第46話 歌姫
金の粉となったカイロスの体。
粉は雨の水とともに流れ消えていく。
側溝へと流れていく水は黄金の川となっていた。
「………」
彼に拒絶されて、うざがられるようなことがあっても、彼の思いをしっかり受け止めて、私の考えを正確に伝えれていれば、違ったのかもしれない。
まぁ、今日の今日までちゃんと話せなかったんだけどね。
それでもいつかカイロスは私を理解してくれた。
過程ではどうであれ、死に際には分かってくれた。
「『生きたい』とは言ってくれなかったけど………」
カイロスは私に助けも求めなかった。ただ死を受け入れた。あの状況であっても、カイロス1人なら生かすことはできた。
………………分かってる。
たぶん、私たちはそういう運命だったのよね。
2人で生きる道はなかった。
本当の姉弟として過ごす未来はなかった。
その運命をカイロスが受け入れたのなら、私も受け入れよう。
「大丈夫よ、カイロス。母様と父様………サクラメント家は絶対に守るわ」
私が勝って戻っても、フレイムロード王国からは追放される。それは私だけでなく、サクラメント家も例外ではない。
外の人間は全員このデスゲーム世界の状況を知っている。というか、見せている。あえて参加させなかった先生方も見ていることだろう。
本当は先生も殺しておきたかったけれど、彼らこそ死にゆく生徒たちを見て、無力な自分を感じて、絶望してほしかった。
私を、アドヴィナを助けなかった大人たちへの復讐でもあった。
消えた弟に誓い、雨降る道を歩いていく。土砂降りの雨だが、雨粒が私に触れることはない。濡れることがないように、自分の体に雨をはじく魔法をかけていた。ずぶ濡れになって髪のセットが崩れるとか嫌だもの。
そうして、階段を下り、地下通路に入る。地上から聞こえてくる雨音。その音しか聞こえない静寂の通路を、こつんこつんとヒールを鳴らし、魔力を感じる方へと進んでいく。
そして、階段を上り地上に出て着いた先。そこはガラス張りが美しい現代的な建物のホール。
正方形のパネルが敷き詰められた地面。一部のパネルは照明が下から照らされており、光の道ができていた。その道は真っすぐに『ホール』と書かれた入り口へと導いている。
確かゲームとかアニメのイベントとかでよく来たてたわね。懐かしいわ………。
その上を歩き、建物へ侵入。
変わらず無人。誰1人いない。
だが、建物に入った瞬間、美しい歌声が遠くから聞こえてきた。
「この声は………」
遠くからでも分かる透き通った美声を探して、階段を上っていく。横を見れば一面ガラス張りの窓に自分の顔が映る。随分と真剣な顔だった。笑顔じゃない私だなんて、らしくない。
「こんにちは、歌姫さん」
三千人は集客できる観客席は真っ暗。階段にはライトがあったが、それぐらいで。唯一ライトアップされているステージで1人歌っていたのは、私のクラスメイト――――ジュリエット・ギア。
緩くウェーブがかかった艶やかなストロベリーブロンドの髪を揺らし、瞼を閉じて、伴奏なくアカペラで歌っていた。
聞いている全員が彼女しか見えないほど魅了されてしまうぐらい、ジュリエットは歌がうまい。生徒からは『世界の歌姫』と呼ばれていた。卒業後には歌手として活動するとも聞いていた。
歌っている姿は美しく凛々しい。気品さもあった。
でも、実際の彼女は能天気ちゃん。
ムカつくほどに天然で、たまに話が通じない時もあった。
私が声をかけたところでようやく目を開いたジュリエット。存分にライトアップを受ける彼女のスカイブルーの瞳は、宝石よりも輝いていた。
「私のライブへようこそ、主催者さん♡」
デスゲーム中にも関わらず、臆することなく堂々と話すジュリエット。あたかも、1人の観客に話しかけるように、ふるまっていた。
「ご挨拶どうもありがとう。相変わらず随分と呑気ね、ジュリエット。あなた、デスゲームって意味分かってる?」
「ええ、もちろん♡ ゲームを楽しもうと思って、ずっとアドヴィナを待っていたの♡」
マイク越しに甘い声を響かせるジュリエット。自分が死ぬと思っていないのか、それともデスゲーム自体理解できていないのか………まぁ、おそらく前者だろう。
彼女は本当に自分が死ぬとは思っていない。
ステージに向かって、階段を1つ下りていく。すると、真っ暗な脇の席から数人の男が現れ、炎、氷、水、植物など各々魔法を展開。襲ってきた。
だが、甘い。彼らは隙だらけ。1ラウンドを生き残ったとはいえ、戦闘慣れなどしていない。
彼らの攻撃が来る前に、全員のコアを杖(物理)で破壊。こんな雑魚に魔法など使ってやらない。魔力の無駄だ。
「まぁ、なんて酷いことをするの♡ 同じクラスメイトだったのに♡」
「コレ、私のクラスメイトなんかじゃないわ」
座席に倒れた男どもは見たことあるようで、絶対に見たことのない顔。服は確かにプレイヤーの服。
でも、彼はモデル並みに綺麗なイケメン顔だった。本来の彼らはこんな端正な顔じゃない。はっきり言って、ブサイクだった。
あまりにも綺麗すぎる。どの子も計算しつくされた完璧な顔。AIが作ったようなインチキ美少年じゃない。神々が作り出したような本物の美少年・美青年。
………………ああ、彼らは作り物だ。
彼らは確かにコアを持つプレイヤーであり、人間だった。そう…………人だった。
その瞬間、私の“予感”が“確信”へと変わる。
「ジュリエット、あなたでしょ。
ジュリエット自体は戦闘において非常に弱い。本当に歌がうまいだけだ。ただそれだけ。本来のアドヴィナとどっこいどっこいの魔力技術しかない、底辺中の底辺。成績はいつだって彼女とビリ争いをしていた。
そんな彼女が第3ラウンドまで生き残っているなんて、正直信じがたい。マリーやロリーナのように男をたぶらかして味方につけて守ってもらう………そんな器用なことができる人間じゃない。
「ロボ? ええっと………なんの話かしら?」
こてんと首を傾げ、無垢な瞳でとぼけるジュリエット。その動きは人間らしい、ジュリエット・ギアらしい。だけど、彼女はもうジュリエット・ギアではない。
「素直には話してくれないのね、ジュリエット。いえ、間違えたわ………」
体はジュリエットのものであっても、心は違う。
魂は人間じゃない。
「腹を割って話しましょう、天の使いさん?」
彼女に入っているのは天使の魂だ――――。
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