第10話 プロポーズ

 割れた窓から差し込む青白い月明かり。


 その冷たい光に照らされた、目の前のイケメン男。彼の白髪は絹のように七色に輝き、白い肌は透き通って見えた。


 美しい前髪の間から覗き込んでいるのは、オッドアイの瞳。黄色と水色の両目は真っすぐに私を捕えている。他に視線を逸らすこともなく、瞬きもせずじっと見ていた。


 綺麗。綺麗だけれども………………。


 端正な顔を持つ彼の笑みは、ねっとりしていて、思わず背筋が凍る。


「右足をくじいたんでしょ? 治してあげるから、僕に見せてよぉ」

 

 おまけに、表情も発言も気持ち悪い。


 それでも、彼は美しかった。

 まるで天から舞い降りてきたような神々しさが持っている。たとえ左目をまたがる奇妙な刺青があったとしても、だ。


 美少年な彼の名は――セイレーン・ミスティリオン。

 高貴な雰囲気を纏う彼もまた乙ゲーの攻略対象者だった。


「なぜ、あんたがこんな所にいるのよ?」


 あのパーティー会場に、彼の姿はなかった。何かと目立つ格好のセイレーンがいれば、すぐに気づいていたはずだ。


 なのに、なぜか彼がこの礼拝堂にいる………。


「へぇ………僕のこと、知ってるんだぁ?」

「ええ。あなた、セイレーン・ミスティリオンでしょ」


 知らないわけがない。セイレーン・ミスティリオンは、エイダンたちと同じ乙女ゲームの攻略対象者だったんだもの。

 

 でも、彼は他のキャラとは違って、普通の攻略対象者ではない。プレイヤー側の認識としては、セイレーンは“裏の攻略対象者”だった。


 そう。

 彼を攻略するためには、隠しルートに入らなくてはならないキャラ。


 そのルートの入り方も非常に難しく、他の攻略対象者の好感度を全員中間に収め、尚且つ特定の選択肢を順番に選ばなければならない。初見組には、非常に難易度が高いルートだ。


 とはいっても、他の対象者のルートでは、まず彼に会うこともない。名前を聞くことすらないもないのだ。そのため、攻略サイトを見て初めてセイレーンの存在に気づく人も多かった。


 だが、現実は違った。

 こちらの世界に転生して、彼の名前を耳にする機会は十分にあった。

 

 魔法の研究に非常に熱心な彼は、多くの論文を出しており、論文を出すたびに彼の名前を聞いた。

 

 でも、彼の姿を見ることはなかった。


 研究に熱心すぎるセイレーンは、外に出ずずっと地下室に引きこもっており、私が実際に彼の姿を見れたのはほんの数回。それも遠くからで。


 日曜の礼拝日や教会の仕事がある日、学園の行事日があれば、出てくることはあった。だが、それ以外は研究棟の地下室。ずっーと地下室にいた。


 でも、セイレーンは人への興味がないわけではない。魔法と同じように興味を持った人に対しては、異常なほど積極的だった。


 ゲームでは、ヒロインに対して興味なさげで何もかも適当に返事していたセイレーンだが、一定の好感度まであげると、ガラリと変わった。


 教室に行けば、セイレーン。

 食堂に行っても、セイレーン。

 サロンに行っても、街に出かけても、セイレーン。


 どこに行っても、セイレーン。

 セイレーン、セイレーン、セイレーン………………。


 初プレイの時には一種のホラーゲームかとすら思った。


 そんなセイレーンに捕まったヒロインは、怒涛の質問攻めにあう。


 もし、そこで間違った選択肢を選んでしまうと、バッドエンドの監禁ルートへ入り、眠らされたヒロインはセイレーンに運ばれ、地下室で監禁され、彼の一生の話し相手となる。一言で言えば、ヤンデレ行き過ぎオーバールート。


 彼のハッピーエンドルートもあるけれど、そこに行くまでがこれまた激ムズ。


 こちらが積極的になると、彼の興味は反比例するように薄れ、しまいには会ってくれなくなる。だからといって、奥ゆかしすぎるとセイレーンの興味は激増、真っすぐ監禁ルートへ入り暴走していく。


 ようするに、セイレーンはTHE・面倒くさい男。

 超絶ちょ――ぜつだるい男である。

 

 ゲーム本編では彼と悪役令嬢のアドヴィナ・サクラメントが関わる機会はない。主人公の知らない所で関わっている可能性もあるが………実際にアドヴィナ・サクラメントとして生きてきて、彼に直接会って話をすることはなかった。こうして彼と直接話をするのは、今回が初めてだ。


 彼の名前を口にすると、変人男の綺麗な瞳がカッと見開いた。


「君と話したことあったけ?」

「ないけれど、あなたは有名人じゃない。嫌でも知ってるわよ」


 “セイレーン”という名前を耳にしないことは、ほぼ不可能。学園にいれば、一定数いる彼のファンの女子がいたし、噂話だって聞こえた。ゲームのヒロインがなぜ彼の存在を知らないのかと疑問にすら思ったほどだ。


 まぁ、私の場合は前世の記憶を持ってるし、ゲームの全容を知っているので、彼も把握しているのは当たり前。


 まぁ、セイレーンからすれば、エイダンしか眼中になかったアドヴィナに自分が認知されていることに、違和感を持つのでしょうけど。


「それで? なぜ、あんたがここにいるの?」


 予想では、ここにはメインディッシュがいるはずだった。第1ラウンドで殺す予定はなかったけれど、カイロスぐらいなら殺せると、期待していたのに。


 それなのに、いたのはこの変人男。

 驚きはしたけど、獲物が1人だった失望の方が大きい。


「なぜって、君と会えると思ったからさー。もう待ちくたびれたよー」

「他は?」

「ほかー?」

「他の理由はないの?」

「え、ないよぉ?」

「私と会う………それだけ? それだけのためにここにいたの?」

「うん! 大好きなアドヴィナ嬢に会うためだけに待っていたんだー! ……ああ、もちろん、他の女の子には一度も目をくれていないさー」

「ハッ、嘘ね。ハンナは見たでしょ」


 スナイパーが1人この建物の上にいたし、ここが合流地点なのは確実。ハンナはカイロスに連れられて、ここに来ただろうし、それを変人男こいつが見ないはずがない。


 私じゃないかぐらい確認するはず。

 そう強く問うと、頬を少し赤く染めるセイレーン。


「ええー? もう嫉妬かーい? 意外とアドヴィナ嬢は情熱的なんだねー」

「何言ってるの………」


 嫉妬なんかするわけないでしょ………。

 はぁ、相変わらずめんどい男ね………。


「さぁ、さっさと事実だけを言いなさい。さもないと殺すわよ」

「おぉ、怖い怖いぃ。分かったよー。言うさ………ええっと、ハンナ? だっけ? 彼女とは話していないよ。王子となら話したかなー」

「何を話したのよ」

「んー、何話したかなー? ちょっーと思い出すのに時間がかかるかもー」


 と、セイレーンはこめかみに指を当て腕を組み、演技のように考え込み始める。

 

 ………ふん、まぁいいわ。


 この変人男とエイダンが何を話そうとも、全員殺すだけ。私の悪口を言われたって、私を殺そうとする計画を2人で立てたって、何にも意味がない。


 ただ、エイダンの行き先ぐらいは、念のために知っておきたい。


「セイレーン、エイダンの行き先を教えなさい」

「さぁー? どこに行ったんだろうねー?」


 素直に答えてくれないセイレーン。

 困っている私を見て、彼はいたずらな笑みを浮かべた。


 こいつっ…………絶対にエイダンたちの行き先を知っている。私を困らせて楽しんでるんだわ。


 ………でも、いい。

 彼が答えてくれないのなら、もう仕方がない。


 大雑把ではあるけれど、エイダンたちの逃げ先は大体見当がつく。


 エイダンたちが向かった先は、おそらく港先の倉庫だ。そこなら、もともとこの世界にある爆弾とか剣とか、銃以外の武器もたくさんあることだろう。攻略対象者以外に仲間はいるみたいだし、倉庫の情報は手に入れているはず。


 そこで私を迎え撃つつもりでいるのだろう。

 

 ハンナの血がどこかに垂れているかもしれない。血の香りもどことなくするし、臭いをたどっていけば彼らに会える。セイレーンに彼らの行き先を聞けば、確実にエイダンの位置を特定できると思ったのだけれど、仕方ない。


 彼にはさっさと退場してもらおう―――。


「じゃあね、変人さん」


 カイロスたちを相手していたせいで、殺し足りなさすぎて結構ストレスが溜まっていた。ここからあの王子を相手にするのだし、冷静に脳を動かさないといけない。


 なら、ここでセイレーンを殺してストレス発散する。

 ――――うん。とってもいいわ。


 セイレーンに銃口を向けるが、彼は驚きも物怖じもしない。瞬き1つしなかった。ただニヒッと口角を上げた。


「つまらない人ね」


 怖がって絶望してほしいのに、笑うだなんて、本当に気味が悪い。


「殺すのだけはやめてほしいなー。僕だって命は惜しいんだー」

「…………そんな風には見えないけど?」


 むしろ、この変人男は死の危機を感じて喜んでいる。ドMかしら。

 好きな人は好きなんだろうけど、私としては全然面白くない。


 もっと悲鳴を上げてほしい。怯えてほしい。

 泣いて絶望に浸ってほしい。失神してほしい。


 なのに、こちらが睨めば睨むほど、彼の顔はますます明るくなっていく。ムカつくほどに、水色と黄色の瞳が輝いていく。


「君の睨む瞳………とってもいいね。綺麗だ」

「…………」

「ああ………その瞳にずっと睨まれていたいよ」


 睨んでいても、セイレーンが喜ぶばかりなので、さっと外に目を向けた。

 

 天井に届きそうなぐらい伸びた縦長の窓。そこにあった青を基調とした色鮮やかなステンドグラス。ただし先ほど蹴りで壊したところは、直接月明かりが差し込んでいた。

 

 精巧で美しいステンドグラスを壊した後悔は、少しはある………綺麗なステンドグラスが割れていない状態の中で、殺し合いをしたかったという後悔だが。


 でも、あの窓を割る瞬間はとてもスカッとしたし、結果オーライよね。


 この世界は作りものだし、私の物だし。

 何をしても自由だもの。


「はぁ……………月明かりに照らされる君も綺麗だな…………たまらないよ」


 人間が作ったとは思えないぐらいに美しいステンドグラスに見とれていると、気持ち悪いセイレーンの独り言が聞こえてきた。


 さっきから、私のことを綺麗だとか美しいとか言っているけれど………もしかして私に惚れているの? 


 ハンナではなく? このアドヴィナに?

 

 セイレーンの推しなら、卒倒しているところだけど、残念ながら私の推しは彼ではない。彼の声をあてている声優さんは推しだったけど。


「このゲームが始まってから、君をずっと見ていたんだぁ」


 そんな妙に色気のある声を持つセイレーンは、陶酔したように、私に手を伸ばし語り始めた。


「本当はこのゲームに参加する予定も、パーティーに行く予定もなかったんだけど……でも、丁度パーティー前日に預言があってさー。仕方なく、預言の通りにパーティーに行ったんだー。そしたら、輝く君を見つけたんだー。預言っていつもろくなことがないけど、今回は違ったなー。最高の預言だったよー」

「………へぇ。その預言ってどんなものだったわけ? パーティーで1人の女の子を口説いてきて、とか?」


 私は鼻で笑って適当に言うと、セイレーンは残念そうに横に首を振った。


「そうだったらよかったんだけどねー。生徒のほとんどが死ぬ殺し合いのゲームが始まるから、それを見てこい、止めれるのなら止めてこいってみたいな感じだったかなー」


 止めれるのなら、止めてこいって……神様、そんなのでいいのかしら。


「私が言うのもなんだけど、自殺行為も同然じゃない? 教会の宝がそんなことをしていいのかしら?」


 たとえ、預言があったとしても、神の声を聴ける国宝級の人間がデスゲームに来ていいはずがない。使者を送るのが普通だろう。


「うん、大丈夫さ。ゲームに参加したところで、僕はし」


 ………………なるほど。

 さすが裏の攻略対象者。

 生き残る自信しかないというわけね。

 はぁ――うざいわ。


「僕はあのパーティーでの君に惚れた。君の笑い声には興奮したんだ。婚約破棄を見越してこんな会場まで用意してデスゲームを始めて、銃もろくに扱ったことがないのに、人の額に正確に狙撃ができる………はぁ、君には随分と驚かされたよ。生きててこんなに楽しいと思ったのは久しぶりさー。はぁ、はぁ………戦う君は天使以上に美しいねー。君を捨てた王子にビンタしたいぐらいだよー」


 彼は少し息を荒げながら、ゲーム説明時の君とエイダンのやり取りが面白かったとか、ヴァンデライの戦いは興奮したとか、1人で語っていく。

 

 ヴァンデライ戦を見ていたって、かなり前から尾行をされていたのか。でも、コイツのことだ。ゲーム開始から追跡されていた可能性もあるわね。

 

 彼は私のことを『全部知っている』と言ってきたし、最初から最後まで見ていれば、知らないことはない…………ないけれど。


 尾行されていたなら、どこかで気づいた。でも、礼拝堂に来るまで、彼の気配が全然しなかった。分からなかった。


 私に気づかれず、一体どうやって尾行してきたのかしら――――?


 尋ねようとした瞬間、セイレーンは突然私の前で跪いた。


「――――というわけで、僕は君に惚れてしまったんだ。もう君がいない人生なんて考えられないよ」


 と言いながら、彼はポケットに手を突っ込み、何かを取り出し、それを私に差し出した。


「僕は君を一生大切にする。君の望む世界を作る。君が輝く世界にしてみせる」


 セイレーンは小さな箱をパカリと開き、中身を見せた。


 これって――――――――。


 彼の持つ箱の中にあったもの。

 それは、この男が一番持っていなさそうな、大粒の黒い宝石がついた指輪。


「だから、僕と結婚してくれないか――――」


 私が初めて受けたそのプロポーズ。

 それは頭のねじを何本も失ったような変人攻略対象者からだった。




 ――――――


 明日も2話更新です。第11話は7時頃に更新します。

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