第20話 コラボカフェ
目的の駅に到着すると、透さんの先導で繁華街方面に向かって歩く。
繁華街にはいわゆるテラス席のあるお洒落カフェはそこかしこにあったけど、透さんは見向きもせずに、迷いのない足取りで人混みの間を縫っていく。
透さんと擦れ違うたび、誰もが振り返った。
「モデルかな?」
「あの人、きれーっ」
そんな声がチラホラと聞こえてくる。
「でも隣の男、ぱっとしねえよなあ」
「あんな男より、俺とデートしてくれねえかな」
男どもの嫉妬まじりの嫌味が容赦なく胸に刺さる。好き放題言いやがって……。
そう思うものの、たしかに透さんと並ぶと、不釣り合いなのは自覚する。
ちらっと透さんを見る。
透さんは周りがどんな話をしているか耳に入っていない様子で、時計をしきりに気にしていた。
ただのカフェに行くだけなのに、そこまで時間を気にする必要があるのかな。
そこまでの人気店ってこと?
俺は正直、おしゃれカフェとは縁遠い。
コーヒーすら、コンビニで済ませるくらいだ。
「――隆一君、一つ、お願いがあるんだけど」
「何?」
「これから行くところのことなんだけど……誰にも言わないって約束して欲しいの」
「え、あ、うん。もちろん」
カフェに行くことを秘密にする?
隠れ家的なカフェってこと?
それからさらに五分くらい歩いて、透さんは足を止めた。
「――ここ」
「ここ?」
大通りから一本外れた場所にあるそこで目にしたのは、
「あ! このキャラクター……静ちゃんが好きだって言ってた、マンガのキャラクター、だよね」
たしか、『キュートだよ、鏡さん!』って、タイトルだったっけ。
クレーンゲームで手に入れたフィギュアのキャラクターだけじゃない。他にも色々なアニメ調のキャラクターがその店前を飾り、店内はたくさんのお客さんで賑わっていた。
「ここが、カフェ?」
「……そう、コラボカフェ」
透さんは頬を赤らめ、消え入るような声で呟いた。
「でもこの作品って静ちゃんが好きなんだよね。本人が来てないけど、大丈夫なの?」
透さんが上目遣いに見てくる。イケメンな彼女の見せる、恥じらう表情にドキッとしてしまう。
透明感のある肌がみるみる赤く染まっていく。
「……ち、違うの。この作品、好きなのって実は私なの」
「そうだったんだ」
「嘘ついて、ごめん。こんなに可愛い作品、私が好きなんて、ぜんぜん似合わないって分かってるんだけど……」
「いや、作品が好きっていうことに、似合うもなにもないと思うよ」
「そ、そう?」
「もちろん」
「……そう言ってもらえると、気が楽になる」
透さんはやや強張っていた表情を緩める。
「この作品ってすごく人気があって……。コラボカフェの予約もなかなか取れなかったんだけど、ようやく先週の抽選で予約が取れた」
「先週……。あ、もしかして、この間、学校での様子がおかしかったのは……?」
「た、多分、コラボカフェの予約が取れたのが嬉しかったから、毎日そのことしか考えられなくって。多分、その影響だとは思う」
「でも、わざわざウィッグをつけたりして、変装?してるのはどうして?」
「男みたいな私が素の格好で行ったら、浮きすぎて笑われると思って……」
透さんはウイッグの髪を指に巻き付け、モジモジする。
俺からするとイケメンな透さんは最高なんだけど、本人には人の知らない悩みがあるんだ。
「えっと、ちなみに予約時間は平気?」
「あっ! もうギリギリっ!」
透さんは慌てて店内に入っていく。
「いらっしゃいませ!」
「予約をしてるんですけど」
店の人にスマホ画面を見せると、奧の席に案内してもらう。テーブルにはSDキャラが描かれているクロスが敷かれている。
「あぁ、すごいっ。アガるぅ……」
透さんはクロス一枚にも喜びの声を漏らし、それからはっとして俺を見る。
「私、変だよね……」
「でもそれくらいこの作品が好きってこと――」
「ちょっと静かに……」
透さんは神妙な表情で唇に人差し指を当て、天井に設置されたスピーカーを見る。
スピーカーからは軽快なメロディが流れ、そして可愛らしい歌声が聞こえてくる。
「いきなりごめん」
「この曲って?」
「これ、アニソン。ガミさんの声優さんが歌ってるやつ。まさか、コラボカフェってこんな演出もあるんだって。不意打ちだったから……」
でもこんな風に大好きな作品に大きいリアクションをするのも透さんの一面なんだと思えば、そんな姿をこんな間近で見られて嬉しくもあった。
女性の店員さんは一般的なカフェの制服ではなく、学校の制服のようなコスチュームをまとっている。
店内の造りも普通のカフェではなく、教室を模している。
壁の一面には黒板がかかって、日直のところには鏡アゲハ、
「お店の人の服って……」
「うん、主人公のガミちゃんが通ってる学校の制服」
「ガミ?」
「えーっと……鏡アゲハっていうのが主人公の名前なんだけど、その子がネットで名乗っているVtuberとしての名前がGAMI――ガミちゃんって言うの。南高っていうのは通称で、正式には私立南白河高校っていうんだけど。作者の
「……」
俺はただただ圧倒されていた。
ここまで透さんが矢継ぎ早に何かを語るなんて初めてで、呆気にとられてもいた。
でもその表情は活き活きとして、微笑ましい。
「あ……」
透さんは不意に口を噤んだ。
「ごめん! 私、しゃ、喋りすぎだよね……。早口だった?」
「普段の1.5倍くらいには……」
「あぁ……っ!」
透さんは耳まで真っ赤にして、頭を抱えてしまう。
「いや、びっくりはしたけど、いいと思う! 自分の好きなものの魅力を人に語りたくなる気持ちは分かるよ。俺も自分が好きな作品を人におすすめしたりする時は饒舌になっちゃうから」
「はぁ……。静には気を付けなきゃ駄目だって言われてたのに……」
「それだけテンションが上がってるってことだよね。それじゃ、注文する?」
「うん、そうしよ。二時間交代だから急がないと」
メニューを開く。
どの料理も作中にでてくるキャラクターと絡めたものらしく、食事を注文するとキャラクター景品がおまけについてくるみたいだ。
いや、ファンからすると食事がおまけで、商品が本体なのだろうか?
「コラボカフェに来るのって初めてなんだけど、ファンとしてはやっぱりこのメニューは原作好きな心をくすぐられるもの?」
「うん。作中で登場する商品だったり、登場人物が好きな食べものがったり。もちろん、作中のままだと万人受けしなさすぎるから、さすがにそのあたりは調整してるみたいだけど」
透さんはプレゼントを選ぶ子どもみたいに目をキラキラさせながら、メニューに目を通している。
「ドリンクは絶対に頼まなきゃ。キャラクターのコースターもついてくるし」
たしかにメニューの端っこに、キャラクターの限定イラストの描かれたコースター(全10種/シークレットあり)がランダムでついてくる、と書かれている。
コンプリートするには10杯以上の飲み物を注文する必要があるのか……。
かぶりも多そうだし、悲惨なことになりそう。いや、今はSNSで交換も可能だから、そこまではしないのかな?
他にも、『いつものやつ』と書かれた商品もあった。
どっからどう見ても、ただの塩ラーメン。
これもきっと、作中で出てくるファンなら楽しめる商品なんだろう。
全部、何がしかのおまけがついてくるのかとも思ったけど、どうやらそういうものだけではないらしい。
箸入れにもオリジナルイラストがあしらわれていたり、デザート系なんかについている飾りもコラボカフェ仕様だったり。
透さんは真剣な表情でメニューとにらめっこしている。
「俺は、この間宮さんちのカツ丼にしようかな? 間宮さんって、主人公の友だち?」
「そう。
「そうなんだ。でもこのカツ丼……なんか……」
「下手だよね」
「まあ……うん、だね。これも原作に忠実なの……?」
「そう。薫子の家でお泊まり会があって、そこで薫子とガミちゃんが一緒に夕飯を作るんだけど、それがなぜかカツ丼なの! そうそう、こんな感じで形はあんまり良くないんだけど、二人で一緒の共同作業が本当に見てて微笑ましくって。胸がキュン!ってして……」
「そうなんだ。まあ、カツ丼はカツ丼だし、俺はこれにしようかな」
「……飲み物はいらない?」
「え? あ、そっか。じゃあ、飲み物も。このレモンサイダーにしようかな」
「ごめんね」
「大丈夫。オリジナルコースターが欲しいんだよね?」
「……うんっ」
透さんは頬を赤らめつつ、小さく頷いた。
ちなみに透さんの頼んだ飲み物は、ゆっぴー渾身の文化祭ミルキーウェイ――要するに、ミルクセーキ。
注文はQRコードを読み込んだスマホで行うらしい。
そこで注文の品を打ち込んで、20分くらいで飲み物と黒い個別包装されたものが届く。
どうやら中身が分からない包装に入っているのが、コースターらしい。
「どの子が出たら嬉しいの? やっぱり主人公?」
「……どの子でも嬉しいけど、うん、やっぱり、ガミちゃんは確保したいかな?」
まず一袋目を開けて、中身を出す。
コースターに描かれたイラストは、エプロン姿のカフェコスチュームをまとったツインテールに縁の赤いメガネをかけた、堂々とした風格のある子。
「その子は?」
「よっぴー」
「ガミさんじゃないけど、主人公の親友だ。良かったね」
「うんっ」
透さんは目を細めながら、コースターを大切そうに袋に戻し、バックにしまう。
さて、残り一つ。
透さんは手を合わせてお祈りをしてから、慎重な手つきで開封して中身を出す。
「うそ……!!」
「!?」
透さんが立ち上がりながら上げた大声に、周りのお客さんや店員さんが注目する。
透さんははっとして、「すいません、すいません」と謝りながら座った。
ウィッグから覗いた耳が真っ赤だ。
「……何が当たったの?」
透さんが無言で、コースターを差し出してくる。
そこにはウェディングドレス姿のガミさんの姿。さらに手書きと思しきサイン。
「これは?」
「……し、シークレット……」
透さんの声は喜びを必死に押さえようとしているのか、かすかに震えていた。
「そうなんだ。このサインは?」
「……春日先生の」
「おお、すごい」
「隆一君、ありがとう」
「あはは……。喜んでくれて良かった」
透さんは大切そうに袋に戻すと、バックに入れる。
それから間もなく、食事が運ばれてくる。
「しゃ、写真どおり……」
下手くそなできばえのカツ丼がでてきた。こういう場合、メニューの写真はあくまで見本であって実際のものとは違う――っていうのが定番だけど、ここでは違うらしい。ここは期待を裏切って欲しかった……。
「すごい!」
「へ?」
透さんは目を輝かせて、カツ丼を見る。
「原作再現すごいっ! ……って、あ、ご、ごめん」
「いや、平気」
俺は早速食べようと箸を持つ。
「隆一君、ちょっとだけ待って。写真を撮らせて」
透さんはスマホを取り出すと、撮影をする。
あれ?
「透さん、そのスマホカバー……」
クリーム色のシンプルなデザインのスマホカバーなんだけど、目立たない場所にあるマークに目がいった。
「それ、『キュートだよ、鏡さん!』のタイトルロゴだよね?」
「これ限定スマホカバーで、朝から並んでようやく手に入れたの。キャラクターデザインのものってなかなか身につけ辛かったりするんだけど、これなら普段使いできるデザインだったから」
「ロゴと見比べなきゃ分からなかったよ」
「ふふ。これ、お気に入りなの」
透さんは少し自慢げ。
「写真を撮らせてもらってありがとう。冷めないうちに食べて」
「それじゃ、お先に。いただきます」
俺はカツ丼に手を付けた。
見た目はアレだったけど、美味しかった。
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