第49話 宣戦布告 前編
「お姉様、凄いですよ! 光魔法の中でも最高峰“浄化”がいとも簡単にできてしまうなんて!」
どうやら私は聖女だったらしく、光魔法を使って魔物を倒すとハンナにワ―キャー騒がれた。
聖女といえば、世界を救うのが鉄板ルート。擦り切れるほど、すられた王道。当然、厄災対処や魔王軍との戦争に駆り出された。
後者はなかなか出番はなかったが、前者はどうしても聖女の力が必要になったので、私は頻繁に外へ出た。そして、その日はいつも以上に強く大きい厄災の魔獣が出現した。
浄化は私にはできて、他の人にできない。しかし、浄化にはそれなりに準備と集中が必要になる。そのため、その間守ってくれる護衛が必要になった。
そして、その護衛には………。
「僕は君の婚約者だ。何があっても君を守るから、安心して」と爽やか笑顔のカイロス。
「妹が行くのに兄が行かなくてどうするの?」と逆に質問を返してきたベンジャミン。
「面白そー」とにっこにこ笑顔の神子セイレーン。
「私は従者ですから、お嬢様について行きますよ」と端的に答える従者エイダン。
またさらに、家を出る直前にハンナに泣きつかれ、終いには「姉様が行くのなら、私も行きます! 連れて行かないのなら、世界が滅びようと一生姉様を家から出しません!」とわがままを言い始め、ハンナを参加。
結局、ついてきた5人。
メンツが濃すぎる。
胃が痛いかも………。
妹のハンナはそれほど魔力はない。戦闘には向いていない。ただ私を全力で守るという熱意があり、突然飛び出して、私の身代わりになってしまうのではないかと心配だ。
まぁ、他の人たちが化け物級に強いから大丈夫よね………。
「アドヴィナがいてくれるから、頑張れるよ」
出発前に優しい声で言ってきたカイロス。さらりと言ってしまうので、正直心臓が持たない。イケメンすぎる。
そうして、心強い婚約者たちとともに、私は厄災戦に向かった。周りが優秀すぎるあまりすいすいと進み、魔物を浄化していく。ハンナも私をサポートしてくれていた。
厄災の原因となった魔物を倒し、終了。
あっけなく終わった。
「今、連絡が入った。やつらが動きだした」
だが、すぐに魔王軍が攻めてきたとカイロスに告げられ、私たちは戦場へと赴いた。そこでも、カイロスやエイダンたちは無双。
国境付近とは異なり、強者が多く苦戦したが、何とか魔王城に侵入。カイロスたちだけでなく、他の兵士とともに進んでいく。
「こっから先は通さへんでッ!!」
2階の大広間でエンカウントした敵、アグラット。初等部の子よりもずっと小さな体の彼女だが、1人で攻撃を仕掛けてきた。数的にはこちらの方が有利。しかし、彼女の圧倒的な力に負けそうになった。
「アドヴィナ! 遅れてごめんっ!」
だが、途中で隣国の王子レイモンドが参戦。流れは大きく変わり、彼女を倒した。
「あの子だけは………ナアマだけは殺さんといてくれ。あの子だけは何もしとらん」
最期にそうこぼして、アグラットとは消えていった。彼女を倒した時、なぜか申し訳なさを感じた。泣きたくなった。
なぜこんなにも悲しいのか………。
理由は………分からない。
そんな感情を無視しながら、向かった最上階。謁見の間らしいその部屋の奥には、禍々しい黒の玉座。1人の男が座っていた。全員が警戒を高めた。
でも、私は固まったまま。
彼と目を合わせたまま。
あの黒髪に、あの2つの角、そして、赤い瞳――――。
「あ、あ………………」
なぜ、今思い出す?
なぜ、今なの?
今思い出したら、私――――。
私を置いて、始まった戦闘。その戦いは目まぐるしく、集中しておかないと追い付かないほどの激しい。カイロスと男が放った斬撃で、柱は壊され、シャンデリアが落ちる。
他の人の魔法で部屋はめちゃくちゃになって、終いには空が見え始めていた。
でも、それでも、私は立ち止まったまま。
何もしたくなかった。
戦いたくなかった。
私が戦ってないとはいえ、人数はこちらが優勢。次第に男の勢いがなくなり。
「くっ!!」
キンッと剣の音が響き、彼の足に、腕に、腹に、傷ができていく。角が折れていく。その度に男は顔を歪ませた。
「これで終わりだ」
四方八方から攻撃を受けた男の足はもう止まっていた。赤い瞳の光は弱まりつつあった。彼の元に、レイピアを片手にカイロスがゆっくり歩み寄る。エイダンたちも男を囲い、逃げ道を潰していた。
「やめてっ!!」
その瞬間、勝手に体が動いていた。
「やめて、殺さないでっ!!」
「アドヴィナ!?」
気づけば、私はカイロスにしがみついていた。
何が何でも彼を殺したくなかった。
死んでほしくなかった。
「姉様何をしているんですかっ!」
しかし、ハンナやエイダンに引き離され、カイロスは一歩一歩男に近づいていく。彼のレイピアは不気味なほど光っていた。
「やめてっ! 離してっ!」
「姉様、洗脳を受けてます! 今、解除しますから、どうか暴れないでください!」
「洗脳なんて受けてないっ!! 解呪魔法なんていらないっ!! 離して!!」
しかし、ハンナは離してくれない。必死に彼女の腕を叩き、私は拘束から逃れようと暴れる。
「離してっ! ハンナっ! あの人を殺さないでっ!!」
「姉様、落ち着いてください! 姉様がお優しい人なのは分かっておりますが、あれは王国の敵です! 人類の敵です!」
「あの人は敵じゃない!」
あの人は私の味方よ!!
私はハンナやエイダンを振り払い、彼の元へ駆け寄る。彼もふらふらと今にも倒れ込みそうな足取りで歩いていた。
「アドヴィナ………?」
「はい、アドヴィナです………あなたを愛するアドヴィナです………ごめんなさい、本当にごめんなさい………あなたを忘れておりました……忘れるなんて絶対にあってはならないのに………」
何があっても忘れないと誓ったのに。
何があってもあなたを守ると決意したのに。
彼に触れようと手を伸ばした瞬間だった。
「アドヴィナに触れるな――――」
グサッ――――。
それは絶対に見たくなかった光景。
彼の胸に刺さったカイロスの剣。
その剣先から滴る赤い血。
「あ、あ………」
嫌だと見たくないと私は必死に横に首を振る。そんな私に、彼は柔らかな微笑みを浮かべて、震える手で私の頬に触れた。
「アドヴィナ………」
名前を呼ぶ声は弱々しい。
「やだっ、いやだっ………消えないでっ………」
目が涙でいっぱいになり、視界が揺らぐ。
それでも、必死になって止めた。
彼の意識が消えないように、彼の手を握りしめた。
死なないで………1人にしないで………。
「すまな、い………アドヴィナ………」
そうして、カイロスが剣を引き抜くと、彼はぱたりと倒れた。
「殿下が倒しましたわ!」
「ようやく世界に平和が!!」
兵士たちが、他のみんなが歓声を上げる中、私は倒れた彼を抱きしめる。彼の体は氷のように冷たくなっていた。
「………………っ」
ああ………こんなの見たくない。
こんな地獄見たくない。
――――もう嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――――………。
あなたがいない世界なんて――――――絶対嫌だ。
「やめて………こんなの見たくない」
「姉様?」
「アドヴィナ?」
首を傾げるハンナとカイロス。
でも、もう私は彼らに話しかけていない。
「やめなさいよっ――――!! このクソ天使っ!!」
涙が溢れる目で、空を睨みつける。あぐらで宙に浮かぶ天使の少女。彼女はゆがんだ笑みを浮かべて、私にスマホのカメラを向けていた。
「えー? 幸せな世界にゃのにー?★」
「………………どこが幸せよ」
「えー? アドヴィナちゃんって、こういう世界を望んだんじゃにゃいの?★」
「………確かに、みんなが幸せに生きればいいって望んでいたわ。でも、この世界は偽物。ここに私の愛する人はいない」
あの人が殺されるところなんて見たくない。
大体あの人は殺されるなんてことはない。
私はあの人を殺させない。
あの人が殺される前に、私が全員殺す。
人も国も全て殲滅する。
だって、あの人が殺される未来に、私の幸せはないから。
「うーん★ そう言われてもにゃー★ 私は現実なんてクソくらえ主義にゃんだよねー!★」
「そ。でも、現実に見ないから、そんな落ちこぼれじゃないの?」
「………んー★ 限界底辺天使って名乗ってるけど、そこまで落ちこぼれじゃにゃいよー★ 私はー★」
「私のデスゲーム、壊せてないじゃない、雑魚天使」
「あははー★ それはそうにゃーん★ でも、私の作戦デスゲームの欠点はついていたにゃん★」
「………」
「このデスゲーム世界の維持には限界があるにゃん★ 時間制限があったにゃん★ でも、ルールには時間制限を設けていないみたいだけど、なぜにゃん?★ 制限した方がスイスイゲームが進んだと思うにゃん★」
「そうね。でも、私は全員の敵を自分の手で殺したかった。時間制限で死んでいくのだけは避けたかった」
「ふーん★ なるほど、にゃん★」
ミシェルは笑みを失くし、興味なさげ。私の願望など微塵も理解していない。ま、私の願いなんて天使に分かってほしくないけど。
「アドヴィナちゃん、もう一回夢に落ちてにゃん★ 次は本当に幸せになれる天国のような夢を見せてあげるにゃん★」
ミシェルは恐らく
「嫌よ、あんたの夢に付き合わされるのはもう嫌」
たとえ、あの人を殺さずみんな幸せに暮らせる夢を見せてくれたとしても、それは夢に過ぎない。私は現実の中であの人とともに生きたい。
だから――――――。
「あんたを殺す、神も天使も全員殺してやる」
「そっか………じゃあ、地獄の夢を見てにゃん★」
天使の声で、私の意識はまた途切れた。
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