第5話 さようなら

 ああ………これ以上は弾の無駄遣いね。


 狙撃を止めると、倒れた机からそっと顔をのぞかせるヴァンデライ。街頭に照らされてキラリと光る彼の緑の瞳は美しく、鷹のように鋭い。瞳の奥に怒りを感じた。


 うーん、いいわね。とってもいいわ。

 そのまま怒りに身を任せて、戦ってほしいところだけれど……。


「もう撃たないから、出てきてちょうだいな。ヴァンデライさん」


 私は優しい声を彼に投げかけ、持っていた拳銃を地上に捨てた。


 その音でこちらが武器無しと判断したのだろう、ヴァンデライは警戒をしながらもそっと姿を現す。倒れた机の影から現れた彼はまだゼフィールの遺体を抱えていた。


「なぜ………なぜ彼を殺したッ!?」


 広場に響く怒りの声。いつもの穏やかさはどこにいったのやら、ヴァンデライは怒り満ちた声を上げていた。


 私は彼の問いに答えることもなく、逃げることもなく、そのまま立ち上がる。ヴァンデライ以外の美男美女さんたちは私に警戒して銃を構えた。


 だが、ヴァンデライ――彼だけは苛立っているくせにゼフィールの死体を抱えたまま、私に銃口を向けることはしなかった。


 空を見ると、雲の後ろにいたお月様が私たちを覗いている。風が強くなり、雲が過ぎ去っていき、月が姿を現す。青白い月光が私を照らす。


 ようやくそこでヴァンデライの目がカッと見開いた。


「――――ねぇ、ヴァンデライさん。私と遊んでいただけませんこと?」

 

 私は3階から飛び降り、クルクルと宙返り、着地。そして、先ほど落とした銃をこっそり拾い、ヒールをカツカツと鳴らしながら、ヴァンデライの所へと歩いていく。


「アドヴィナ嬢……」

「ご機嫌麗しゅう、ヴァンデライさん」


 敵がデスゲームの主催者と分かった美男美女さんたち。彼らは一層警戒心を強め、私に銃の照準を合わせる。だが、ヴァンデライはなぜか手で制し、止めさせた。

 

 ほんの数十秒前までは、怒りに満ちていたヴァンデライ。しかし、先ほどとは一変し、眉間にできていた皺も消え、彼は普段通りの柔らかな微笑みを浮かべていた。


「アドヴィナ嬢、僕たちは殺し合わないよ」

「そう言われましても、これはデスゲーム。殺し合わない限り、ゲームは終わりませんわ」

「ああ……だから、主催者の君に提案したいことがあるんだ」


 ヴァンデライはゼフィールの死体をそっと地面に寝かせる。彼の白いジャケットはゼフィールの血で赤く染まっていた。


「こんなゲームはやめよう。僕たちのためにも、君のためにも、誰のためにもならない」

「何をおっしゃいますの。あなたたちのためにはならなくても、のためにはなりますわ」

「……『私たち』? もしかして、君は誰かに操られているのかい? それなら、僕が助けよう」

「助けなんて必要ありませんわ。私は自分の意思で動いてますの」

「つまり、君自身が望んで、デスゲームを開いたというのもかい?」

「ええ」


 迷いなくはっきりと答えると、ヴァンデライは下唇を噛み、眉間に皺を寄せた。でも、それはゼフィールのことを思って悔しんでいるのではないと分かっていた。


 ああ………彼は間違いなく私に腹が立っている。


 餌を横取りされたのも同然だから、苛立つのは仕方ないだろう。というか、彼の怒りを買うために、ゼフィールを殺したのだけれど。


 ヴァンデライはいくら苛立っても、それを表には出さない性格の男。残った美男美女さんたち獲物を守ろうと、デスゲームの中止を訴えてくるはず。


 だが、彼の口から出てきたのは「やめよう」という言葉ではなく………。


「僕も全部を知っているわけではないけれど、話を聞く限りエイダン殿下の関心はいつもハンナさんだった。アドヴィナ嬢、君はエイダン殿下を憎んでいるのだろう。憎しみのあまり、ハンナさんへのいじめをし続けていたんだろう?」


 ヴァンデライは私を同情していた。私のことを全て分かったような顔をしていた。


 …………憎しみは確かにある。


 いじめをしていないのにも関わらず、エイダンから人でなし扱いされた時には、強く深い恨みを持った。無視する奴ら全員が憎かった。


 だからこそ、私はデスゲームを開いた。私に刃を向けた全員に復讐をするために。


「ヴァンデライさん、『いじめをし続けていた』というのは間違いですわ。嫌がらせなんて、1年前からはしていませんわ」

「え? でも、殿下は君がハンナさんをいじめていったって……」

「あれは殿下の思い込みです。1年前まではハンナさんに大変失礼なことをしてしまいましたが、謝罪してからは何もしておりませんの」


 そうは言ってみたものの、ヴァンデライは私の言葉を信じ切れず、訝しんでいる。


「ヴァンデライ、信じないで! 嘘を言っているかもしれないわ!」


 安全地帯にいた1人の美女さんが叫ぶ。だが、ヴァンデライは彼女の方には向かなかった。私をじっと見つめていた。

 

「ねぇ、アドヴィナ嬢」

「はい」

「君は……本当に1年前からはいじめをしていなかったんだね?」

「はい。しておりません」


 私は笑うことなく、堂々と答える。

 すると、ヴァンデライはこちらに右手を差し出して言った。


「なら、デスゲームをやめて、僕と一緒に殿下に訴えよう」


 ああ……。

 その言葉を1年前に聞いていたら、デスゲームはしていなかったのかもしれない。


「『自分はいじめなんてしていない』って。十分な訴えがあれば、殿下も理解してくれる」


 例え、クソ男だったとしても、彼の手をちゃんと取っていたのかもしれない。


「僕が力になるよ」


 ――――――だけど、今更だ。

 私の決意は固まっている。それが揺るぐことはない。

 

 夜空を見上げ、目を閉じ大きく息を吸いこむ。昂る感情を抑えようと、落ち着かせる。


 ああ……狂ってしまいそうだわ……何とかして演技スイッチ入れなきゃ……。


 落ち着かせると、私はヴァンデライに営業スマイルをして見せた。


「あなたが協力していただけるのなら、このデスゲームは中止にしましょう」

「………え、本当かい?」


 信じられないのか、ヴァンデライは目を見開いていた。安全地帯で待機している他の子も、驚きが隠せないのか口をあんぐり開けている。ああ、なんて滑稽な顔なの。


「ええ、ヴァンデライさんの熱烈なスピーチを聞いて、少し気が変わりました」

「………そ、そうか! それはよかったよ! じゃあ、さっそくエイダン殿下に会いに行こうか!」

「はい。あ、でも、その前に………私と握手をしていただけませんか?」

「握手?」

「ええ。先ほどは手を差し出していただいたのに、私としたことが無視してしまったので、よかったらと思いまして」


 そう言うと、意外にもぱぁと目を輝かせるヴァンデライ。


 さらに、警戒が薄れるよう、私は安全地帯に2つの銃をシャーと転がし、両手がフリーにする。そして、ヴァンデライに近づき、右手を差し出した。


「君が意外と話しやすい人でよかった」


 ――――ああ。これだから、見せかけの平和主義な人間は反吐が出る。


 と思いながらも、私は彼の右手を取り、握手を交わす。照れながらも微笑みを見せると、彼も笑い返してくれた。


「アドヴィナ嬢?」


 でも、いつまで経っても、私は彼の手を離さなかった。

 ぎゅっと彼の手を握りしめたまま、ずっと笑っていた。






 ――――心の底から、この男のマヌケさに笑っていた。






「ねぇ、ヴァンデライさん。知ってましたか? アドヴィナ・サクラメントって左利きなんですよ」

「え?」






 左手に隠し持っていた拳銃――――この拳銃は腰に隠しており、ヴァンデライと話している間に左手に取って準備していた。


 左手は美男美女さんの死角となっていたし、ヴァンデライにも見えないようにしていた。だから、こうしてその銃口をヴァンデライの額に当てるまで、彼は気づかなかったと思う。


 銃を持つ左手利き手なら、照準がぶれることはない。どんな距離だろうと、どんな相手だろうと、正確に放てる。


 ヴァンデライは銃の存在に気づくと、空いている左手で銃を掴み、銃口を自分から背けさせる。私は捕まれた銃を上から下へと振り下ろし、手を振り落とした。そして、彼が体勢を崩した隙を逃さず、私はヴァンデライと握手をしたまま。


「待って、アドヴィ――」

「さようなら、変態さん」


 トリガーを弾き、迷いなく額のど真ん中に撃ち込んだ。目の前のヴァンデライの額に弾丸の穴が開き、彼の血が私の顔や服にぴしゃりとつく。


「ゔあ゛アァ゛!!」


 右手を離すと、ヴァンデライは頭を抱えて地を引き裂くような悲鳴を上げ、ぱたりと倒れ込んだ。仕留め損ねた場合に備えて、銃を構えるが、彼が起き上がってくることはなく………ヴァンデライは静かに息を引き取った。


「うふふ………うふふっ!! あははアぁ~~!! こんな近くで脳天綺麗に貫いちゃったぁ~~!! 久しぶりすぎて気持ちいぃ!!」


 興奮のあまり、叫びながら両手を広げ、空を見上げる。上には最高の星空が広がっていた。星々が煌めいていた。


 …………ああ。

 やっぱり目の前で殺すのが一番ね。

 相手の血を浴びるの最高だわ。


 でも、落ち着かなきゃ。

 ヴァンデライを殺して終わりというわけではない。まだやることはある。


 深呼吸をして心を落ち着かせると、射止めた相手に向き直る。


 屍となった彼の瞳はかつての輝きは失い、真っ白い肌も赤い血に染まっていた。足元には徐々に血の海が広がっていく。だけど、私は気にせず、そのまま血だまりの上にいた。血の香りが最高だった。


「あんたッ! な、なんで……なんで! ヴァンデライを殺したの!」


 そんな叫びが安全地帯から聞こえた。見ると、1人の美女さんが眉間にしわを寄せ、こちらを睨んでいる。


「なぜって、あなたがどうしようもない変態さんだからよ。あなたたちもそれは分かっていたんじゃなくって?」

「…………」

「私がいてよかったわね。もう、あなたたちはヴァンデライの奴隷ではないわ」

「はぁ? 何言ってんの!? 私たちは奴隷なんかじゃないわよ!」

「いいえ、奴隷よ。厳密に言えば、性奴隷かしら……でも、もう大丈夫よ。あなたたちは解放されたわ」

「は? だから、私たちは奴隷なんかじゃ――」


『安全地帯の滞在時間が5分となりました。今から、安全地帯に入っても、無敵状態とはなりませんのでご注意ください』


 美女さんが反論していた途中で、ナアマちゃんのアナウンスが流れる。


 そのアナウンスを聞き、私は笑みが漏れる。

 その笑みは純粋な乙女の微笑みなんかではないだろう。

 きっとは私は悪女の微笑みを浮かべているのだろう。


「――――さて始めましょうか」


 私は安全地帯に向かって走り出し、ヴァンデライを屠った拳銃で一番手前にいたイケメンさんの胸に一発打ち込む。だが、すぐには倒れてくれない。とどめに、もう一発頭を撃った。


 そして、安全地帯に侵入。信用させるために捨てていた銃を拾い、2つの銃で、パンパンと連続で撃ちこみ、金髪美女さんと黒髪美女さんを逝かせる。


 生き残っていた美男美女さんたちは遅れて私を撃ち始めたが、こちらに彼らの弾は届くことはなく、届く直前で弾は消えていた。


「え? 今の当たったはずよね?」

「おい! なんで殺せないんだ!」


 うふふ…………そんなこと、当たり前でしょう?

 だって、私、今安全地帯に入ったんですもの。


 アナウンスの通り、相手は安全地帯に5分以上滞在したため、無敵状態は切れている。一方、私はイケメンさんを葬った後、初めて安全地帯に入った。当然私に放たれてた弾は無効化となる。


 それに気づいたのか、美男美女さんたちは私から離れようと走り出す。

 

 時すでに遅し――――私は安全圏で淡々と彼らを1人1人撃っていく。トリガーを引く度に、ぱたりぱたりと倒れていく。


 意外なことに気弱そうな1人の女子だけ、上手く狙撃から避けていた。でも、銃声を聞いたゾンビが集まり、行く手を阻まれ、少女は逃げ道を失う。懇願するような涙目で見てきたけど、私は躊躇なく撃った。


「デスゲームで殺し合わないなんて、バカな真似は止めてちょうだい」


 殺さないなんて、デスゲームでもなんでもないわ。ただの殺しのない遊びになってしまう。


「殺しのない遊びなんて………世界一つまんないでしょぉ?」


 だが、先ほどまで話していた相手はすでに屍。誰も返事はしてくれない。もう私の声は届いていなかった。


 そうして、一時して、銃声を聞いたゾンビが来た。私は安全地帯に入っていたので、ゾンビに襲われることはなく。


 5分経過すると、屋根へと移動して、ゾンビが肉を貪る光景をじっと見ていた。そして、死体からゾンビが消え去ったのを確認し、ようやく私は戦利品をあさった。


 広場に横たわった美男美女の死体。ゾンビに食われたせいか、美しいとは真逆の存在になり果てていた。

 

 私はぐじゃぐじゃになった肉の塊をいじり、銃を取ってマガジンを奪う。


「……まぁ、こんなものか」


 11人いたため22個あるかと思われたが、半分以上は空で、中身があったのはたったの3つ。安全地帯で手に入れるマガジンが2つまでだったので、合計で5個のマガジンを手に入れることができた。


 マガジンはありすぎても、太ももにつけているポーチには6つ以上はしまえなかった。このぐらいでちょうどいいかもしれない。

 

 マガジンだけじゃなくって、ショットガンも手に入ったし、この戦いは豊富な戦利品を獲得できた辺り、めちゃくちゃよかった。


「でも、そろそろ殿下のお顔を拝見したいところね」


 どこにいるのか分からない。

 生きているのかも、死んでいるかも分からない。


「ああ、殿下。どうか生きていらっしゃいますように」


 もし、生きているのなら、私があなたを無惨に殺しましょう――――。




 ――――――


 第6話は18時頃更新いたします。よろしくお願いいたします。

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