第16話 とっておきの場所
四時限目がそろそろ終わる。
俺は授業どころではなかった。透さんとどこでお昼を食べようか、ずっと考えていたのだ。
せっかく二人きりで昼食を取るのに、外野には邪魔されたく。
そうかと言って、二人きりになれる場所なんて学校にあるだろうか。
そんなことを考えているうちに、四時限目の終了を告げるチャイムが鳴ってしまう。
先生が教室を出て行くと、早くも女子が騒がしくなる。
「――隆一、メシ行こうぜ」
和馬が声をかけてきた。
「いや、悪い。今日はパス」
「パスってなんだよ。やっぱり昨日のことを……」
「違う。先生から作業を頼まれてるんだ」
「作業?」
「倉庫の整理。この蒸し暑い最中に、だぜ? まあ、お前が付き合ってくれるって言うんだったら……」
「がんばれよ、親友。健闘を祈るっ」
和馬と入れ違うように、ポケットの中でスマホが震えた。透さんからのメッセージだ。
『屋上に続く扉の前で待ってて』
なんで屋上なんだろう。屋上はカギがかかって入れないはずだけど。
俺は怪しまれないように教室を出ると、かけ出して階段を駆け上がった。
当然だけど、立ち入り禁止になっている屋上に続く扉周辺は静まりかえって、階下から賑やかな声がうっすらと響いてくるくらい。
屋上に続くドアノブには、『施錠中 立ち入り禁止』の札がかかっている。
少ししてから、透さんが少し駆け足気味に階段をあがってきた。
「ごめん。クラスの子たちに捕まっちゃって」
「大丈夫だったの?」
「うん、どうにかね」
「ところで、ここには何をしに来たの? 屋上、入れないよね?」
「まあ、そういうことにはなってるよね」
「そういうこと?」
「内緒だよ」
透さんはいたずらっぽい笑みを浮かべると、ドアノブを何度かガチャガチャと回す。
と、手応えのあるような音が響くと同時に、
「えっ」
扉が開く。
「なんで? カギ、かかってなかった?」
「カギはかかってるみたいだけど、だいぶ古い扉だし、多分壊れてるんじゃないかな」
「知ってたの?」
「一人になれる場所を探してる時に、もしかしたらって思って回してたら偶然、開いちゃって。……あ、こういうのは嫌?」
「ぜんぜん、杓子定規じゃないから安心して」
「良かった」
扉をくぐると、解放感ある屋上に出た。
眺めはなかなか良かった。
「屋上にはよく来るの?」
「よくってわけじゃないけど、一人になりたい時はここでお昼を食べたりするから。気持ちいいでしょ」
透さんは大きく伸びをする。
「屋上ってね、意外に季節感があるの。春はどこからか風に流されてきた桜の花びらが堕ちてたり、夏は入道雲とか低い空がすぐ頭の上にあって、手を伸ばせば届きそうで。秋は学校に続く並木道の紅葉を見下ろせる。冬は澄んだ空気をいっぱいに感じられるし……」
透さんは活き活きと話してくれる。楽しそうに話す透さんを見てるだけで、俺の心までウキウキしてくる。本当に屋上が好きなんだ。
「でもそんな気に入りの場所を俺に教えちゃって良かったの?」
「だから、誰にも言わないで欲しいの。新宮君にも、ね?」
「もちろん言わない」
「ありがとう」
俺たちは給水塔の裏手、日陰になる場所に腰をおろし、弁当箱を膝に置いた。
「でも透さんにも一人になりたい時ってあるんだ。まあいっつもクラスの女子に囲まれてるから、大変だとは思ったけど。イケメンも楽じゃないんだ」
透さんは苦笑する。
「やめてよ。イケメンとか言われても嬉しくないって」
「そうなの?」
「だって、女だよ? 可愛いとかなら、いざ知らず……って、違うから」
「え?」
「可愛いって言われたい訳じゃー……って、私、なに言い訳してんだろ。えっと、とにかく、イケメンとか。みんな、悪ノリで言ってるだけだから。言われてる身にもなって。恥ずかしいんだから」
透さんは頬をうっすらと染め、ため息をつく。
「この話はやめよ。せっかくのお昼時なんだから」
その時、風が吹く。汗ばんだ肌に、風が気持ちいい。
透さんが風に身を任せるみたいに、髪を手で押さえて目を閉じる。
「今の季節でも、日陰はやっぱり涼しいね」
「でしょ。それもここが気に入っている理由の一つ」
透さんは目を細めて微笑んだ。
その横顔に、ついつい見とれてしまう。たしかにイケメンっていうのは表面的な褒め言葉かもしれない。だって、透さん、めっちゃ可愛いから。
「透さん――」
思い切って可愛いと言おうと思った矢先、まったく空気を読む気のない腹の虫が鳴いた。
「あ……っ」
透さんは笑う。
「召し上がれ」
「じゃ、じゃあ、早速……」
締まらないなぁ。
包みを広げて、弁当箱を開く。
「おお!」
弁当箱は間仕切りの右側がノリがしかれたノリ弁で、左側がおかず。
唐揚げに肉団子、アスパラのベーコン巻き、ミニトマトにポテトサラダ、切り干し大根に玉子焼き……。
「うまそうっ!」
「のり弁にしちゃったんだけど、大丈夫?」
「もちろん! 大好物! じゃあ、いただきますっ!」
俺が食べる様子を、透さんが固唾を呑んで見守る。
そんなに見られると、食いにくいな……。
唐揚げを頬張ると、口の中に肉汁のうまみ、そしてほんのりと醤油と生姜の味が広がる。冷めていても、肉も軟らかくてうまい。のり弁も味付けがちょうど良かった。
「どう?」
「美味しいよっ」
「良かった」
「この唐揚げって、冷凍?」
「もちろん、冷凍のも使うけど、今回はたまたま」
「どーりで冷たくても、うまいわけだ。冷凍食品の唐揚げって冷えると、硬かったりするから」
「ふふ。そんなに褒めても、何もあげられないよ?」
「このお弁当を食べられただけで十分!」
玉子焼きも食べる。だし巻きで、これもおいしい。
無我夢中で食べていると視線を感じて顔を上げた。
透さんと目が合う。
「……ごめん。なんかがつがつ食い過ぎちゃって……」
「あ、そういうわけじゃないの。ただ食べっぷりが気持ちいいなって」
「それはー……褒めてる?」
「もちろん。うちはみんな小食だから余計にそう思う。そんなに美味しそうに食べてくれたら作った甲斐がある。静なんて私が『どう?』って言わないと、『美味しい』も言ってくれないんだから」
「ごちそうさまっ!」
「御粗末様でした」
「弁当箱、洗って返すから」
「そこまでしなくてもいいよ。ぜんぶ食べてくれて、嬉しかったから」
「でも作ってもらって、片付けまでしてもらうのはさすがに悪いから……」
「大丈夫」
「……それじゃあ」
お弁当箱を返す。
「これでもう十分」
「?」
「借りの話。このお弁当で、もうチャラってことで」
「これだけで? せめて、一ヶ月作ってくるとか」
透さんの大胆すぎる提案に思わず笑ってしまう。
さすがにそこまでされたら、申し訳なさすぎる。
「そこまでしなくていいし。うん。十分すぎるくらいお世話になったし。夕飯もごちそうになって、今日は昼食まで。これ以上、望んだらバチがあたるよ」
「そっか。分かった……」
透さんは頷いた。
※
昼食を終えて教室に戻る途中、廊下の向こうから誰かが走ってきた。
「透ぅ! あぁ、見つかって良かったっ!」
駆けてきたのは、うちのクラスの女子の金沢晴香さん。剣道部の副部長だったはず。
「晴香? どうかしたの?」
「私たちのコーチになって!」
金沢さんは突然、透さんを拝む。
「待って、晴香。ぜんぜん話が読めないんだけど……」
「コーチ? 実は来週北高と練習試合があるんだけど」
北高というのは、私立北山川高校のことだ。
「あっちの高校って剣道部が強いでしょ。レベル差は私たちもはっきり認識しててそれはいいんだけど……正直、今の私たちのレベルだと全試合、負けそうなの。でも、せめて一勝したくって……。だから期間限定でいいから、うちの女子部員のコーチをしてくれない?」
「晴香、私は……」
「分かってる。もう剣道はしないんでしょう。分かってるんだけど、そこをなんとかっ。お願い!」
透さんは困った顔で、金沢さんを見る。
「――ごめん。やっぱりできない」
「どうしても?」
「手伝ってあげたいのは山々なんだけど、時間がないから。家のことで手一杯だし。ごめん」
「いいの。ダメ元で聞いてみただけだから」
「でも練習試合は自分たちの今のレベルを計る役割もあるから、負けることは駄目なことでも、恥ずかしいことでもないから」
「だよね。ごめんね。無理言っちゃって」
「ううん、私のほうこそ、力になれなくて……」
金沢さんを見送った透さんは嘆息する。
しばらく透さんは無言で歩いていた。そんな透さんに、かけるべき言葉が見つからない。
「――頑なすぎるって思ったでしょ」
透さんはどこか自嘲気味に笑った。
「自分でもそう思ってるんだけど……。でも私にはもう剣道をやるような資格はないから……」
「資格?」
「ごめん。変なこと言って。――私、図書室に行くから」
「あ、うん……。それじゃあ、また教室で」
「ええ」
透さんを見送る。
資格ってどういうことなんだろう。
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