第50話 宣戦布告 後編
頬は腫れて、目はほぼ見えない。
ズキズキと激しい痛みを全身に感じる。
狭い視界で腕を見ると、あざだらけ。
魔法を使えない中、みんなに殴られ罵倒され家畜扱いされて。
「ちゃんと歩け、豚が」
薄汚い服を着せされて、首輪をつけられて、エイダンの後ろを歩いていく。学園でも町でも蔑まれた目を向けられる。私は全国民の奴隷だった。
「………バカね。こんなのが地獄? 地獄と天国をはき違えてるんじゃない?」
殴られて痛いから何?
毎日罵られたからって何?
もうそういう痛みには慣れたわよ。
――――あの双子のせいで、みんなのせいで。
あの人が殺される方が地獄。
ここはむしろ天国。
エイダンに鎖を引っ張られて、私は学園の廊下を歩いていく。しかし、途中で足を止めた。案の定、エイダンはブチギレ、鎖を強く引っ張る。
「おい! 止まるな! 歩け!」
「………」
「奴隷ごときが自分の意思で動けると思うな! さっさとついてこい!」
それでも私は動かない。
何もない廊下の隅をじっと見つめる。
「もう隠れたって無駄よ。私はいつだってあなたを見つけられる」
エイダンがいくら引っ張っても私は直立不動。こちらの視線に耐えかねたのか、天使は溜息をつきながら姿を現した。
「君の精神、おかしいにゃん★」
「それはどうもありがとう」
「ありがとうって………さすがのミシェルちゃんもドン引きにゃん★ コメントも全員引いてるにゃん★」
「うふふ………これであなたのコア2つは壊れたのでしょう」
「………」
2回目にして分かった夢の仕組み。天使ミシェルは自身の
意識を変えられるほどの強さを持っていたのは条件があったから。その条件は「術者のことを思い出したら、魔法の効力はなくなる」というものとかだろう。ま、2回目はすぐに気づいていたけど。
「君はどうやってもデスゲームを止めにゃいんだね★」
「ええ」
「分かった。じゃあ、君を殺すにゃん★」
「ハッ、最初からそうしなさいよ」
天使にも優しさがあった。だから、私を殺さずあの人と引き離して改心させようとしたり、こっちの計画を壊そうとしたりして、私を殺すことを避けようとした。
「もう『世界掌握』は使えないにゃん★ 私が死んじゃうにゃん★」
学園の廊下から景色がガラリと変わる。しかし、もう私の意識は途切れないまま。元のホールに戻っていたが、どこもかしこもミシェルだらけ。
「君のコアはどこにゃん★」
「首かにゃん?★」
「お腹にゃん?★」
「それとも心臓かにゃん?★」
不気味なほど瞳を光らせるミシェルもどきどもが、かわりがわりに襲ってきた。光、炎、風、水、植物………闇魔法以外の魔法全てを使ってくる。
光魔法を使って、色の認識を変えてきたり、私の視界を真っ暗にさせてきたり。その最中に、地面に沼を作って、足を抜けさせないようにしたり。
間には物理で殴ってきたり、蹴ったり、アイアンクローをかましてきたり、天使らしからぬ混沌の攻撃。
「でも、ぬるすぎるのよねっ!!」
その攻撃を舞い踊りながら回避。そして、顔を殴り、腹を蹴り、足を杖で指す。惨い殺し方。時にはカウンター魔法で攻撃を返す。
もどきを1人、2人と消していく。その間にも、本物がどこにいるのか、注視しながら、もどきを自分のところまで引っ張り、蹴り倒す。
コピーは本物のミシェルのように表情を変えるし、コアのオーラも感じる。それでも、コピーとオリジナルには差異がある。
「みぃつけた――――」
見つけるのは容易――――だって、彼女殺気を出しすぎだもの。
「ゔぐっ!!」
もどきを潰しながら、オリジナルに向かって肘鉄を食らわせる。豪快に吐いてくれた。いい顔ね。
「くそぉがっ! ルクス・コルムナァッ!!」
スマホを手に持ったまま、杖を掲げ、魔法を展開するミシェル。無数の光柱が立ち、ホールの天井を突き抜けていく。私を追いこんでいく。
大丈夫、余裕ね。全然逃げれる。
笑みを零しながら、逃げ道を塞いでいこうとする光柱の間を駆けていく。途中で地面に沼を作り、そこに飛び込んだ。
「そんなことしてないで、天使らしく飛びなさいな――――ッ!!」
沼を抜けた先にはミシェル。彼女が反応する隙も、逃げる隙も与えず、私は蹴りを入れ、宣言通りミシェルをぶっ飛ばす。彼女の体はホールの壁を突き抜け、ビルに穴を空け、星なしの夜空へと飛んだ。
でも、これで油断しちゃダメ。
ホールを出て、全速力で彼女を追いかける。ミシェルが地面に不時着する前に、落下地点に到着していた。
「はい、もういっちょっ!!」
「オ゛っ」
魔法展開をさせまいと、ミシェルが着地してすぐにもう一発蹴りを入れ、もう一回ぶっ飛ばす。次もホームランボールのように綺麗に吹っ飛んでくれた。
流星のように空を飛ぶミシェルを追いかけ、コンクリートの道をダッシュ。
「ここら辺かしら……………」
気づけば着いていた都庁。2つの塔がそびえ立つそれ。雷鳴が響く空をバックに静かに立っていた。明かりはついているが、やはり無人。
次は一足先にミシェルが着陸していた。しかし、すぐに戦えるような姿勢ではなく。
「よくも……私ちゃんを………ボールにしたにゃん………★」
「ふっ、天使らしく飛べたからいいじゃない。久しぶり空を飛べて嬉しかったでしょ?」
地面にへばりつくミシェルは私を睨みながらも笑う。まだ体は動くようで、立ち上がると、手に持つ白の杖を小さく振った。
「死ねっ、にゃんっ★」
ミシェルの周りに出現したのは、無数の小型ナイフ。鋭い刃は全て私に向いていた。ミシェルが再度杖を振ると、一斉に襲い掛かってくる。それも追尾で。
ああ、さすが天使様。
なんでもできるのね。
魔力は
ミシェルの改竄術式の修正はすでにナアマちゃんに依頼済み。どこが変えられたのか大体把握もできていたようで、修正にはそう時間はかからないだろう。
「死ねって言ってるにゃんっ!!★」
四方八方からとめどなく襲いかかるナイフたち。
「っ!?」
同時に地面が割れ、その隙間からクジラが現れた。
……………そう、あのクジラ。海ではないはずなのに、土というかコンクリート地面からクジラが地面を破って飛び出てきた。
「へぇ、面白いことしてくれるじゃない――――」
大きく空いたクジラの口へ体がふわりと落ちていく。でも、クジラに飲み込まれて死ぬなんてダサい終わり方は嫌。大体私がこのゲームで死ぬのも嫌。
巨大な岩を作り、そのクジラに飲み込ませる。口に入りきらない岩を飲まされたクジラは詰まらせ、もがく。その揺れで都庁のビルは大きく揺らいだ。
飛んでくるナイフを何本か掴み、氷の壁ではじきながら、私は岩の上に着地、上へとジャンプ。そして、足に強化魔法をかけ。
「はいよっ! 地中へお帰りっ!!」
ドンっ、ドンっとクジラの腹へ押し込むように岩を踏みつける。
もちろん、ミシェルのことは忘れてない。ちらりと見ると、離れた場所で杖を構えるミシェル。クジラの具現化で相当魔力と集中力を持っていかれていた。
「はぁ………はぁ………」
彼女のアイデンティティである「にゃん★」語尾は消え、苦しそうな荒い息を漏らしていた。天使をこんなに苦戦させるなんて………どれだけ私天才なのかしら?
でも、調子に乗ってはダメね。
乗ったらフラグになっちゃうわ。
踏みつけながら、飛ばしてきたナイフをミシェルに返却。弾丸並みのスピードで投げた。
これで遠距離攻撃だと思わせて、そして――――。
岩を踏みつける直前に、地面を沼へと変える。黒沼に飛び込んで、転移。
「あはは、天使も貧弱ねっ!」
「くっ」
沼を抜け、ミシェルの裏を取る。後ろから抱き着いて、杖を使って首を締める。もう逃げる隙を与えない。
腰から下の体を氷で凍らせた。攻撃を受けて弱った体だ、もう壊せはしないだろう。
彼女から離れ、ミシェルの背中に十字架の木をぶっ刺す。そして、杖を奪い取り、上半身を鎖で木に巻き付けた。半銅像と化したミシェルの前へ立つ。
「君、ホント化け物にゃん★ 私の手には負えないにゃん★」
清水のように透き通ったスカイブルーの瞳。そこには全てを諦めたような色があった。
「あなた、この世界で死んだら、天使として死ぬの? ジュリエットだけが死ぬの?」
「ジュリちゃんも私ちゃんも両方死ぬにゃん★ 天使はその覚悟で下界に降りてるにゃん★」
「そう」
となれば、神もこっちに来させれば殺せる可能性もゼロじゃない。神殺しも夢じゃない。
「ねぇ、ミシェル」
「なんだにゃん★」
「あなた、本当はデスゲームを壊せたんじゃないの?」
「ううん、私はできなかったにゃん★」
「コアを使ったとはいえ、2回も世界掌握を使ったのに?」
「そうだけど………あれを展開できたのは君だけだったからにゃん★ 他の人も入れたら、私壊れちゃうにゃん★ 全領域とか無理にゃん★ だからといって、デスゲーム世界を構築した術式の完全破壊もできないにゃん★ だから、君の降参を待ってたにゃん★ 私にはデスゲームの破壊は無理にゃん★」
「仮に私を世界掌握で止めたとして、他の人の殺し合いは止められない。優秀な人間は死んでいくわよ」
「………それは私のせいじゃないにゃん★ こんなトンデモ事案にポンコツ天使を送る
その発言、上司に不満を持つ部下みたい。主さん、怒ってないかしら?
「アドヴィナ。君は『天使を殺す』―――その意味は分かってるにゃん?★」
ミシェルを殺す――――それは天界への宣戦布告。神の使いをタヒらせることは、「いつかお前も殺してやる」と言ったのも同義。
「さっきも言ったじゃない。私はとうの昔に決めていったって」
なんなら、デスゲームを始めた時点で、神々にケンカを売っていたとも理解している。
ずっと神は私を助けてくれなかった。転生させてくれた女神は置いといて、他の神は私を見ていただろうに、誰も助けてくれなかった。
そんなやつを信じろ? 祈れ?
あはは………………無理に決まってんじゃない。
転生させてくれたあの女神様はともかく、他のやつらなんて死のうが苦しもうが、知ったこっちゃないわよ。
「アドヴィナ、絶対兄ぃに殺されるにゃん★」
「…………へぇ、あなたのお兄さんに?」
「うん★ にぃがお前みたいな怪物放っておくはずがないにゃん★」
「………へぇ、そのお兄さんの名前って? 何ていうの?」
すると、ミシェルはにひっと不気味な笑みを見せ、答えた。
「ミカエル――――ミカ兄ぃにゃん★」
「………」
その名前はさすがの私でも知っている。
大天使ミカエル――――三大天使、四大天使が1人。
天使の中でも最上位に君臨する熾天使でもある。
その天使がミシェルの兄、ね――――。
だけど、彼が有名だろうが、凄い天使であろうが、関係ない。私に、彼に、敵意を向けるのなら、全て滅ぼすまで。
ミシェルを送っている時点で、ミカエルも敵であることには間違いない………あの女神様の手下でない限りは殺す。
「地獄は寂しいものね、早いところお兄さんも送ってあげるわ」
「ミカ兄ぃはいいにゃ★ アドヴィナがくればいいにゃ★」
ミカエルは今回のデスゲームで送れなくとも、そのうち地獄に送ってやる。神も倒すのなら、彼も殺すのも当然のことだもの。
私は杖先を向け、彼女の心臓に一発光線を撃ちこむ。
直後、パリンっとコアの破壊音が響いた。
「最後に一言にゃ」
私に向かって右手を出すミシェル。
彼女は中指を立てて。
「くだばれ、悪魔め――――」
天使とは思えぬ物騒な言葉を捨て、ミシェルは消えていった。
「……………ハッ、私は悪魔じゃないわ。ただの人間よ」
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