第2話 水澤久美(ミズサワクミ)

私は中学校でスクールカウンセラーをしている。中学生、特に14歳は1番難しく大変な時期だと思う。

進路、家庭環境、人間関係、体の変化、いじめ、転校…

この難しい時期をどう過ごしたかで人生が決まると言ってもいいだろう。

私も乗り越えなくてはならない事ばかりだった。だから学生達の気持ちは共感出来る事が多い。

「水泳の授業で水着になるのが嫌だ。」

「クラスに馴染めなくて体育の授業でグループ分け、ぼっちになる。」

「塾通っている子と、通ってない子の差を感じる。結局お金なんだよね」

廊下を歩けば生徒達の色んな声が聞こえる。

確かに、思春期に露出の多いスクール水着は辛かった。水泳は見学する事が多かったし、急なグループ分けも辛かった。いじめを助長するだけじゃないかと当時は教師を恨んだ。

だけど、私にはどうしても理解出来ない女子生徒の悩みがあった。

両親の離婚についての悩みで、「父が好きだから、父と暮らしたい」という気持ち。これが私には理解出来なかった。

放課後、彼女の話しを聞く事になっている為、医務室の隣りにある談話室を借りた。

長テーブルとパイプ椅子が6つ置いてあるだけのシンプルな部屋である。

「水澤先生、失礼します」

女子生徒が暗い顔で入ってきた。背が小さくて二つ結びの、どこにでもいる子。一見、彼女が大きな問題を抱えているなんて誰も気づかないだろう。前回の相談をメモしたノートを開き、彼女の現状を聞く。

「その後はどうなの?」

「相変わらず父は、母親に暴力を…」

「貴方は殴られたりしてない?」

「私には相変わらず優しいです。」

一私には一 引っ掛かる言葉だ。

「暴力振るうって事は、貴方にもいずれすると思う。」はっきりと言った。

生徒は少し驚いていた。

「母にしか暴力はしないし、私が小さい時は母よりも優しくて大好きだったの。母と別れたら、昔の父に戻ると思う。また一緒に父と一からやり直したい。」

声を振り絞って言ったのがよくわかる。唇が震え、手も震えていた。だけど、私はカウンセラーとして彼女を救わなくてはいけない。

「戻らないよ…」

冷たいかもしれないが正直に言う。

「えっ?」

「人間はそんなに単純じゃない。壊れた人間は戻らない」

「なにそれ。父がイカれていると言っているの?カウンセラーがそんな事言っていいの?」

彼女は椅子から立ち上がり、私に掴みかかる勢いだった。

そんなにお父さんが好きなのね。

「カウンセラーとして言わせてもらう。一緒に居ていい人間と、離れた方がいい人間が居る。話しを聞いていると、お父さんが貴方に暴力を振るわないのは、貴方とこれから一緒に暮らす為よ。」

「だったらいいじゃない!」

「良くないわ。貴方に暴力を振るわない事で、信用を得れる。そして、自分に付いて来るように仕向ける事が出来る。貴方はお父さんに洗脳されているのよ」

いい加減気づいてよ。

「えっ…でもそんな賢い人じゃない…父は嘘をつくの下手くそだから……」

「演技だったんじゃない?貴方、このままだとお母さんと同じ目に遭うわよ。お母さんは現に、騙されたから苦しんでいるんでしょう?違う?本当に優しい人は暴力なんてしない。いえ、出来ない」

生徒は黙ってしまった。

わかってくれたかしら?

「貴方はまだ若い。だからよく考えて欲しい。一緒に私も考えるから。ちょっと厳しい事言い過ぎたわね。」

「正直に言って下さってありがとうございます…。薄々はわかっています。でも父を信じたい気持ちはあります。大好きだから。母よりも私の事ちゃんと見てくれているから…。でもそれも演技だったのかな……父との思い出は嘘って事ですか?」

生徒は大声をあげて泣き出した。

「現実を受け入れるのって残酷よね…。でも大丈夫、今は辛くても時間が必ず解決してくれる。」抱き締めながら私は言った。

「私、お母さんと上手くやり直せるかな?昔から苦手で…」

「大丈夫。呪縛から解放された女は強い。それ

に、お母さんも貴方と一緒なら心強いと思う。」

「そうなのかな…私、頑張ってみます」

「頑張り過ぎないでね。いつでも相談に乗るからね。」

「先生本当にありがとうございます」

そして女子生徒は、母親の実家がある千葉へ転校する事になった。

父親とあの子を別れさせる事が出来て良かった。私みたいになって欲しくないもの…


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