第7話 もう家族じゃない

「なんで僕らをこんなゲームに巻き込んだの――――ねぇ、姉さん」


 姿見鏡の中に映る、私と灰色髪の少年カイロス。

 本当の姉弟ではないし、遠い親戚だったのだけれど、それでも顔は似ていた。


 …………でも、こんなに険しい顔をしていたのかしら。


 カイロスははっきり言って童顔。笑みを見せれば誰もが虜になりそうなぐらいチャーミングな顔をしている。だが、鏡に映る彼は可愛らしさなんてものはなかった。


 ただ冷たい水色の瞳で私を睨んでいた。


「ねぇ、なんで僕らを巻き込んだの?」


 そんなの決まっている。

 あなたたち全員を殺すため。

 だけど、私はあえて答えを言わなかった。


「さぁ、なぜだと思う?」

 

 鏡越しの彼に笑って問いかけると、カイロスの眉間にガっとしわが増えた。


 深い皺ねムカついちゃった? 

 あらぁ………私ったら、煽っちゃったかしら?


「僕らのことが嫌いだからか」

「ええ、そうね。半分はそれだわ」


 残りの半分は別の理由があるけれど、それは話してあげない。今言ったところで、冗談だって思われるだけだろうから。


 気づかれないように、右手に持っている銃口を背後の彼にゆっくり向ける。


 すると、後ろからカチャりと音がした。その音と同時に、背中に金属のような堅いものが当たる。

 

「勝手に動かないで。動けば、撃つよ」


 いつも気弱な義弟カイロス。

 彼はもう別人だった。


 彼は散々怖がって避けていた私を銃で脅していた。


 デスゲームというとんでもない状況を作れば、誰かは気が狂うと思っていた。

 でも、まさかカイロスが成長してしまうなんて、予想外。


 ああ…………楽しいわ。


「じゃあ、さっさと撃ってちょうだいな? 私は撃たれる覚悟はゲームを始めた時からあるの」


 なかったら、デスゲームはしていないだろう。

 度胸も、力も、なーんにもなかったはずだから。


 だが、カイロスは黙ったまま。

 憎悪に満ちたアイスブルーの瞳で、キィとこちらを睨んできた。


「…………持ってる武器を、全て床に落として」

「殺せば、武器を奪えると思うけど?」

「しゃべってないで、早く捨てて」


 私は仕方なく彼の言う通りに、手に持っていた銃と、背負っていた鍬を地面に置く。


「服の中にあるのも全部だ」

「…………えー、服の中に武器なんて入れるわけないじゃない」

「しょうもない嘘をつかないで。早くして」


 カイロスは顔を歪め、鏡越しに私を睨んできた。


 ふーむ………。

 これは茶化していても仕方ないわね。


 私はドレスをめくりあげ、隠していた拳銃を太ももから取る。大胆にも太ももがあらわになり、下着が見えるか見えないところギリギリまで上げる。

 

 その瞬間、カイロスは少し視線をずらした。私はその瞬間を逃さなかった。


 素早く振り返り、カイロスが持つ拳銃を持つ。それをそのまま、下に向けて。


 グキッ――――。


「あ゛ぁ!! う゛あぁ――――!!」


 トリガーのわっかに引っかかった彼の人差し指を折った。


「あららぁ、こんなトラップで動揺するなんて……カイロスも思春期男子だったのね」


 全くお姉ちゃんで考えちゃうなんて、とんだおませさんだわ♡

 そのままカイロスの銃を取り上げ、そのまま後ろの腰にしまった。


 地面に落とした銃も拾っておかないと――――。


 しゃがみ込み、足元の拳銃に手を伸ばす。それを右手に持って、もう一つの銃も探す。もう1つの銃はカイロスが手を伸ばしていた。


 とらせない――――。


 カイロスが奪う前に、私は足を延ばし銃を蹴る。銃はシュルシュルと音を鳴らして、地面を滑った。

 

 歯を食いしばって必死な顔のカイロスはスライディングで銃を取り、即座にこちらへ銃口を向けた。私も彼に銃を構え、お見合いの形となった。


「撃てるの? 度胸のないあなたに?」


 義弟はいつも度胸がなかった。

 無口でろくに会話ができない。

 友人も1人もいなかった。


 ――――だが、ハンナと出会って彼は変わっていた。


 無口だったはずが一変、別人のように話すようになった。自分からハンナに話しかけるようになった。接点がほぼなかったエイダンやベンジャミンたちとも友人になった。


 主人公に出会って成長する――――乙女ゲーらしい展開だった。

 ハンナのことになると、どんなことだってできるようだった。

 それはきっと恋の力のおかげなのだろう。


「僕は姉さんがゲームを止めるんだったら、殺さない」

「止めないわ」

「じゃあ、殺すよ」


 私は銃口を向けたまま一歩進み、彼に近づく。

 でも、カイロスはトリガーを引かない。


 さらに一歩近づく。

 それでも彼は撃ってこない。


 ああ…………バカね。ホントおバカよ。


「そんなあなたに殺人なんてできるわけない、で、しょっ!」


 私は寝そべったままの彼のお腹に蹴りを思いっきり入れる。その拍子にカイロスの銃のトリガーが引かれるが、発砲音がしただけ。かすりもしなかった。


 蹴られたカイロスの体はベッドの枠にぶつかる。その拍子に、彼の持っていた銃が床に落ちる。それでも、彼の弱々しい手が銃へと伸びる。


 だが、取る前に、私はその銃を奪いとって、太ももにしまった。


 そして、痛みでもがく彼のお腹をもう一度蹴り、手を踏み、顔を叩いて、暴力で彼を苦しめる。何度も、何度も、何度も―――………。


 カイロスが弱り果てたと分かると、私は彼の髪を乱暴に掴んだ。


 無理やり顔を上げさせると、彼は「う゛ぅ」と苦しみの声を漏らす。無様な彼の額に銃口を押し付けた。

 

「ほら、あなたには人殺しの技術も度胸もないのよ――――」


 姉とも家族とも認識していないくせに、それなのに殺せないだなんて……あなたを度胸無し以外になんて表現すればいいかしら?


 姉だからって、躊躇う必要はない。

 デスゲームなんだから、殺すのなら殺せるうちにやっておかないと。


 ――――私だったら、煙突で出会った時にっていたわ。




 ★★★★★★★★




 私の義弟――――カイロス・サクラメントは、アドヴィナがエイダンと婚約したと同時に、私の代わりに次期当主として、サクラメント家にやってきた。


 私と彼は遠い親戚。度々会うわけではなかったが、彼が来る前から面識はあった。


 だが、アドヴィナは彼を嫌っていた。気味悪がっていた。


 理由は、彼は何よりも無口だったこと。

 挨拶をしても、返ってくるのは震えた小さな声。

 こちらが話しかけても、会話が弾むことはない。


 前世の記憶を思い出すまでのアドヴィナは、その口数の少なさに苛立ち、彼に対して嫌悪感を抱くようになった。また、時より酷い言葉も言い、蔑むような発言もあってか、姉弟の仲はいいとは言えなかった。


 前世の私はエイダンこそ嫌いではあったが、カイロスは好きな方………というより、推しキャラ。無口なところは魅力的だと思うし、転生した後は話していけば分かり合えると思っていた。


 だけど、実際のカイロスは私を許してくれなかった。


 前世の記憶を思い出してからは、私はこれまでの行動についてカイロスに謝った。丁寧に謝罪し、ハンナにも嫌がらせなんてしないと彼の前で誓った。


 しかし、謝罪しても、彼の態度が変わることはなく、学校はもちろん家でも口をきくことはなかった。

 

 カイロスは明確に私を避けていた。

 

 アドヴィナのこれまでの彼に対する態度は悪かったと思う。過去の自分を恨んだ。すぐには彼と普通の姉弟にはなれないことぐらい分かっていた。


 ――――だが、前世の記憶を思い出して2ヶ月が経ったある日のこと。


 珍しく、私の部屋にカイロスがやってきた。謝罪を受け入れてくれたのだと、私は期待していた。

 

「なんでハンナをいじめるの? あの謝罪は嘘だったの?」


 だが、期待とは真逆のものだった。

 カイロスはなぜか身に覚えのないハンナへのいじめについて問い詰めてきた。


「何を言っているの、カイロス。私はハンナさんに謝った日から、ずっといじめなんてしないわ。関わってもないの」


 真実を言ったつもりだったが、なぜか彼の瞳は鋭くなっていく。

 

「そう………姉さんはそう言うんだね」


 とだけ言って、カイロスは部屋を去っていた。


 

 

 ★★★★★★★★




 左目を隠している灰色の前髪。


 髪を引っ張り上げたことで、彼の両目があらわになり、私は初めて彼の左目を見る。水色の両目は涙ぐみ、きつく私を睨んでいた。


「痛いわよね……怖いわよね……」


 でも、私もそれは一緒なのよ。

 苦しくてつらかったのよ。


 結局、あなたは何も確かめないまま、エイダンの言うことを全て信じた。私の意見は信じてくれなかった。婚約破棄の時、あなたは私がいじめをし続けていたと、エイダンの後ろで頷いていた。


 もう、あなたは私の弟じゃない。

 好きよ。好きだけれど…………もう家族じゃない。


 前世の時に好きになった………ただの推しキャラってだけよ。


「さようなら、私の大好きな人――」


 そして、別れの言葉を告げた後、部屋にパンっと1つの銃声が響いた。

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