことのように思えた。


「そう。静は荒療治だなんて言ってたけど。本当に迷惑な話なんだから」

「スカートは嫌だって言ってたけど、中学時代の制服はどうだった? 今みたいにパンツも選べた?」

「……スカートだった。本当に自分でも似合わないって思いながら毎日着てて、だいぶストレスだったし」

「うーん……変なことは何もないのに」

「隆一君は分からないと思うけど、スカートって違和感がすごいんだから。スースーするし……」

「スースー?」

「ほら、パンツと違って……」


 透さんはごにょごにょと呟く。

 まるで男子が女装した時の感想みたいだ。


「でも――」

「でも、はなし。それより私の服装の話はこれでおしまい。ボーリングをやりに来たんだから。でしょ?」


 透さんはボーリングの球を掴む。

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