第2話 学校の安達さん
翌日、登校するとすでに安達さんは教室にいた。
当然、ウィッグはしていない。
相変わらず、すごいよな。
席に着いた俺は、安達さんの様子をちらりと見る。
安達さんは白いブラウスにチェックのリボン、男子のよりも細身なスラックス。
うちの学校の制服は近隣でも人気がある。
制服姿だと普通の女子でも二割増しで可愛く見えると好評だ。
そして安達さんはモテる。主に女子に。
男子にも負けない長身と、ハスキーな声、そして男にはない細やかさモテる秘訣なんだと、クラスの女子が力説していた。
学校での安達さんは常に、ファンと思しき女子たちと一緒にいる。
ファンのメンツも一年から三年と幅広い。お昼とか、わざわざ三年の先輩が呼びに来たりする。
安達さんとは一年の時も同じクラスだったけど、あの当時から変わっていない。いや、あの当時よりもその存在が認知されて、さらにファンを増やしている。
バレンタインデーの時なんて擦れ違う女子の一人一人からチョコレートを受け取り、さすがに困惑しているのが印象的だった。
昨日の姿からすると、やっぱり別人だよな。
ウィッグで伸ばした髪はよく似合っていた。
と、安達さんが女子たちへ向けていた笑顔を引っ込めると、女子の波を掻き分け、俺のほうへやってくる。
ヤバッ。チラ見していたことに気付かれたか……。
ばつの悪い気持ちになっていると、
「――近藤君、ちょっと今いい?」
そう声をかけられた。
普段、一言も口を聞いたことのなかった俺に安達さんが話しかけたことが珍しいのか、女子たちが興味津々に見てくる。
「ああ、うん。いいけど……」
「じゃあ、ちょっと廊下で話そう」
安達さんはついてこようとする女子たちに「待ってて」と言うと、俺と一緒に廊下に出る。
「あそこの空き教室でいい?」
「う、うん」
なんだろうか。緊張してくる。
俺が先に教室に入り、次に安達さん。安達さんが後ろ手に扉を閉めた。
「それで、話って?」
安達さんは急に不安そうに目を伏せる。
「……昨日のことなんだけど」
「ああうん」
「……あの、近藤君が言い触らすとかそういうことをしそうだとか、そういう訳じゃないんだけど、みんなには黙っててくれる?」
「妹さんのこと?」
「そうじゃなくって……」
歯切れが悪い。
「私の……格好のこと」
「フリフリのブラウスとスカートはいてたってこと?」
「~~~~~っ!」
安達さんの顔がみるみる赤く染まり、耳まで真っ赤にした。
「もちろんそんなことはしないよ。言い触らすようなことでもないから」
「ありがとう」
安達さんはほんのりと赤い顔のまま安堵したように、表情を和らげた。
お礼を言われるようなことじゃないけど、安達さんとしてはあの格好を見られたことをかなり気にしているみたいだ。なんでだろう。
「でも似合ってたと思うけど……」
「や、やめて。からかわないで」
「からかってないよ」
「……あれは、妹に無理矢理着させられただけだから」
「じゃあ、普段はああいう格好はしないんだ」
「しない。それにこんなデカい女があんなフリフリの格好、恥ずかしいだけだから」
そんなことはないと思うけど。
「ところで妹さん……静ちゃんだっけ? あのあと、大丈夫だった?」
「うん。あの子、けろっとしてる。神経が図太いから」
「なら良かった。二人ってあんまり似てないよね」
「よく言われる。私が父親似で、静は母親似だからかな……。あ、それと、昨日のお礼とアイスのお詫びなんだけど」
「だからいいって……」
「そんな訳にはいかない。妹を助けてくれたんだから。近藤君がいなかったら今頃、どうなってたか。本当なら私が守ってあげないといけなかったのに」
「確か、妹さんに服を持ち逃げされたんだっけ?」
「……そう。私が更衣室で着替えてる間に、あの子、勝手にお会計を済ませて私の服を持ち逃げしたの」
昨日のことを思い出したのか、安達さんが渋い表情になり、小さくため息を漏らす。
「静ちゃんって意外に暴れん坊みたいだね。見ず知らずの俺に抱きついて、彼氏だって言って助けを求めたり」
「え、あの子、そんなことしたの?」
「まー、うん……」
「まったく。帰ったら叱らないと」
「いや、怒らないであげて」
「え?」
「そこまでされなかったら、正直、俺も見て見ぬ振りしてたかもしれないし……」
そっか、と透は呟く。
がっかりさせてしまっただろうか。
しかし恩を感じられても罪悪感を覚えるだけだから、正直に言うべきだと思ったのだ。
「それでも妹を助けてくれたことに変わりは無いからお礼はさせて。なんでもって訳にはいかないけど、できるかぎり希望に添うようにしたいから」
この義理堅さや律儀さが、女子にモテる秘訣なんだろうか。
「でも……」
「別に今すぐ考えろとは言わないから。思いついた時に言ってくれれば……」
「分かった」
俺が教室を出て行こうとすると、「待った」と声がかかった。
「何?」
「教室に戻ったらきっと、私と何を話していたかきっと聞かれると思うから、話を合わせていこう」
「それもそっか」
確かに安達さんの言う通りだ。
相手は、全校の女子生徒から熱い視線を浴びているイケメン。
そこに、ぱっとしない男子生徒(自分で言っていて悲しいけど)と二人きり、というシチュエーションは暇な学生の好奇心を刺激する。
「……でも俺たち、普段、なにかの委員会とか一緒にしてるわけじゃないから……」
「だから私がたまたま近藤君の私物を拾ったってことにしようと思うんだけど」
「いいけど……。それで二人きりになるのって不自然じゃないかな」
「プライベートなものだったから、みんなの前では渡せないって……。それなら、いいんじゃない?」
「分かった。それでいこう」
軽い打ち合わせを終えると、俺たちは教室に戻る。
クラスメートの好奇の視線を浴びながら俺は自分の席に、安達さんは女子のもとへそれぞれ戻る。
「おい、隆一。安達と二人でなに話してたんだよ」
教室に戻るなり、俺と安達さんの周りには予想通り、俺には男子が、安達さんには女子が待ってましたと言わんばかりに集まって来た。
安達さんはいつもの爽やかな笑顔を浮かべ、打ち合わせ通りの説明をしている。
俺もうまくやらないと。
「落とし物を拾ってくれて、渡してくれたんだよ」
俺は真っ先に聞いてきた親友の
和馬は端正な顔立ちとツーブロックの髪型がよく似合う。男から見てもかなりモテるだろうなと確信できるし、実際、モテる。ただ、数ヶ月に一度のペースで彼女が変わるという気の多い奴でもある。本人は運命の相手を探してるから駄目だと思ったらすぐに別れるんだ――とのこと。なんて贅沢で、羨ましい奴……。
こんなやつとまさかかなり親しくなるとは思ってもみなかった。たまたま席が近くにあったからという理由だけで話すようになり、それから休日に遊ぶようになったりして、今にいたる。
「えー。そんなことでいちいち二人きりになるか? 教室で渡せばいいじゃん」
「俺のプライベートなものだったから、みんなの前で渡すのは気が引けるって言われたんだ。安達さん、そういうところ気が利くだろ? お前らと違ってさ」
「プライベートなものってなんだよ」
「ここで言うかよ。とにかく俺の大切な私物」
「なんだよ。つまんねーっ」
男子陣は冷めてしまったみたいにそれぞれの席に戻っていく。
つまんねー、てなんだよ。
急に関心をなくした親友に苦笑いしつつ、うまく誤魔化せたことにホッとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます