第5話 心の傷
家に帰り、相談室登校をする事を親に話した。
勿論いじめられていた事も…
「よく今まで学校に行ったね。相談室登校でも今と変わらず勉強も出来るならお母さんは何も言わない。」
お父さんはなんて言うだろう。反対されそうだ。
「出来るなら、3年のクラス替えのタイミングで教室に戻って欲しいと思うけど…相談室でも受験に影響出ないならいいと思う。今は学校も変わったな。」
以外な答えだった。
「だがしかし、クラスの連中は英という言葉を知らないのか。」
「えっ?」
「優れていて美しいという意味よ。」
僕の名前にそんな意味が込められていたのか…
次の日、相談室登校が始まった。登校時間は、1限目の授業中、同じ学年の生徒に会わないよう水澤先生が考えてくれた。
全クラスの時間割りを見て、3人分の登校時間と下校時間を毎日調整してくれた。
各教科担当の先生から課題やプリントを貰い、学習を行う。水澤先生は優秀で、どの教科も詳しい。
放課後、水澤先生が自分の過去について話してくれると言う。
塾代わりにこの部屋を使っている生徒と、もう1人が相談室に居た。
「ちょっと阿久津君と談話室に移動するわ!時間になったらそのまま帰っていいから。」
1階の談話室に移動する。
「今から話す事は絶対誰にも話さないことを約束して欲しい」
「わかりました。約束します。」
水澤先生が語り始めた。
「中学一年の夏休みに転校したの。仲のいい友達、親友と別れるのは本当に辛かった。そして、クラスに馴染めない私はいじめに遭う。
物を壊されたり、スポーツフェスティバルでは勝手に補欠にされたり。存在を無いものとされた。そして中学一年の秋に不登校になった。
その頃家庭環境も悪く、父は無職になり母が生計を建てる事になった。働かない事を指摘されると、怒り出し母に暴力を振るうようになった。そんな父には300万以上の借金があった。学校にも行けない、家も滅茶苦茶、私は自殺する事を考えた。でも簡単には死ねなくて、死ぬのは生きるより力を使う事を知った。」
ここまで聞いて、何と声を掛けていいのか分からなくなった。ただわかるのは、
たった14歳の少女にはあまりにも壮絶過ぎるという事。
「相談する人は居たのでしょうか…」
恐る恐る聞いた。
「居たわよ。カウンセラーと唯一仲良かった友達と学年主任。
だけど結局乗り越えるのは自分だし、助けてくれる人は居なかった。私も当時、相談室に登校していた。相談室登校と言っても勉強を教えてくれる訳でも無い。ただ出席日数を稼ぐだけ。転校する前は吹奏楽部に入っていたの。本当は楽器を吹きたかった、音楽をやりたかった。勉強も部活も、行事も何一つ中学時代出来なかった。相談室に通えてるからいいと周りは思っていたかもしれない。
私からすれば全然良くなかった。なんでいじめている人間は普通に学校生活を送っている?
心の傷は消えないし、いじめを無かった事になんて出来ない。
そして1番は父。父の転勤が理由で転校をしたのに無職になった事が許せなかった。」
この後から段々、彼女の様子が代わる。
「だからね、父を殺したの」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が全身を駆け巡る。
「殺した!?」
「そう。でも自殺より簡単だった。人を殺す事は案外簡単よ。」
僕は彼女の過去を聞く事を後悔した。
いじめに遭っている生徒を守る理由は14歳の時の自分と重ねているから。
つまりそれは…
「それでね。父を殺した後どうしたか知りたい?」
知りたい訳がない。これ以上は絶対聞いてはいけない。
「大丈夫です…どうして僕達を守りたいのかはよく分かりましたから。」
「何が分かったの?」
やばい…余計な事を言ってしまった。
「父を殺した後、母と弟に感謝されたの。悪魔を倒してくれてありがとうって。」
何も言えなかった。
「だけど、ここからが問題だった。父を殺した事により、借金の保証人である母が返済人になる事。色々面倒な事は沢山起きた。」
リアル過ぎて吐きそうだ。
「わかった、僕もう相談室登校なんて辞めるから!僕の悩みより先生の生きて来た過去の方が悲惨だ。痛いくらい分かったから」
「だからっ!何が分かったって言うんだ?
何が分かったんだよ!!!!」
そこには穏やかな水澤先生は居なかった。
「それでね、借金の取り立て人も殺しちゃおうって思ったの!」
急に声色が戻るかと思うと、また恐ろしい事を話し始めた。
「でも失敗で終わるのよ。取り立て人がドアを開けたのを見計らって、母と弟が協力して刺す計画だったの…」
「もう聞きたくないです。何で僕に話すのですか?」
「痛みの共有よ。まぁ、最後まで聞いてよ。」
もう逃げれないんだ…
「取り立て人は、母と弟を殺人容疑で通報したのだけど、私は2人が逮捕されるのは嫌だから火事を起こしたの。ついでに父の遺体も燃えて都合がいい。」
「でも玄関に2人は居たからすぐに逃げれたのでは?」
「リビングに居た私の所に2人が戻って来た時、ここで死んでって伝えたの」
「よくそんな事を…」
「生きる為じゃない。あの時2人が死んでいなかったらもっと大変な事になっていた。
そして私は、この一件のショックで失声症になる。というフリをした。警察は、一家心中をしようとしていたタイミングに、取り立て人が来て、殺そうとしたと推理した。その後私を精神に異常があると判断し病院へ送った。退院後はおばぁちゃんに引き取られたわ。」
怖くなった。出来るならここに居たくない。
「全く、取り立て人が居なければこんな事にならなかったのに。この人のせいで家族を失ったのよ。」
えっ?それは違うのでは…?
「今も探しているの。あの時の取り立て人を」
「そ、それってまた殺そうと?」
「あの事件のトラウマで取り立て人はノイローゼになったとか?今はノイローゼなんて言わないけど、正しくは神経症。自分のせいであの事件が起きたと後悔しているらしいわ。でも、こいつのせいで父は火事が起きる前から死んでいた事がバレたのよ。」
「事件を担当していた人は辞めたらしいけど。未解決事件としてまだ捜査はしているとかしてないとか…」
僕を協力者にしたいのか?だから話したのか…
「これが私の過去よ。心の傷。」
ただの傷ではない。塞がる事のない深い傷。
水澤久美は14歳のままなのだ。
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