第9話 ミスティリオン
ハンナたちを追いかけ、飛び降りた先にいたのは、飢えに苦しむゾンビたち。血まみれの汚い手を伸ばして、彼らは人間の肉を求めて悲鳴を上げていた。
それを避け、私は地面が見える場所に向かって、バルコニーから大ジャンプ。飛び出した。
カツンっ––––––。
着地の振動が体へと伝わり、痛めた足に雷が落ちたような衝撃が走る。
痛い。痛いけれども……。
それでも、すぐにあの2人を追いかけ、走り出す。
広場には街灯があり、他の場所よりも比較的視界はいい。白い服を来ていることもあり、すぐに彼女の背中を見つけた。
カフェの前に並べられた丸机の間を、すいすいと駆け抜けていく小さな背中。こちらが狙撃すると分かっているのだろう……ハンナは私の狙いを逸らすかのように、ジグザクに走る。
先にカイロスを殺したいから、ハンナを殺してから彼を殺すなんてことはできない。
でも、ハンナの体が邪魔。
ちょこまかの逃げられるし、カイロスの姿は足くらいしか見えない。これじゃあ、一発でカイロスを仕留めれない。
――――なら、私は。
彼女の足を奪うまで――――。
ハンナを狙うのなら、特に問題はない。
自分が動いていても、ハンナが動いていても、絶対に狙い撃てる。
外すなんてことはしない。
右手の銀の拳銃を構え、ハンナの細い足に向かって、一発撃ちこんだ。予想通り、ハンナは走り続ける。
私の弾は彼女の頭に命中する――――。
「え――――」
――――はずだった。
見えたのは私の弾に別の弾がドンピシャで当てられたところ。ハンナに届く前に、横に逸らされた。邪魔をされた。
………ハッ、誰よ?
私の弾を狙って撃ってきたやつは――――。
「随分と気持ち悪いスナイパーがいるのねぇ………」
ハンナとカイロスじゃないとすれば、残りはあの2人のどちらか。
王子か、あの褐色野郎か――――向こうが私を邪魔するというのなら、こっちは武器を増やしてやろうじゃない。
太ももにしまっていた拳銃を取り、両方の銃口をハンナの足に照準を定める。そして、2丁同時にトリガーを引いた。
しかし、ハンナの足に弾は届かない。
私の弾は途中で消えた。
先ほど同じように別の弾が当てられたようだ。
スナイパーがライフルを2つ持っているか、もしくは2人でスナイパーをしているか………ああ、どっちにしても、気持ち悪い。
前者なら、1人で2つのライフルをミリ単位で動かしている。後者なら、2人ともミリ単位での狙撃が可能、ということになる。
そんな芸当なかなかできないわよ。
ホント気持ち悪い。
――――――でも、楽しいわ。
今までの相手は、私の足元にも及ばなかった。一方的に殺せるという点では楽しませてもらったけれど、それだけでは物足りない。
私が求めているのはギリギリの戦い。生死を彷徨うようなハラハラした状況で戦いを楽しみたい。
その点、エイダンと褐色男は戦場を経験したことがあるし、他の生徒よりも本物の“戦い”を知っている。知っている分、訓練に励んでいたはずだ。
だから、あの人たちは私と同じくらい強い。
普通の人なら、強い敵は嫌がるでしょうけど、私の場合はメインディッシュは強敵でないといけない。そうじゃないと、私が楽しめない。
――――――さぁ、もっと楽しませてちょうだいな。
とあることを確認するため、私はハンナを追いかけることを止め、立ち止まった。
もちろん、立ち止まった場所は、パラソルや机などの障害がある場所。
さぁ、どこから撃ってくる?
すると、どこからともなく弾が飛んできて、一つの弾が私の髪もかすめる。さらに銃弾の雨が降り注ぎ、イナバウワーからの後転、ドレスの一部が裂かれたものの無傷で回避した。
うまくかわせたけど、危うく頭を貫かれそうだったわ。どうやら、王子たちは、私を立ち止まらさせてはくれないようね。
でも、これで分かった。
同じ方向から、絶対に弾は飛んでこない。
スナイパーは2人いるわね。
屋敷の上に1人と、礼拝堂の方向ににもう1人。
たとえ、カイロスが失敗しても、仕留める準備はできていったってわけね。さすがよ、王子様。
「でも、なぜハンナが助けにきたのかしら――」
もしかして、「カイロスを犠牲になんてさせたくない」なんて思ったのかしら?
それは……彼女が考えそうなことね。ヒロインらしいわ。エイダンが止めなくはないけれど、多分押し通したのでしょう。
前を走る白ドレスの少女はカイロスを抱えたまま、屋敷の右の道へと走っていく。私も追いかけて曲がると、そこにあったのは大通り。
ここに入れば、エイダンたちも撃ってこない。
今がチャンス――――。
ハンナの足を狙うも、彼女はすぐに左に曲がって、小さな路地へと姿を消した。
まぁ、あんな狭いところに入って………鼠みたい。
カッカッカッと、自分のヒールの足音が響く。背後からも音が聞こえてきた。
足音じゃない。うめき声だ。
振り返ると、銃声に反応したゾンビたちが無我夢中で走っている。人間の肉を欲しているようだ。
彼らも警戒はしておくべきではあるけれど、距離的に心配はいらなそう。相手にするのも面倒だし、放置しておきましょう。
ハンナを追いかけ、私も小さな路地へと入る。
その路地は、広場の雰囲気とはまた異なり、様々な店が入り組んでいた。ペルシャのものような大きな絨毯や、精巧なガラス細工のランプに、色とりどりのお洋服があり、ヨーロッパというよりもアラブの商店街を感じさせる。
この商店街、何でも揃えれそうなぐらい商品があるわ。
だが、奇妙なことに夜にも関わらず商品は表に出しっぱなしで、店の明かりもつけっぱなし。まるで先ほどまで人がいたようだった。
ライトがあるのはそれはそれで、見通しはいい。
でも、この会場にこんな設定組み込ませたかしら………? ナアマちゃんには、灯りは最小限にしてとオーダーを出していたのだけれど、ミスかしら?
会場設定に疑問を抱きながら全力ダッシュしていると、前方を走るハンナから、にょきっと手が伸びる。カイロスの手だった。
その手は、近くにあった商品の絨毯を掴み、自分の方へと引っ張る。すると、絨毯はパタンと地面に倒いた。
ふーん。障害物で私の邪魔をするつもりね? でも、そのくらいのものは全然大丈夫。時間ロスは1秒もないわ。
絨毯の上を軽やかにジャンプ。道端に散らばった服に足を引っかけられることもなく、小さな背中に詰め寄っていく。
カイロスったら…………ホントバカ。
あんなトラップで足止めしても、意味がないのに。
どうしても、ハンナを生かしたいのなら、痛みに耐えて自力で走る、もしくは、自分が身代わりになってハンナを逃がすまでしてくれないと、私を止めるなんてことはできないわ。
そうして、ハンナと鬼ごっこをして、広場に戻ってきた時だった。屋根の上を走るスナイパーの影を見つけた。黒のシルエットで顔はよくは見えないが、確かにあれは私を追っている。
スナイパーに見張られ続けるのは、邪魔だわ。
さっさと消しておきましょう。
私は逃すことなく、右手の拳銃でスナイパーに発砲。同時に左手の銃口をハンナの足へと定めた。
パッ、パンッ――――!!
2つの拳銃が当時に音を響かせる。しかし、スナイパーをやった感覚はなかった。
「でも、こっちはビンゴね――――」
一方、ハンナには綺麗に命中。右脚に1発入った。
こちらが途中で止まったこともあり、彼女と離れてしまったが、しっかり目視で確認。ハンナはふらふらとふらつき始め、地面へ倒れ込んだ。
「ハンナ!」
抱えられていたカイロスもハンナとともに、地面に転がる。なんとも無様な姿だった。
今がチャンス––––––。
と、カイロスの頭に照準を合わせた時だった。
ダダダダダダダっ――――。
ゲリラ豪雨かのように、空から銃弾が降り注ぐ。急いで近くの服屋に転がりこみ、銃弾の雨から退避。幸い、一発銃弾が肩をかすめただけで、負傷はなかった。
この攻撃………1人のスナイパーでは無理だわ。
2人でも手足が足りない。
もしや、エイダンたちには、あの褐色野郎とカイロス以外に協力者がいるのかしら?
一時すると、銃声はパタリとやんだ。しかし、その時にはすでにハンナたちの姿がなく。
その後、私は小さな路地や大通り、屋敷に広場、礼拝堂以外の広場周囲の建物を確認したが、ハンナとカイロスに出会うことはなかった。
あの状況だと、カイロスがハンナを担いで逃げた。
その逃げ先はおそらく礼拝堂。
エイダンもそこに集まっていることだろう。
礼拝堂に行けば、彼らが待ち構えているのは明確だ。
別に正面突破で入ってもいい。
負傷しているハンナがいるし、彼らだって動きが制限される。
「でも、まずは……」
さっきから鬱陶しいかったあの
あれは私の邪魔をして仕方がないもの。
背負っていたスナイパーライフルを取り出し、そのスコープで周囲の屋根の上やベランダを確認する。だが、人らしい影はない。予測していた場所に行ってみたが、スナイパーの姿はない。
褐色野郎も礼拝堂に行ったのかしら。
ここからなら行ける。
屋根を駆け、助走をつけて、屋根のギリギリまで行くとタンっと左足で踏み込む。
「せいやっ――――!!」
そして、勢いよく飛んだ。
ドレスも傘のようにふわりと開く。
一瞬だけ羽が生えたように思えたけど、本当に一瞬だけ。すぐに重力が襲い、地面へと落ちていく。
私は左足を礼拝堂の窓ガラスの中央へと伸ばし、そのままそこへと突撃。窓ガラスは豪快に割れ、パリッンと音を響かせた。その勢いのまま、私はガラスの破片とともに、地面へと落ちていく。
その間にも、敵の把握と攻撃は忘れない。落ちていく体を回転させながら、左から右へと四方八方に目を動かす。
–––––––––だが、彼らの姿がなかった。
エイダンもハンナもいない。
あの褐色野郎とカイロスもいない。
代わりに見えたのは知らない男の影。
それは十字架の前にあった。
窓からの青白い月明かりが、ひっそりと落ちる幻想的なその空間。
そこに男はいた。
初め、男の顔は見えなかった。
分かったのは全体のシルエットだけ。
男はカツンと踵を鳴らして踏み出し、こちらに近づいてくる。
影しか分からなかった彼の姿。月明かりが照らされ、足元から徐々にあらわになっていく。
見えた彼の顔―――左半分には目を跨ぐ奇妙な模様のタトゥー。
この顔のタトゥー、知ってる………。
知ってるけど――――。
右手に持つ銃を彼に向ける。
だが、男の足は止まらない。
堂々とした足取りで進み、私との距離が2mになってようやく止まった。
水色と黄色で左右の色が異なる彼の瞳。
暗闇の中で光る双眼は、じっと私を捕える。
柔らかな微笑みを浮かべていた男だが、姿を現した途端、気持ち悪く口角をにひっと上げた。
「――――君のことをずっと見てたよ、アドヴィナ嬢」
長い白髪を後ろで1つの三つ編みにし、聖職者のような白い服を着ていたその男。
予想では、エイダンたちとつるむことはないと思われていたその男。
「さっき痛めた左足の具合は大丈夫かなぁ?」
きっしょいストーカー発言をする彼の名はセイレーン・ミスティリオン。
エイダンと同じ乙女ゲームの攻略対象者だった――――。
――――――
第10話は18時頃に更新します。よろしくお願いいたします。
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