第14話 静は興味津々(透視点)
遠ざかっていく隆一君を見送った私はマンションに入り、エレベーターに乗り込んだ。
10階のボタンを押すと、エレベーターが上がっていく。
1、2、3……ゆっくりと変わっていくデジタルの回数表示を眺めながら、エレベーターの壁にもたれた。
私は胸に抱くようにして持っているフィギュアの入っている箱を見て、口元を緩める。
こんな風に誰かと一日中遊ぶのは、どれくらいぶりだろう。
でも友人たちと遊べなかったことを苦に思ったことはなかった。
だって私には静の面倒を見るという責任があったから。
責任、か……。
静の言う通り、昔と比べたら身体は丈夫になっている。
発作だってもうほとんどない。
たしかにちょっとはしゃぎすぎると、翌日、熱を出したりすることはあるけど……。
昔のようにつきっきりで世話をしなくたって、静は大丈夫だろう。
それでも私は――。
その時、エレベーターが十階に到着し、扉がゆっくり開く。
私は考えるのをやめてエレベーターを出る。
部屋の前に立ってカギを開けようとすると、逆にカギがかかった。
「……静ったら、オートロックでもちゃんとカギをかけろって言ってるのに」
小さくため息をつき、カギをもう一度差し込んで解錠すると、ドアノブを回して家の中へ。
リビングから明かりが漏れている。
「ただいま」
リビングに通じる扉を開けた。
「おかえりー」
パジャマ姿の静がソファーに横になってローテーブルに足を放り出し、スマホをいじりながらアイスを食べていた。
お風呂に入ったばっかりなのだろう。肌がうっすらと上気していた。
「行儀悪いからやめなさいって言ってるでしょ」
軽く太腿をつねる。
「いたぁっ!」
「大袈裟。そんなに強くはつねってないでしょ。それから、カギはちゃんとかけなさいっていつも言ってるでしょ。不用心よ」
「でも、オートロックなんだよ?」
「オートロックでも、何が起こるか分からないでしょう」
「もー。機嫌良さそうだったのに、すぐにガミガミモードなんだからさぁ」
「ガミガミモードって……誰のせい? ――それから機嫌よさそうって、普通でしょ」
「そんなことないよ。リビングに入って来た時のお姉ちゃんの顔、緩んでたもん。人助け、うまくいった?」
「予想外の出来事はあったけど……まあ」
「そうなんだ。まあ、お姉ちゃんが楽しそうで、妹としては嬉しいよ?」
「どの立場から言ってるの」
おかしくって、つい笑みがこぼれる。
私は静の髪にそっと触れる。
「?」
なに、と言うように、静が私を見てくる。くりくりした目は小動物を思わせて、可愛い。
男顔な私とは大違い。同じ両親を持っているとは思えない。
「夏だからって、髪はちゃんと乾かしなさい。風邪引くよ」
「面倒だから。暑いしぃ……」
静が唇を尖らせる。
「本当に不精なんだから」
「じゃあ、お姉ちゃんがやってよ」
「もう、甘えるんじゃないの」
そう言いながらも、私は洗面所からドライヤーを取ってくる。
「ちゃんと座って。やってあげるから」
「えへへ~♪」
「何よ、変な笑い方して」
「んー。お姉ちゃんに髪をさわってもらうの、好きだから」
「こんな時ばっかり甘えるんだから」
ドライヤーで、静の髪を乾かす。
そっと優しく、なめらかな手触りの黒髪を撫でていく。
「お姉ちゃんも髪、伸ばせばいいのに」
「私はクセ毛だから髪を伸ばすとまとまりがなくなっちゃうの。知ってるでしょ。だから、静が羨ましい。そういえば夕飯はどうだった?」
「ラザニア、美味しかったよ! 次、おにーさんに食べさせてあげようよっ! きっと、すっごく喜んでくれると思うよ!」
隆一君の話題に、何故か、鼓動が跳ねた。
「ど、どうして隆一君の話になるの?」
「だって、おにーさんは、高校生になってからうちに来たはじめてのお姉ちゃんの友だちだしっ」
「……それはそうかもしれないけど」
「ね、またおにーさんを誘って、みんなでご飯食べようよ。この間の夕食、楽しかったもん。お姉ちゃんだって楽しかったでしょ?」
「そう、ね……。でも隆一君にだって予定があるんだから、勝手に連絡をしないで。隆一君を無理をさせたら申し訳ないんだから」
「はあい。そーだ。送ってくれたライトアップの写真、どこで撮ったの? めっちゃきれなんだけどーっ!」
静は目を輝かせる。
「もう一つ、見せたいものがあるの」
「何?」
「これ」
私は自分のスマホを静に渡すと、ライトアップされた噴水の動画を見せる。
静は頬を赤らめ、目を輝かせた。
「すごい! ね、これ、どこ!?」
「市営の公園って分かる?」
「あ、うん! え。これってあそこなの!?」
「そうみたい。普段は五時くらいに閉まっちゃうみたいだけど、今はライトアップイベント中で夜も入れるみたい」
「そうなんだぁ。じゃあ、今度は一緒に行こっ!」
「いいよ」
「約束だからね♪ それで、今日は誰と出かけたの?」
「静の知らない人」
「名前は? お姉ちゃんの同級生? 次、うちに連れてきてよー」
「しつこい。誰とでもいいでしょ。質問は終わり。スマホ、返して」
「どうしよっかな~」
「静。ふざけないで」
「お姉ちゃん、そんな風に眉間にシワを作ると、おにーさんに嫌われちゃうよ?」
「だからどうして隆一君の……」
「こーれっ♪」
スマホの画面を見せられると、噴水が映っている。
「これが? 何?」
「ちゃんと見て。あと少しだから」
画面が動くと、一瞬だけだけど隆一君の横顔が映り込んだ。
「あっ」
「お姉ちゃん! おにーさんとデートだったんだ! 人助けなんて言ってさー。にひひひ」
静が意地の悪い笑みを浮かべる。
「ち、違うったら……っ!」
私は自分でもびっくりするくらい慌ててしまう。
「おにーさんと出かけるんだったら、そう言えばいーじゃんっ。それなのに人助けとか言い訳しちゃって。いいよ、いいよ。あたし、そーいうのに理解あるから♪」
「何を訳のわからないこと言ってるの。もうっ」
私はスマホを奪い取ると、パンツの後ろポケットにねじこんだ。
「顔赤くしちゃうとか、お姉ちゃんってばウ~ブ~」
「デートじゃない。他にも人がいたから」
「あ、そうなの?」
「そうよ」
「じゃあ、デートは次のチャンスだねっ」
「静、それ以上馬鹿なこと言うと、本気で怒るよっ」
「ぶぅ。そこまで怒らなくてもいーじゃん。それに別に馬鹿なことじゃないと思うよ。おにーさん、格好いいじゃん」
「下らないことを言うからでしょ。――はい、髪、これでいいわよ」
「じゃあ、話の続き。今日どこで何をしたか、具体的に教えて」
「大したことはしてないわよ」
「ふーん……。あ、お姉ちゃん、それ、何?」
静が目敏く、私がかたわらに置いていたものに気付く。
「あっ! それ、もしかして『キュートだよ、鏡さん!』のフィギュア!? どうして!? 何度もチャレンジしても取れなかったのに!」
「……隆一君が取ってくれたの」
「すごい! よくおにーさんに話せたね!」
「……静が好きだって言ったの」
「なあんだ。でも欲しかったものが手にはいって良かったね! おにーさんに感謝しなきゃ!」
「言われなくても、すごくしてる」
そう、私は嘘をついた。
『キュートだよ、鏡さん!』が好きなのは静じゃなくって、私。
フィギュアの他にも、色んなグッズをコレクションしていた。
「でもクレーンで取ってもらうとか、彼氏彼女みたい♪」
「ど、どこがよ」
「だって、恋人のいる人が一緒にクレーンゲームしてたりするのよく見るよ?」
「友だち同士だってするでしょ。もう……」
私は腰を上げた。
「あ、逃げるの?」
「お風呂入るのっ」
私はわんわんとうるさい静から逃げるようにリビングを後にして脱衣所にこもった。これみよがしに、カギもかける。
まったく。静ってば耳年増なんだから。
私は洗面台の鏡に自分の顔を映す。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。
イケメンだのなんだのと言われてる男顔。
こんな顔が好きな男子がいるわけないじゃない。
男の人が好きなのは、朝沙子みたいに小顔でふんわりした雰囲気の、小柄で可愛い女子だ。
間違っても自分のような男顔でも、デカい女じゃない。
苦手な鏡から目を逸らし、私は服を脱ぎ始めた。
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