第15話 お芝居はおしまい

 昔、こんな噂を聞いたことがある。


 ある名家に生まれた双子の女の子の噂だ。

 母体から出てきた彼女たちのうち、片方は出産前から死んでいた。悲しみに暮れる親ではあったが、幸いにも、生き残ったもう1人は何事もなく、順調に育った。


 そして、6歳となった少女が街へ出かけた日。

 その帰りに彼女は山賊たちに襲われた。


 名家ということもあり多くの護衛もついていた。

 護衛は山賊を撃退しようと、勇敢に戦った。

 少女についていた侍女も戦いに出た。


 だが、山賊の方が上だったのか、みんなやられた。

 護衛は全員死んだ。


 対処できない。最悪の場合、令嬢が死ぬかもしれない――――当時下っ端であった1人の護衛が戦い途中で上司の指示を受け、近くの兵士に連絡。報告を受けた兵士とともに護衛は令嬢の元へと戻った。


 令嬢を死なせるわけにはいかない。


 そう強く思い、護衛の男は急いで帰った。

 だが、もうそこに山賊はなかった。

 その代わりに、馬車の周りには賊の死体の山が築かれていた。


 頂点に立っていたのは1人の少女。

 護衛の主である、あの令嬢。


 彼女の手には、家臣から奪ったであろう短剣。その剣先から真紅の血が滴っていた。


 少女を見た者は当時のことをこう話す。


 『割れた眼鏡の奥に、不気味に紫の瞳が光っていた』、と。

 『あの子は……いや、は少女の皮を被った死神だった』、と。


 その話は瞬く間に、広がった。

 同時に、こんなことも噂されるようになった。


 少女あれには死んだ姉の呪いがかかっている、と――――。


 その少女の名前は、ジーナ・ガントレット。

 私の背後に立っている人間だった。



 

 ★★★★★★★★




「ねぇ、今のあなたはジーナ? それとも死んだお姉さん?」


 ドレスを捨てたジーナ。

 彼女は暗殺お仕事時のものであろう服へと変わっていた。


 ジーナの体のラインをはっきりと見せるぴちぴちのスウェットスーツは、人造人間を操縦するどこかのパイロットのようで。その上には『着ている意味ある?』とつい問いたくなるような透け透けの黒メッシュのトップスを着ていた。うん、デザインはいいわね。暗殺者らしい動きやすそうだわ。


 そんな別人姿のジーナは、私の問いに眉をピクリとも動かさない。真顔のまま。

 

「私はジーナ。ハーディは生まれた時に死んだ」

「じゃあ、別にあなたにお姉さんの魂があるわけじゃないのね」

「………彼女の魂はこの世界にない。今の私もジーナだから」

「そう。あまりにも別人すぎて人格が入れ替わったのかと思ったわ」


 冗談を言ってみるが、ジーナは一つも笑みを見せない。彼女の紫の瞳はただただ私を見据えていた。右手に持つ拳銃をググっと私のお腹に当て、おしゃべりが止まるのを待っていたように、ようやく彼女は自分から話し始めた。


「今から、この銃であなたを殺す。でも、最後に一応聞いておく。何か言いたいことある?」

「ええ、あるわ」


 ずっと握りしめていたそれを右手で確かめる。

 そして、ジーナに笑って見せた。


「私ばかりに夢中になってると、気づけるものにも気づけないわよ」


 ずっと握っていた透明な糸。それを離した瞬間、落ちてきたのは私が天井に隠していた鍬の刃。ニーナを殺しジーナの所に向かうまでに、拾った糸を鍬に巻き付け、天井に設置していたものだった。


「っ――――」

 

 当然ジーナの注目は鍬へと移る。隙ができたのは一瞬だったが、私は即座に銃口を掴み、先を逸らして発砲。そして、振り返った勢いのまま、左足を上げ顎を上に蹴り飛ばした。


 上からは鍬の刃、下は私の蹴り。


 ジーナは追い詰められていた。

 だが、彼女は頭すれすれのとことで、鍬の根元を掴む。化け物のような反射神経だ。


「新しい武器をどうもありがとう」


 私に感謝を淡々と述べたジーナは、鍬を器用にクルクルと回す。その姿はバトンのように軽やか。重さを感じさせない。


 その間、私は距離を取り、彼女の急所を狙って再度発砲。しかし、全て鍬ではじかれた。まるでロボットのように完璧な動き。全ての弾を捕えているようだった。


 ははっ、この子本物の化け物ね。


 鍬を振り回しながら、こちらに歩み寄ってくるジーナ。だが、後ろは窓しかない壁。逃げ道はない。


 リロードしていると、ジーナの鍬が私の頭をめがけて振りかざす。体を反り避けつつ、私は空いた右手で鍬の刃を掴んだ。そのまま、私は鍬を後ろに振り上げ、ジーナの体を宙に上げる。そして、彼女の体を思いっきり窓にぶつけ、鍬とともに投げ捨てた。


 そして、腰にしまっていた拳銃を取り、ゾンビの群れに落下していく彼女の頭に狙いを定める。見えたジーナの顔には焦りなどない。冷たい真顔のままで。


「――――殺す」


 ジーナは落ちながらも、地面でうじゃうじゃと群がるゾンビと弾丸を薙ぎ払いつつ、着地。そして、鍬をこちらに投げてきた。鍬はブーメランの窓に向かって一直線に飛ぶ。私は即座にかがんだ。


 ブンブンと風を切りながら飛んできた鍬は、天井へとぶつかり、ガダンと地面に落ちる。あんなにも乱暴に扱われたにも関わらず、まだ鍬は壊れていない。意外と頑丈なようだ。


 鍬を取りに行こうと、振り返った先の廊下にいたのは、いつの間にか侵入してきていたゾンビ。


 ああ。もうここはダメかしら………。


 急いで鍬を拾い、外を確認。しかし、ゾンビの群れに飛び込んだはずのジーナはいない。広場に姿はない。警戒しながらも、窓から少しだけ顔を出し、ちらりと上を見ると。


「死ね――――」


 そこには銃を持って待ち構えていたジーナ。屋根の上から、顔と銃口だけを出し、狙いを私に定めていた。


 コイツ、いつの間に屋根に何か上っていたの?

 ――――ハッ、全く面白いことしてくれるじゃない。


 彼女が発砲する前に、私は即座に頭を引っ込め、近くにあった別室へ移動。ゾンビが入ってこないように、ドアを閉め近くにあった重そうな棚で押さえつけた。


 もちろん、その部屋にも窓はあった。

 でも、そこから外には出ない。出てはいけない。

 

 きっと、ジーナがこちらの動きを読んだ彼女が待っている。


 壁一面にあった棚を上り、天井を鍬で突く。

 元々屋敷ということもあり頑丈。

 でも、一発で天井を壊し、屋根裏へともぐりこむ。

 

 鼻から入る淀んだ空気。

 月明かりが一切ないその部屋では、目がきかない状態だった。


 彼女はどこで待っているか。

 屋根のどこを歩いているか。

 暗闇の中、全ての意識を集中させ、屋根の音に耳を澄ませる。


「ここね――」


 狙いを定めて、鍬で天井の木材を壊し、瓦を吹き飛ばす。


 ――――ビンゴ。


 その先にあった灰色のドレスと白い足。

 屋根に穴を開けた途端、ジーナの下半身が落ちてきた。

 

 鍬を床に捨て、もう片方に構えていた拳銃で魅惑的な生足に一発入れる。

 すると、真っ白い肌に鮮血のしぶきをあげた。


 ジーナも対抗して、私の顔を狙って撃つ。

 部屋の隅へ走るも避けきれなかった私だが、頬をかすめただけ。なんともない。


 そのまま、もうジーナの一発足へ撃ち込んだ。


 しかし、彼女は何事もなかったように着地、駆けた。最初に見せてくれたような瞬間移動で、迫ってくる。気づけば目の前にいたジーナにタックルをされ、私たち2人は一緒になって倒れ込んだ。


 クソっ………………。


 ジーナに馬乗りされ、身動きが取れない。拳銃で彼女の頭を狙うが、撃つ前に彼女に手を殴られ、拳銃を吹き飛ばされる。銃声だけが響いた。


 さらに、首を両手で押えられ、締め付けられる。


「死ね、死ね、死ね――――」

「くっ、ゔっ、あ゛っ」


 苦しい。まともに息ができない。


 彼女の腕を掴み、引きはがそうとしてもびくともしない。引っ掻いても、両手に加わる力は変わらず、爪を立てて、血が出るまでつねっても彼女は手を緩めない。

 暴れても、ジーナの拘束は解けなかった。


 ああ、これはダメね…………。


 向けられていたのは殺意の瞳。

 その紫炎の瞳に睨まれながら、私の意識は朦朧としていく。


「地獄へ落ちろ――――」


 その声を聴いて、私はそっと目を閉じた。




 ★★★★★★★★





 アドヴィナは動かなくなった。

 ピクリともしない。息の音も全くなし。

 口から泡を漏らし、目を閉じて永遠の眠りについていた。


「…………」


 上に乗っかるジーナは、死んだアドヴィナを冷たい瞳で見つめ、立ち上がった。そして、先ほど遠くに飛ばした拳銃を拾い、弾を確かめると、再度アドヴィナの死体をじっと眺める。


 人を何度か殺してきたジーナ。


 ゾーンに入っていない彼女であれば泣きわめいて後悔の津波に襲われていただろうが、弱気を捨てた今のジーナに今更1人の女子を殺したところで、動揺することはない。


 今まで何人か殺してきたし、今回殺した相手は殺人ゲームを始めた主犯。

 罪悪感などあるはずもない。


 そうして、次の仕事を受けようと、ジーナが主であるエイダンのところへ戻ろうとした時だった。


「――――っ」


 カチャリと部屋に響く音。その音に反射的に反応し、振り向くジーナ。


「お芝居はお終い」


 後ろに立っていたのは死んだはずの彼女。

 何事もなかったように立ち、狂ったように口角を上げ笑う彼女の姿は悪魔そのもの。


「――――――そして、あなたもお終い」


 その笑みに、思わずジーナはゾッと背筋が凍る。


 彼女は確かに殺した。脈も確認した。

 この手でちゃんと殺した。


 ………………だが、なぜだ?


 なぜ彼女は立っている? 

 なぜ生きて笑っている? 

 なぜ2丁の拳銃を向けれている?


 嘘だ。

 死人が生き返るなんてありえない――――。


 だが、今更ジーナが後悔しても反応しても遅かった。


 アドヴィナの両手には太ももにしまっていたのであろう拳銃。

 そのトリガーはすでに引かれ――――ジーナの死は確定。


「さようなら、ジーナ」

 

 アドヴィナの半眼に映るジーナの姿。

 それは覚醒後初めて動揺する彼女の姿だった。

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