第11話 駒の資格
「僕と結婚してくれないか――――」
差し出したセイレーンの手にあったのは小さな箱。
そこに入っていた指輪には闇のような真っ黒な宝石が月明かりで輝いていた。
こんなのいつの間に用意したのよ――――?
こんな美形からプロポーズなんてされたら、前世の私なら二つ返事でOKを出していたのかもしれない。
だが、今の私は違う。
「悪いけれど、お断りするわ」
「………理由を聞いても?」
「先約がいるの」
そう答えると、セイレーンは額に手を当て目をぎゅっとつぶり、「あちゃー」と悔しそうにこぼした。
「そっか。相手がいるのかー。それは仕方がないな………ちなみにお相手は誰だーい?」
「教えるわけないでしょ」
「えー。僕ぐらい教えてくれてもいいじゃーん? 意外と僕は口が堅いよー?」
「ハッ、信じられないわね」
「堅いよ」と言ってくるやつに限って、一番口が軽い。
まぁ、別に教えてもいいのだが、いまいち言う気分になれない。でも、最終ラウンドに残った1人には教えてあげてもいいかもな………。
なんて考えていると、なぜか変人男は突っ立ったままそっと目を閉じる。「うぅ」とうめき声を小さく上げながら考え込み始めた。
一時して、「ああ~、君の相手は彼なのか。だから、婚約破棄されてもあんな反応だったんだねー」と勝手に1人ぼやき始める。何を言っているのやら。
「ねぇ、言いたいことはそれだけ? それだけなら、もう殺すわね」
とっと殺して、エイダンの所に行かないと。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってよー」
「何? まだ何かあるの?」
「うん。言っておきたいことがもう一つあってさー」
なら、さっさとしてほしいんだけど。
寛大な私は、イライラしながらも、情けで待ってあげた。鼻歌を歌うセイレーンは、先ほど指輪を入れていた箱をポケットにしまい、また違う何かを取り出した。
「ねぇ、アドヴィナ嬢。このボタンは何のスイッチだと思う?」
変人男の右手に握られていたもの。
それは小さな筒状の物。筒の上にはボタンスイッチがあり、底には色んなコードが伸びていた。
「………爆弾、とかしら?」
その形状のボタンは、爆弾スイッチの印象がある。
ここを爆発させて、私を殺すことはできる。
でも、それはセイレーン自身も死ぬことになる。
自殺行為だわ。
なら、こちらが狙っているエイダンたちを爆発させて、私の興味を引く?
彼らがいるであろう倉庫が爆発してくれたら、それはそれで面白そうだけど………獲物は取られたくないわね。
すると、セイレーンは胸の前で両手でばってんを作り。
「ぶっぶー。半分当たってるけど、完全正答じゃなーいので違いまーす!」
と、かわい子ぶって言った。
はぁ………………ムカつく。
コイツの言動、私の逆鱗にいちいち触れてくるわ。
「………じゃあ、答えをさっさと言って。私は気が短いの」
「えー。そう言わずに答えてよ」
「じゃあ、撃つわよ」
「えー。そんなことしたら、このスイッチを押してしまうよーん」
あー、もういい。
この変人男の話を聞いていたって時間の無駄だ。
ムカつくけど殺さず、エイダンのところへ行こう。
そうして、私は背を向け、出口へ歩き出そうとした瞬間。
「――――――アドヴィナ嬢、動かない方がいいよ」
先ほどのおちゃらけた声から一変。
真剣な彼の声に、思わず振り向いた。
そして、ギラリと輝く彼の瞳と目が合った。
嫌な予感がした。
「実はさ、君が来るまで暇でさ。折角君を迎えるのに、何もないのも申し訳ないと思って、礼拝堂にこんなもの用意したんだ」
セイレーンはスイッチを持っていない左手で、パチンと指を鳴らす。すると、礼拝堂の明かりが一斉についた。
月明かりしか目視できなかったのだが、明かりがついたことで、礼拝堂全体を確認できた。
「――――なんなのよ、これ」
驚かざるを得なかった。
礼拝堂の隅から隅まで置かれた銃。
100近くあるその銃全てが、私に狙いを定めていた。
その犯人であろう彼を見ると、嬉しそうに手を広げ、「サプラーイズ!」と叫んでいた。
「銃をたくさん置いてみたんだー! このボタンを押せば、君をハチの巣にしてしまうだよー! どうだーい!? 興奮しないかーい!?」
「…………どこで銃を集めたのよ」
1人でこんな量の銃を見つけられるとは思えない。
しかも、私を監視しながらであれば、なおのこと。
「色んな場所で、銃を拾ったよ。ここの置かれた全ての銃のトリガーは、僕が持っているこのスイッチを押せば引くことができるんだ! 下には爆弾もあるんだ! どうだーい! 君のために用意したんだよー! 驚いたぁー!?」
自爆行為も同然の計画を夢中になって話すセイレーン。興奮のあまり彼は手を広げ、私に詰め寄る。こちらが向ける銃を気にすることなく、武器など眼中にないよう。オッドアイの瞳を輝かせていた。
「いいねぇっ! その動揺した顔ぉ! 余裕たっぷりの君もいいけれど、その顔も溜まらないよー!」
「…………こんなことをして、何が目的?」
セイレーンという男は頭のねじを何本も失っているぐらいに狂っているが、バカではない。
むしろ、天才の部類。
私の苦しむ様子を見るだけが、彼の目的ではないだろう。
「目的はただ一つ。死にたくないってことさ…………ああ、そんな意外そうな顔をしなくても、僕だって死への恐怖ぐらいはあるよー? もし、君が『僕を殺さない』と誓ってくれるのなら、僕もこのボタンを押さなーい。だから、見逃してくれるかーい?」
殺さないでってね………。
こっちは脅されているも同然なのよ。
今の状況で、あんたを撃てるわけがないじゃない。
ギリギリの戦いは好きだ。
でも、こちらの一方的な危機は好きじゃない。
全然面白くない。
「………分かったわ。殺さないであげる」
仕方がなかった。
今、殺されたら、エイダンたちを殺すという最大の目標が達成できない。
セイレーンを殺すことはできない――――――今はまだ。
そう言うと、彼は嘘っぽい微笑みを浮かべた。
「どうもありがとう。君は面白い上に、話の分かる人だね。君は本当にいい人だ」
彼の表面的な発言に、私は鼻先で笑う。
さっきのプロポーズといい、今の発言といい、本当に適当なことを言うやつだわ、この変人男…………。
エイダンたちを倒すためには、あらゆる手段を取るつもりだった。
性格こそ難ありなセイレーンだが、こちらの思い通りになれば使える男。
操ることができれば、彼を私の駒にできるかもしれない。
使い果たした後に、希望を与えた後に、殺す――――いいじゃないの。
そうして、セイレーンからエイダンたちの居場所を聞き、礼拝堂を飛び出した私は、メインディッシュがいる元へ走りだした。
――――――
第12話は18時頃に更新いたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます