第15話 約束
朝食の準備も一息ついて時計を確認すると、そろそろ静を起こさないといけない時刻になっていた。
静の部屋の扉をノックして呼びかけるが、無反応。
来年は高校生なんだから、さっさと起きて欲しいところだけど。
扉を開けると、静はタオルケットを抱き枕よろしく抱えていた。
「静。時間よ。起きて」
「もうちょっと寝かせてぇ……」
「静、だめよ。ほら」
いつものように布団をひっぺがす。
「お姉ちゃぁん……ひ、ひどい……」
「ひどくない。さっさと支度をして、ご飯を食べなさい」
「うう、スパルタ! あたしのこと、大切なんじゃないの?」
「大切よ。だからぐうたらな妹もちゃんと起こしてるでしょ」
ううう、と
「さっさと準備するのよ」
リビングに戻ってしばらくしてから、静が眠い目を擦りながら、制服姿で現れる。
「もう。気をつけして」
「はぁい」
「リボン、曲がってる」
「えへへ~」
「なにがおかしいのー?」
「お姉ちゃん、やさしーって思ってー」
「身だしなみくらいちゃんと出来るようになりなさい。来年は高校よ」
「来年のことは来年考えるから大丈夫ー」
「なにが大丈夫なんだか……」
「あれ、なんでお弁当三つもあるの? それ、お父さんが前に使ってたお弁当箱だよね」
「そうよ。ほら、席について、ご飯を食べて」
「はあい」
私は頭の中で弁当のレイアウトを考えながらおかずを詰めていると、静が「あっ」と小さく声を漏らす。
「分かった!」
「っ! いきなり大きな声を出して何よ……って、なんで変な笑い方をしてるのよ?」
「そのお弁当、おにーさんの分でしょ」
「……別にいいでしょ」
「否定しないんだ。昨日はおにーさんとロマンチックな場所に行ってー、今日は手作り弁当。二人って付き合ってんだぁっ!」
「またその話? 違うって言ったでしょ」
「じゃあ、なんで愛妻弁当なんて作ってるの?」
「愛妻じゃない。これは昨日のお詫び。色々あったから……。隆一君はいつも購買や食堂で食べてばっかりだって言うから」
「なるほど~」
「そのニヤけ顔、やめなさい」
「はあい! おにーさん、絶対に喜んでくれるよっ。だってお姉ちゃんの愛情たっぷりお弁当なんだもんっ♪」
「静。しつこい。いい加減にしないと怒るよ」
「もう、怒ってるじゃん。お姉ちゃん、ムキになりすぎーっ」
「分かった。夕飯はいらないのね」
「あーん、ごめんなさーいっ!」
「分かったから。冗談に決まってるでしょ」
「お姉ちゃん、大好きーっ!」
「……現金なんだから」」
私はお弁当を包むと、しっかり紙袋にしまい、隙間ができないよう新聞紙を丸めらものを詰める。
気に入ってくれるといいんだけど……。
「お姉ちゃん、だいじょーぶだってー! おにーさん、泣いて喜んでくれるからぁ♪」
「! だ、だから、人の心を読むなって」
「だってお姉ちゃん、わかりやすいからぁ」
「……やっぱ本気で晩飯抜きっ」
「あーん!」
※
「おはよ、和馬」
いつものように登校する。
和馬は気怠そうに頬杖をつきながらスマホをいじっていたが、俺を見るなり、神妙そうな顔つきになった。
「隆一……昨日は悪かったっ!」
和馬がいきなり手を合わせて頭を下げてきたので、呆気にとられてしまう。
「さすがに昨日は友だち甲斐がなかったって後悔してる……」
「いいよ、別に」
「……いや、良くない。だからお詫びに、お前に女を紹介してやる。どんな子が好みか言ってくれ。そうしたら、ばっちりな子を紹介する。さらに恋人になるまで完全にサポートするからっ!」
「いいんだって。本当に」
「……マジか? ぶちぎれてるって思ったんだけど」
「俺がぶちぎれてたら、そもそもお前のことを無視してる」
「……お前、こんなに心の広い奴だっけ?」
こいつ、俺のことをなんだと思ってるんだよ……。
「なんでだ? ……あれから何かあったのか?」
そう、実はあったんだ。
今日は透さんの手作り弁当が食べられる予定、なんだ!
「別にないし、あの時は薄情なお前に切れたけど寝て起きたらどうでも良くなった。それだけだ」
「……マジか?」
「ただ、あれをまたされたら、さすがにブチ切れる……つーか、絶交だ」
「安心してくれ。もうやらねえから。でもお前、俺がどんな子でも紹介してやるって言うのに、それを拒絶するとか、どんだけ朝沙子が好きなんだよ……」
「いや、だからそれはさ……」
「――え? 近藤君って、朝沙子のこと好きなの!?」
耳ざとい女子が数人、目を輝かせる。
「え、いや、そういう訳じゃ……」
「そういう訳も何もないだろ? ――聞いてくれよ。昨日、朝沙子とこいつをくっつけようと遊んだんだけどさ、朝沙子のやつ、彼氏がいたんだよ」
「まあ、朝沙子はモテるから」
「近藤君も無謀だよねえ」
クスクスと笑われる。
こいつら、本人を目の前にしてよくそんなデリカシーのない会話ができるな。
「じゃあ、昨日、朝沙子と三人で遊んだんだ」
「いいや、安達と」
「透と遊んだの? マジ!?」
透さんの名前が出てきたことに、女子たちは盛り上がった。
「食堂でメシ食ってたら、あいつから声をかけてきてさあ。で、昨日ボーリングで遊んだんだよ」
「えー、うらやましーっ!」
「透って家の用事が忙しいって言ってなかなか遊べないんだよ。あんたたちばっか、ずるーいっ!」
「絶対、透ってボーリング上手だよね! 運動神経めっちゃいいし!」
「いやあ、あいつ、下手だったぞ? めっちゃガーター出してたし」
「そうなの!? でも、そういう透もイイ!」
「なんじゃそりゃ」
そこに、透さんが登校する。
「透ぅ!」
「な、なに?」
「昨日、朝沙子と和馬、近藤君とボーリングに行ったって本当!?」
「え、なんで知ってるの……?」
「和馬が言ってたの! 私たちも誘ってくれればいいのにぃ!」
「ごめん」
「和馬が言ってたんだけど、透ってボーリング下手なの?」
「うん。ボーリング苦手で。やるのは好きなんだけど……」
「いがーいっ。運動神経いいのにぃ」
「運動神経が良くても、コントロールが悪いから」
透さんは昨日のことで質問攻めに遭いながらも、そつなく答える。
「安達も大変だねえ。でもあの人気はさすがは王子って感じだな」
「そうだな」
しばらく和馬とだべっていると、スマホがメッセージの着信を知らせる。
スマホを見ると、表示された『安達透』という名前にドキッとした。
『空き教室に行っててくれる? お弁当を渡したいから』
了解、と返信をすると、それとなくタイミングを見計らって空き教室に向かう。
しばらく待っていると、後ろ側の扉がガラガラと音を立てて開く。
「待たせちゃって、ごめん」
「平気。俺より、質問攻めに遭っている透さんのほうが大変じゃない?」
「慣れてるから」
透さんは爽やかに微笑むと、「これ」と大きめの弁当箱を差し出してくる。
「一応、昨日のリクエスト通り、唐揚げを中心に肉料理を入れてあるから」
「……っ」
「隆一君? どうかした……?」
「いや、嬉しいなって、感動してる……っ」
透さんはくすりと微笑む。
「ハードル上げないで。そんな大層なものじゃないんだから」
「ありがたく食べさせてもらう」
「うん。それじゃ」
遠ざかる透さんの背中。俺はいてもたってもいられず、声をかける。
「待って」
「?」
「もし良かったらなんだけど……今日のお昼、一緒に食べない?」
「お昼?」
「あ、橘さんたちと先約があるなら無理にとは、言わないけど……」
「そんなことない。いいよ」
俺はまだ温かなお弁当箱を手にしながら、心の中でガッツポーズをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます