第8話 地獄送り
パンっ――――。
鼓膜が割れそうだった。それぐらい大きな発砲音。
それは確かに部屋に響いた。
「…………」
だが、カイロスはまだ息をしていた。
一滴も血を流していない。
ま、そりゃあ、そうよね………………。
――――だって、私はトリガーを引いていないんだもの。
銃声が聞こえた瞬間、頭の上を何かが通った。
その風を感じた。
おそらく、銃弾が頭上を通過したのだろう。
その銃弾は背後から飛んできた。
ドアに背を向けていた私は、カイロスを殺すことに集中していた。だが、部屋に誰かが入ってくれば、絶対に気づけた。
師匠に特訓してもらったのに………気づかなかった、だなんて。
これは師匠にため息をつかれるかもしれない。
ごめん、
そんな私の警戒をかいくぐってきた相手は、気をカイロスと同じく隠密行動を得意とする相手。
だが、相手はあえて弾を外した。
足音を発さずにいなければ、一発で私を仕留めれたはずだ。私の注意を引くためだけに、相手は初発を使った。
どこのどなたか知らないけれど、随分とナメたマネをするじゃない――――。
銃弾が飛んできたドアに目を向ける。月明かりから遠いせいか、ドア周囲は真っ暗。目を凝らして、ようやく人影を確認できた。
その人影は身長はそこまで大きくない。レースのスカート部分が一部見えるため、相手は男ではない。男がドレスを着ていれば、分からないけれど、パーティーではそんなやつ見つからなかったから、あそこにいるのは多分女の子。
彼女、何か持っているわね……。
女の子は首から下を隠せるほどの大きな四角い何かを持っていた。
盾か何かかしら。
となると、それを持った上で、私に当たらないように、でも、『あなたを狙っている』ことには認知してもらえるように、彼女はこちらの頭上を狙って撃ってきた。
私のいる場所はドアからそこまで離れているわけじゃない。せいぜい10mだ。それでも、真っ暗なこの場所で、正確に狙撃できる人は限られている。
あのパーティー会場に銃器での戦闘経験のある女子はいなかったはずだ。もしかして、このゲームで化けちゃったのかしら…………それはそれで面白いわね。
カイロスの額に当てていた銃口を動かし、女の子を狙って一発撃ちこむ。だが、銃弾が命中した感覚はなく、その代わりにカキンっと金属に当たったような音がした。
「撃たないでください」
凛とした女子の声が人影の方から響く。
が、私は拳銃を持つ手を下ろさない。
撃たないで、なんて言われてもねぇ?
私はデスゲームの主催者で、ここはデスゲームの会場。撃たないという選択肢などない。まぁ、自死するというのなら、撃たないであげてもいいけれど。
「お断りしますわ」
もう一発足を狙って放つ。
だが、先ほど同じく金属音を発しただけ。
その一発を防ぐと、彼女は何事もなかったようにこちらに全力ダッシュ。
彼女の体が月明かりに照らされ、足元から姿が徐々に現れる。
可愛い花と大きなリボンがついた白のヒールパンプス。スカートは段々シフォンで、肩はランタンスリーブ、胸元は肌はあまり見せていない白のシンデレラドレス。私の喪服ドレスとは対照的で、穢れを知らないような真っ白なドレスだった。
ホント、ウエディングドレスみたいよね。
婚約破棄の時には、エイダンの近くにいるせいで彼女のドレスが嫌でも目に入った。だから、彼女のドレスをよく覚えてる。
――――乙ゲーのヒロインが直々、カイロスを助けにくるとは。
真っ白なドレスを着ていたのは、乙女ゲームのヒロインこと、ハンナ・ラッツィンガー。
今ではスカート部分が所どころ黒く汚れ、破れていた。戦う最中で汚れてしまったのだろう。
月明かりに照らされ、桃色の双眼がきらりと光る。
正義感に満ちた綺麗な瞳だった。
「アドヴィナさん! カイロスを離してください!」
1人で助けに来るなんて、さすが主人公。
その勇気にはスタンディングオベーションね。
勢いのままには来たのでしょうけど、無策ではないわね。ハンナ自身はバカではないし。
ハンナは前世を思い出す前の私とは非にはならないぐらい、頭もよく、いい成績をおさめていた。それを証明するように、彼女の簡単に折れそうな細い手には、5kg以上はありそうな分厚い盾。その盾には、先ほどの銃弾がのめり込んでいる。
今までの銃弾はあれで防いだようだ。
盾で防ぐのは賢いとは思う。
でも、その大型の盾をもち歩くなんて、化け物。
ゴリラよ、ゴ・リ・ラ!
一体どんなトレーニングをしてきたというの……。
私は左手でカイロスの首を締めながら、ハンナの頭に照準を定めてもう一発撃ちこむ。こちらの狙いを読んでいたのか、ハンナは盾の後ろに頭を引っ込めた。
彼女は怯まなかった。足を止めはしなかった。
なら、先にカイロスを殺してしまおう。
カイロスに銃口を向け、トリガーを引いた――――。
「させない!」
その声とともに、横からハンナが私にタックルし、押し倒す。こちらも負けずと、彼女を押し返し、照準を彼女の頭に合わせ発砲。
どこで覚えたのか知らないが、ハンナは右手に持っていた銃身で器用に弾をはじいた。そして、持っていた盾が倒してくる。私は力負けず押し返す。が、ハンナがさらにぐっと体重をかけてきて、私は盾の下敷きに。
この盾、5キロなんてものじゃないわ………30キロはあるんじゃないのっ!?
盾をのけようとしている間にも、ハンナは動きだしていた。彼女は撃ってくることはなく、カイロスに駆け寄り彼を抱える。そして、割れた窓へと走り出していた。
まずい。
このままだと、2人とも逃げられる。
せっかくの獲物を逃してしまう。
ハンナはエイダンの目の前で殺してあげようと思っていたけれど、ここで逃げられるのは嫌だ。
もう殺してやる――――。
盾をのけると、腰にしまっていた銃を取り、片眼をつぶって、ハンナに銃口を向ける。そして、左の指でトリガーを引いた。
「ハンナは殺させない……」
しかし、抱えられたカイロスに銃ではじかれる。ハッ、いつの間にか銃を拾ったのよ。
もう一発撃ちこむが、さっきの繰り返し。銃身ではじき返された。そして、2人はバルコニーへと繋がるガラスドアに突進。大胆にもガラスを割って策を超えてジャンプし、下へと落ちていった。
「っ――――」
2人を追いかけて、立ち上がろうとした瞬間、左足に痛みが走る。
こんな時に…………怪我……。
盾に下敷きにされた時にくじいてしまったのだろう。だが、私は痛みに耐え、一歩踏み出し大破損を食らったドアに駆け寄る。バルコニーに出て真下を見たが、2人の姿はすでになく、銃声音を聴いたゾンビたちで溢れかえっていた。
2人はそこまで遠くには行っていなかった。屋敷の1階に入りゾンビのエンカウントを避けるという手段はあるだろうに、彼女たちはあえて広場を駆け抜けている。ゾンビが追ってきても、障害となってくれそうなパラソルの中を駆け抜けていた。
ハンナがあんなに戦闘力の高い子だったなんて…………。
割れた窓から風が吹き、私の銀髪を揺らす。
随分と冷たい風だった。
だけど、体は暑い。奥底から、沸々熱を感じた。
これまでは難なく殺せた。じっくり悲鳴を堪能する余裕はあった。
でも、ハンナたちは私にそんな余裕は与えてくれない。一呼吸置くことすら、許されない。
デスゲームが始まる前は、戦力があり過ぎて、つまらないゲームになるんじゃないかと思っていた。
だが、それは間違い。
彼女たちは私と同等。
全然戦えた。
ほんと、彼女たちがここまで戦えるなんて。
――――――最高だわ。
「うふふ………アハハっ!!」
敵を逃したのにも関わらず、悔しさよりも楽しさを感じた。自然と笑みが漏れていた。歪んだ笑みだろうが、そんなことはどうでもいい。
「アハハっ!! これまた随分と楽しくなってきたじゃないの!!」
あの子たち全員は絶対に殺したい!
死にやる時には、最後の言葉なんて残させない!
大切な人を目の前で殺して、絶望の底に落として、どうしようもない苦しみを与えて――――そのまま地獄へ送ってあげるわ!!
「だから、待っててちょうだいなっ!」
私が絶対に殺してあげるから――――!
そうして、私は乙ゲーのヒロインを追いかけ、拳銃を右手に窓から飛び降りた。
――――――
明日も2話更新です。第9話は7時頃更新いたします。
よろしくお願いいたします(`・ω・´)
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