第18話 透さんの様子が…?
初夏の熱に溶けるような思いで登校した俺は、教室に入るなり違和感を覚えた。クラスメートがしきりに透さんのことをチラ見していたのだ。
どうしたんだろう。
俺は透さんを横目に、自分の席につく。
「よっ」
和馬がやってくる。
「何かあったのか?」
「何かあったわけじゃないけど……安達の様子が変なんだよ」
透さんはと言えば自分の席で頬杖をついて、時々思い出したようにクスクスと一人で微笑んでいる。
たしかに変だ……。
いつも透さんと一緒に行動している女子たちは困惑の表情で、透さんのことを眺めている。
「機嫌がいいみたい……だけど?」
「まあそうなんだけど、登校してからすごいテンションが高いんだよ」
「ふん、ふん、ふ~ん♪ ふふふ……」
鼻歌まで……。
たしかにこんな安達さんは初めて見る。
嬉しいことがあったんだろうけど。
そこへ、橘さんが意を決したように透さんへ近づくと、
「と、透? 今日は機嫌がいいじゃん。いいことでもあった?」
そう話を切り出した。
クラス全体がそれとなく、透さんたちに注意を払う。
「機嫌? そんなことないよ。いつも通りだけど」
「え……。あ、そう?」
「うん」
「あ~……そっか。じゃあ、私の気のせいだ。ごめんね。あはははは……」
「? 朝沙子、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
女子は友人たちのもとへすごすごと戻っていく。
すごい。無意識なんだ。
「――安達。もしかして、彼氏でもできたのかねえ」
「はあっ!?」
和馬の呟きに、思わず過剰反応してしまう。
俺のリアクションに、和馬がぎょっとした顔をする。
「な、なんだよ」
「……あ、いや。そんなことないだろ……」
「なんでそんなことないんだよ」
「……えーと……何となく……」
「ま、だよな。もし安達に男ができたら、それこそ周りの女子連中がすぐに嗅ぎつけてるだろうし……」
すぐに興味を失った和馬は、スマホをいじりだした。
透さん、本当に何があったんだろう。
※
三時限目は家庭科。俺も和馬と一緒に家庭科室に向かっていたんだけど、途中、資料集を忘れたことに気付く。
「和馬、先に行っててくれ」
「ん、どうした?」
「忘れもん」
「一緒に戻るぜ?」
「いいよ。すぐに行くから」
「急げよ」
「わーってるっ」
家庭科室へ向かうクラスの列から外れて教室へダッシュ。
無事に資料集を回収して急いで教室を出ようとしたその時。
「――隆一君」
「?」
透さんが立っていた。
「透さん、どうかした? ……って、もうすぐ授業がはじまるから家庭科室に急いだ方がいいよ」
「それは分かってるんだけど。ちょっと聞きたいことがあって……それで、隆一君が教室に戻るのを見かけて、ついてきたの」
「何?」
「――みんな、様子がおかしくない?」
「えっ」
「なんか、他人行儀っていうか、私をチラチラ窺うように見てくるっていうか……。クラス全体の空気がいつもと違ってて……何かあった?」
言うべきかどうか迷ったけど、ここは正直に言うべきだろう。
その方が透さんのためにもなるだろうし。
「それは……」
「それは?」
「透さん、朝から鼻歌をうたったり、そうかと思えば、いきなり思い出し笑いをしたりしてたからだよ」
「え、嘘……」
「本当」
「……っ」
透さんの肌がみるみる赤くなっていく。
「あぁ、恥ずかしい……っ。それじゃあ、私、完全に変な人だったってこと!?」
「無自覚だったんだ」
「う、うん」
透さんは赤面した顔を、手であおぐ。
「それで、透さん。何があったの?」
「あー……えっと……」
「?」
「……ない。何にもないっ」
「今の反応、確実に何かあったよねっ!?」
彼氏ができたという和馬の妄言を意識せざるをえないような反応だ。
いやでも……え……本当に?
俺は全身から血の気が引く、という現象をリアルタイムで味わった。
詳しい話を聞きたかったけど、そんな気持ちに歯止めをかけるように次の授業のチャイムが鳴り響く。
「隆一君、急がないと授業に遅れるわ。行こっ」
透さんはそう言って、駆け出す。
「え、ちょ、ちょっと!?」
透さん、マジで彼氏ができたのか?
透さんの背中を見ながら、俺は暗い気持ちになるのだった。
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