第3話 お昼の安達さん

 昼。俺と和馬は食堂でメシを食べていた。

 俺はメンチカツ定食で、和馬はカレーうどんにコロッケのトッピング。


「……ほんと、お前ってカレーうどんをうまく食うよな」


 普通なら、制服に汁が飛び散るリスクを考えて、みんな、敬遠しがちだ。

 運動部がジャージ姿で食ってるのならよく見るけど、制服だとほとんどいない。


「センスがあるってことだな」

「意味わかんねよ」

「メシを食うのにも気を遣わないとな。常に俺はデートを想定してるから」

「俺を彼女に見たててる、のか?」


 和馬はじとっとした視線を向けてくる。


「……いきなりキモいこと言うなよ」

「ちょっとした冗談だろ。マジのリアクションやめろっ!」

「分かってるって。――デートを想定してるってのはさ、いつ誰に見られても恥ずかしくない食い方を心がけてるってこと」


 和馬は、学生で賑わう食堂内をぐるりと見渡す。


「この生徒のどこかに俺の運命の相手がいるかもだろ? そいつが何気なく俺を見た時に汚い食い方してたらどう思う?」

「ま、嫌だよな」

「だろ? そんな奴に告白されてもどんだけ見てくれが良くたって嫌だろ。食い方が汚いと百年の恋も冷めるってこと」


 見てくれがいい自覚はあるんだな。和馬は確かにイケてるけど。


「言わんとすることは分かるけど、それがどうしてカレーうどんを食うことにつながるんだ?」

「誰もが敬遠するようなメシを綺麗に食えると、それだけで好感を持たれる」

「嘘くせー」

「お前、今まで何人の女と付き合った?」

「うぐ」

「つまり、そういうことだ。俺のこのトンデモ理論も、俺が今まで付き合ってきた子たちの数がリアリティを与えるんだよ。――実際はカレーうどんが食いたくってしょうがなかったから注文しただけだけど、な」

「お前の謎理論を実践するべきかなって数秒、真剣に考えちまったぜ……」

「でもメシを綺麗に食えて悪いことはないからな。実際、これまで付き合った子でも食い方が汚くって幻滅してすぐに別れた子もいたし」

「……それは、ひどくないか? 運命の相手が食い方が汚い可能性だってあるだろ」

「もし運命の相手が食い方が汚かったとしても、きっと俺は嫌悪感ではなく、愛らしさを覚えるはずだからなっ!」

「…………俺は食い終わったから、お前もさっさと食えよ」

「感想なしかよ。せっかく語ったのによぉ」

「ハーリー」

「分ーったよ」


 食い終わると、教室に戻る。

 メシを食っただけなのに妙に疲れたのは、和馬の謎理論のせいだ。絶対に。


「……っと」


 教室に戻るなり、安達さんに女子が群がるという、うちのクラスでは見馴れた光景にでくわす。

 女子たちが「ここの応用問題が意味わかんなくて~」やら「先生より分かりやすい!」と黄色い声を上げていた。

 安達さんは周りの女子たちに望まれるがまま、勉強を教えている。さすがは文武両道を地でいくだけのことはある。

 おっさんおばさん教師に教えられるより、安達さんから教わったほうが身が入りそうな気持ちは分かる。


「安達って、相変わらずすげえ人気だよな」

「……だな」

「女子にモテる女子って、女子校にしかないと思ったけど、共学で遭遇するなんてな」

「なんか、男として自信なくすよなぁ」

「そうか?」


 俺の呟きに、和馬が首をかしげた。


「ほんっとこういう時、お前とは住む世界が違うって思い知るわー」

「まあでもあそこまでモテるのは、大変だろ。安達っていっつも誰かと一緒にいるだろ。俺だったらうんざりするだろうな。だって、せっかくの昼休みなのに、あれじゃ気が休まらねーし」

「……確かに」


 群がる女子が本当に安達さんに勉強を教えて欲しいと思っていないのは明らか。

 勉強を教えて欲しいというのはただの口実で、単にそばにいたいだけなのだ。

 なにせ自分で質問しておきながらに安達さんの解説をほとんど聞いていないのだ。

 その他の女子たちももちろん解説になど興味がなく、隙を見てはより安達さんに近いポジションを取ろうと、暗闘を繰り広げている。

 女子、恐るべし。

 同時に、安達さんに同情を禁じ得なかった。

 と、スマホのシャッター音が聞こえた。


朝沙子あさこ、いきなりどうしたの?」


 安達さんはびっくりしている。被写体は安達さんか。てか、勉強を教えてもらってたんじゃないのかよ。早くも飽きたのか……。


「このアプリ、面白いんだよ。男が女になって、女が男になるアプリ~。ここをこう、いじると……」


 朝沙子――橘朝沙子さんだ。陽キャで、女子の上位グループのリーダーで、安達さんと一緒にいるのをよく見かける。

 ちなみに安達さんは特定のグループには入っていない。特定のグループが独り占めしないように女子同士、牽制しあった結果だ。

 「キャアアアッ!」と女子一同が黄色い声を上げた。


「やっぱ透ってばイケメンすぎーっ!」


 で、俺たちをチラ見。


「和馬の十倍、イケメン!」


 はいはい、俺は比較対象にさえ、ならないよ。

 と、橘さんがこっちまで小走りで近づいてくる。


「ね、見て。どう?」


 見せられたスマホ画面に映し出されている安達さん――たしかにイケメンだった。

 アプリなんて使わなくても十分すぎるくらい安達さんはイケメンだけど、アプリの効果もあってさらに洗練されていた。

 アイドルグループにいそうな綺麗系のイケメンになっていた。マンガだったらキラキラした輝きが乱舞しているだろう。


「……たしかにイケメンだ」


 それこそ、ぐうの音のも出ないくらい。


「こ、近藤君まで悪ノリはやめてったら」


 安達さんが頬を赤くして声をあげた。


「――えー、いーじゃんっ。めっちゃイケメンだよ?」

「私は女なんだからイケメンって言われてもぜんぜん嬉しくない。朝沙子、ふざけるんだったらもう勉強は教えないよ?」

「あー、ごめんったらぁ!」


 橘さんは手を合わせながら戻っていった。

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