第9話 安達家で夕食を③

「――ヤバ」


 何気なくスマホを見ると、すでに午後十時近い。

 居心地が良すぎて、つい長居してしまった。


「安達さん。俺、そろそろ帰るよ」

「玄関ロビーまで送るわ」

「あたしも!」

「静は宿題」

「えーっ」

「近藤君が来てから、静が宿題をしているところを一度も見てないんだけど? 明日も学校でしょ」

「ぶぅ」


 静ちゃんは不満そうに唇をとがらせるけど、透さんは気にしない。


「おにーさん、また来てよねっ」

「うん」

「今の社交辞令じゃなくってマジだからね?」

「分かった。また機会があったら」

「機会はあるものじゃなくって、作るものだから、よろしくっ!」

「了解」


 と、腕を組んだ透さんに見られた静ちゃんは「ばいばい」と口だけを動かし、部屋に引っ込んだ。

 俺たちは肩を並べてエレベーターで一階へ向かう。


「今日は夕飯を食べさせてもらっただけじゃなくって、長居までしちゃって……」


 ううん、と透さんは首を横に振った。


「気にしないで。静じゃないけど楽しかったわ」


 エレベーターが開き、玄関ロビーが見える。

 これで、透さんと別れるんだと思うと寂しくなる。

 安達さん、と俺は呼びかけた。


「何?」

「……これからなんだけど、下の名前で呼んでもいい、かな?」

 俺はなけなしの勇気を振り絞って告げる。

「静のことなら真に受けなくても……」

「いや、あの……俺が、下の名前で呼びたいんだ……。もちろん嫌じゃなかったら、だけど」

「……えっと、うん。いいよ、もちろん」

「俺のことも下の名前で呼んでいいから。も、もちろん、無理強いはしないけど」


 透さんはかすかに桜会のような淡いピンクの唇を緩める。


「じゃあ、おやすみ、透さん。また明日、学校で」


 呼び慣れないせいか、こそばゆい。


「……おやすみ。隆一君。また明日」


 手を振り、俺はマンションの外に出ると、ぬるい外気が身体を包みこんだ。



 隆一君を見送り終わって家に戻ると、静の部屋をそっと開けると、勉強机に向かっていることを確認すると扉を閉めた。

 そしてリビングへ。

 さっきまでのにぎやかさが去ったそこは、いつもより広く思えた。

 私は写真が置かれた飾り棚に向かうと、美希との写真を手に取る。


 ――私たち、親友だよ! 隠し事はナシだからねっ!


 冬馬美希。

 親友だった。

 お互い切磋琢磨するライバルというだけじゃなくって、どうでもいいことで笑いあえる、ただ唯一の親友。

 でも私がその関係を壊した。

 本当に最低……。

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