第6話 鏡と油断

 ヴァンデライたちを倒した後も、私は途中で数えるのが面倒くさくなるぐらい、何人も殺した。だが、一向にエイダンやハンナに会うことはなく、乙ゲーメインキャラの顔を一度も見ることはなかった。


 はぁ~、誰か1人ぐらいは地獄に突き落としたいのだけれど……。


 メインキャラの男どもは、もれなく全員ハンナが好き。もし、スタート時点でいくらバラバラになっていたとしても、彼らは集まって、塊となって動いていることだろう。


 だから、彼らのうち誰か1人でも見つければ、エイダンを見つけるのは容易にはなるのだけれど……。


 走っていると、前に見えた煙突に私は目を留めた。同時に足も止まる。


 今までにも屋根を走っていれば、煙突に出会うことはあった。というか、この道中何度も見つけた。家に1つは煙突があったし………。


 気になったとはいえ、目の前の煙突に違和感はない。至って普通のレンガ煙突だ。ただその煙突の裏からただならぬ気配を直感的に感じた。


 この先に人がいるわね……。


 すると、雲に隠れていた月が姿を現す。その月光のおかげだろう………私を待ち構えている相手はアホなことに、月明かりによりできた陰で、自分の存在を示していた。


「ねぇ、あなた、バカなの? そこにいることぐらい分かるわよ」


 そう問いかけるが、相手からの返事はなし。ただ風の吹く音だけが耳に入る。

 

 返答を待ちくたびれた私は、靴を脱いで足音を消し、鍬と当たって音をが鳴るスナイパーライフルをその場に置く。拳銃だけを持って、煙突の影の中を歩き、敵の動きを確認しながら近づいていく。そうして、横から襲い掛かろうとしたその瞬間。


「ん?」


 ロープがこちらに飛んできた。その投げ縄のわっかは私の体を捕らえる。


 でも、こんなことでやすやすと捕まる令嬢ではないのよ――――私は。


 首で絞められることがないよう、ロープをあえて下へと移動させ、手を自由にさせた。ロープが引っ張られ、体は敵へと寄せられる。右手を鍬に持ち替え、鍬を振って、綱を引きちぎった。


「チッ――――」


 切られることが想定外だったのか、ロープの向こうから大きな舌打ちが響く。


 縄を切った勢いのまま、私は走り続け、鍬を持つ両腕を後ろに大きく振りかぶる。そして、男の首を狙って鍬を振った。しかし、男に後ろへとバク宙で回避され、鍬の攻撃は当たることはなく。


「…………」


 銃で狙うもその弾が男に当たることもなく、無言の彼はムカつくほどかっこよくバク宙を決めながら地上へと飛び降り、逃げていった。だが、彼を追いかけることはしなかった。


 追跡したいところではるが、まずは態勢を整えてから。置いてきたスナイパーライフルを回収しないといけないし。


「…………それにしても、あの男は一体何がしたかったのかしら?」


 私を殺すにしても、別にロープで拘束しなくても、銃で撃てばいい。銃で殺す方が確実で、簡単だ。


 まぁ、でも、拘束する理由としたら、デスゲームを終わらせたくて交渉をしてくることぐらいしかない。なのに、あいつはしゃべろうとはしなかった。彼の発した音は舌打ちぐらいだった。


「本当に何がしたかったのよ………」


 男の不可解な行動の意味を考えながら、私は引き返そうと翻る。一歩踏み出した瞬間、素足の裏にざらつきを感じた。下を見たが罠のようなものはなく、落し物もなかった。


 ただ真下にあった瓦は他のとは少し違って………。

 

「YOUR DEATH GAME IS OVER……?」


 複数枚の瓦に渡って書かれた乱暴な赤文字。

 それを読み上げた瞬間だった。


「――――」


 横から光が視界に入る。一瞬キラリと輝いていた。遠くの家の部屋の中から見えた小さな光だった。

 

 あの光は――――。


 光の正体に気づき、私はとっさに体を傾かせる。


「っ!!」


 だが、飛んできた弾丸が耳と肩の間を通り抜け、髪が少しちぎられる。反射的に私は発砲された方向とは反対側の屋根に身を潜め、置いていたスナイパーライフルを取って、敵に3発撃ちこむ。光が見えた窓へと撃ち込んでみるが、銃声や窓ガラスが割れる音以外は何も聞こえてこない。


 どこのどいつか知らないが、この私に遠距離攻撃を仕掛けてきた。なるほど………あのローブの男は私を定位置に立たせるためのただの囮だったわけか。


 こちらの意識を逸らすために、あえてロープで捕まえようとしたり、瓦に文字を書いたりしていたのだろう。ロープで捕らえるぐらいなら、銃で撃ってくればいいのにとは思ったが、作戦自体は案外悪くない。文章は安易すぎるけど。


「きっと相手はあの人ね……うふふ」


 狙われているにもかかわらず、私は笑みを漏らしてしまう。


 思い込みは激しいものの、あの人は戦においてはバカではない。戦場には限定されるが、頭の回転はそれなりに早い。


 エイダン――――彼はもうすでに最初の狙撃場所から移動していることだろう。


 となると、私も動いた方がいい。敵が近づいているかもしれないわ。


 鍬を背中に担ぎ、手に拳銃を準備。

 そして、私は狙撃してきた方向とは逆の通りへと降り立ち、狙撃してきた敵がいる部屋と向かった。




 ★★★★★★★★




 先ほどのローブの男を警戒しながら、私は近くの家へ窓から侵入。部屋から部屋と移り、敵がいたであろうあの部屋へと向かった。壁で進めなくなれば、外へと移動し、またベランダから家の中へ入る。それを繰り返した。


 もちろん移動中は敵への警戒は怠らない。常に銃を構えていた。


 だが、家の中で彼らと鉢合わせになることはなく、他の人に出会うこともなし。

 人1人いないくせに、生活感はある部屋を進んでいく。


 たまにゾンビがいる部屋に入ることもあったが、音を鳴らさず彼らから離れた。また、移動の途中途中で外の様子も窓から窺う。2階を移動していることが多く、また窓のほとんどが広場に面していたため、上から広場の状況を確認できた。


 その広場はスタート地点のものよりもずっと広い。豪華な噴水に、近くには大きな時計塔が見える。広場を挟んで現在地点の反対側には、夜なのにも関わらず白さが目立つ礼拝堂らしき建物があった。だが、人の姿は見当たらない。ゾンビが数匹いるぐらい。


 エイダンたちは目立つ広場を避けて、移動していることだろう。彼のことだから、大胆に広場を通る可能性もなくはないけれど。たぶん。


 とりあえず、敵がいた部屋近くには行こう。

 

 そうして、途中までは私は家の中を歩いて進んでいたが、標的がいた場所近くまで来ると、屋根の上に移動。周囲を警戒しながら、その家を観察した。


 先ほど狙われた煙突があった場所は広場の北側。一方、彼らがいた家は西側。南にはあの綺麗な礼拝堂がある。


 広場に面しているし、さぞかし名高い貴族が住んでいたという設定で作られているんでしょうけど……これは立派過ぎるわね。街中にあるような家ではないわ。


 エイダンたちがいたと思われる家――――いや、屋敷はかなり大きかった。先ほどはヨーロッパの街並みとして普通にありそうな、マンションのような小さな家が密集していた。


 だが、その屋敷は逆で、広大な敷地に1つの屋敷が建っていた。

 

 見るだけで分かる。部屋数を数えるには、人間の手の指だけでは足りない。足の指を使っても足らないだろう。


 うーん。家の横幅だけで、400m走が直線でできてしまうわ。


 だが、アドヴィナの実家――サクラメント家も似たような広さだったため、そこまで驚きはしない。屋敷を眺めつつ、周囲を見渡していると、広場とは反対側―――家の裏側には、テニスコートよりも少し広い中庭があった。庭の中央に設置された街灯が、オレンジの明かりを静かに灯していた。


 そこに人がいる気配はない。待ち構えている様子もない。エイダンはもう逃げたのか……それとも、部屋の中で私を待ち伏せているか。


 待ち伏せていても、私が動かないわけにはいかない。待っていても、彼は永遠に来ないから。だから、私が迎えに行って、地獄に落としてあげないとね。


 屋根から最上階の3階の窓へと移動。鍵は掛かっていなかったので、静かに窓を開けて侵入した。架空の世界とはいえ、不用心な家ね。


 大胆に正面の玄関から向かってもよかったのだが、エイダンたちにはできる限りサプライズをプレゼントしてあげたい。


 入った部屋に明かりはついておらず、真っ暗。だが、窓からそっと差し込む月明かりのおかげで、部屋の状況を確認することができた。


 …………ここは書庫か何かかしら。


 見渡す限り、本、本、本。壁には天井まである本棚があり、全ての棚に本がぎっしりと置かれている。私が侵入してきた窓近くには机があり、そこにも本の山ができていた。机の中央を見ると、そこにだけ本が見当たらない。ペンと紙、インク瓶がそっと置かれていた。


 思えば、インクの香りがほんのりとする………落ち着く部屋ね。


 本の量はハンパないけれど、ここは書庫じゃなくて、書斎だったかも。いいわね。私もこんな書斎ほしいわ。あの方に今度おねだりをしよう。


 その書斎に荒らされている様子はなく、人が出入りした様子もない。

 

 ここにはいなさそう……一度も足を踏み入れていないようだわ。


 念入り確認した私は、廊下に繋がるであろうドアに手をかけ、ゆっくり開ける。敵が待ち構えていないか確認しながら、退室し廊下へと出た。


 廊下には西側に大窓があり、隣にある中庭を一望できた。今いる場所に明かりがないためか、月光に照らされた中庭は、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 永遠に眺めていられるほど美しい景色ではあったが、ここは敵地。数秒見入ると切り上げ、赤いカーペットの上を、足音を鳴らさないよう静かに歩いていく。

 

 物音はしない。声も聞こえない。

 もしや、エイダンは本当に逃げてしまったのだろうか……?

 

 うーん。誰か1人は待ち伏せしていると期待したのにな………。

 

 心中がっかりしながら、スカートを揺らして階段を下りていく。2階の廊下もやはり静かで、誰も出会わない。ゾンビすらいなかった。


 この階の部屋のどこかに、割れた窓がある。それがある部屋が、エイダンたちの潜伏場所だろう。まぁ、すでに逃げられているかもしれないが………痕跡ぐらいは確認したい。


 一つずつ他の部屋を確認していくが、割れた窓も人影もない。最終的には屋敷の隅の部屋に辿りついた。階段からも一番離れている部屋だった。

 

 両開きのドアを開くと、待っていたのは豪華絢爛な家具たち。入り口に向かって、右側には天蓋付きベッド、反対側には暖炉、装飾がきらびやかな椅子と机があった。


 肝心な窓はどうかしら……。


 一番奥に視線を移す。すると、そこにはすっかり割れてしまった窓ガラスがあった。床に窓ガラスの破片が散らばっており、差し込む青白い月光がガラスを美しく照らしていた。


 やっぱり、ここで私を狙ったのね。人の姿はないし、もう移動したのだろうけれど………物とかは落としていないかしら。


 エイダンがいた跡を確認しようと、私は部屋の奥へと進んでいく。

 だが、その途中で足を止めた。

 止めてしまった。


 私の目を留めた、バラの花と蔓の金装飾が精巧な大きな鏡。姿見用なのか、自分の身体全体が映っていた。


「…………」


 だが、鏡に映るのは私の姿だけじゃない。

 後ろにはローブを着た男がいた。

 先ほど煙突で接触してきた相手だった。


 気づかなかった。

 気配すら感じなかった。

 完全に私の失態だった。

 

 こんなことではあの人に怒られてしまうわ……。


「先程もお会いしましたけど、あなたはどこのどなた?」

「…………」

「あの………お名前ぐらい教えてくださいません?」

 

 彼は黙ったままだったが、左手で被っていたフードをめくった。


「なんで僕らをこんなゲームに巻き込んだの」


 私たちを映す鏡。

 そこにあったのは知っている顔だった。

 知らないはずがなかった。


「――――ねぇ、姉さん」


 背後にいたその男。

 それは、私と同系色の青眼を持つ義弟だった。



 ――――


 明日から12月30日まで2話更新です。第7話は7時頃更新いたします。

 よろしくお願いいたします(`・ω・´)

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