第4話 横奪

 マイケルさんを葬った後、私は複雑に組み込んだ屋根の上を腰をかがめて駆けていた。

 

 遠くからも銃声がちらほら聞こえるが、一番大きく聞こえたのは南西からもの。一番近いと思われる戦場へ走っていると、『1分後に安全地帯が解放されます』というナアマちゃんのアナウンスが響く。そのアナウンスがあって約一分後、一番近くと思われる銃声は消えた。


 うーん。これはもう、発砲者が安全地帯に入っちゃった感じかしら?


 周囲に敵がいないか確認し、私は立ち止まってしゃがみ込む。そして、こめかみを押してマップを展開した。


 やっぱり……。


 現在地から近くにあったのは赤い点。それは発砲音がしたと思われる場所と方面にあった。おそらく、ターゲットは安全地帯にいるだろうから、狙うことはできない。


 ならば、私は強制移動となる5分後に、襲撃する。もしくは、彼らが安全地帯を出たところを狙おう。


「そうなると、5分は暇になるわね………」


 安全地帯にいる彼ら以外に、近くには獲物もいるような気配もない。ここを離れて狩りに行くより、待った方が確実に彼らを仕留めれる。


 でも、ただ待機するのは暇だわ…………一応、人数だけでも確認しておきましょうか。何人殺せるか見通しが立てれるし。


 そうして、獲物の近くまで行くと、安全地帯である広場を見渡せる屋根の上で寝そべった。見えた広場はスタート地点のものよりも狭い。サッカーコート1面分ぐらいの広さで、周囲は3階建ての建物に囲まれていた。


 そこに通じる大きな道としては中央で交わる十字路の大通りのみ。他の道には、家の隙間に階段の小さな路地ぐらいしか見当たらない。


 人がいないから閑散としているけど、昼間だったら賑わってそうな広場ね。


 広場に面している建物の1階には何店舗かカフェがあった。そのカフェの手前にある外テラスには多くの椅子と机、閉じられたパラソルがあり、戦いの際に盾になりそうだった。


 他の障害物には、広場の中央にあった可愛らしい噴水。スタート地点のものよりもずっと小さく、チョロチョロと水が静かに下の段へと流れ落ちていくもの。一番初めにみた噴水を見ていると、安っぽ………随分と落ち着いていた。


 そんなチープ………大人しい噴水以外に大きな障害物はなく、広場は全体的に見通しがいい。上にいる私は全ての場所を確認することができた。


 距離があると言っても、夜の街は閑散としている。遠くの音でも気づかれる可能性があった。私は音を鳴らすことがないよう注意し、獲物の数を確認していく。


 安全地帯にいた獲物は11人の人間。男が5人で、女が6人。残念ながらエイダンたちは見当たらなかったが、確認できた獲物は全員知っている顔だった。

 

「……ゲッ、アイツ、ここにいたのぉ……」


 注目していたのは11人の中心にいる、爽やか笑顔の男。宝石が組み込まれたかのような緑色の瞳を輝かせ、艶やかな短い黒髪をなびかせるイケメンさん。

 

 あんだけ顔が整っていれば、乙ゲーのメインキャラだと思ってしまいそうだけども……。


 だが、眉目秀麗な彼は乙女ゲームには登場しない。いたとしても、モブ扱いの子。


 彼の名はヴァンデライ・ナインターン。クラスではリーダー的存在、コミュニケーションスキルはEXという、非の打ち所がないようなイケメンさん。


 でも、私は彼が心の底から大っ嫌いだった。

 ちゃんと理由はある。誰もが納得できるようなものが。


 顔をゆがませながらも様子を見ていると、安全地帯に別の男子が1人やってきた。


 あの美少年は……ああ、ゼフィールくんね。

 遠くだけど、分かるわ。


 小さく高い鼻で、吸い込まれるようなアースアイの瞳。その大きな瞳を輝かせて、美少年くんは艶やかな紺色の髪を揺らして走っていた。


 小学生並みに身長は小さい彼は、美形なことで有名な私の美少年同級生ゼフィールくん。彼も乙女ゲームにいそうな顔もをしているが、ゲーム内では一切登場しない。


 メインキャラたちの近くにいることはなかったし、別のクラスだったから、会話を交わすといった直接的な関わりはなかったけれども……。


 なーぜか、すれ違うたびに、私は彼に睨まれた。


 あのクソ王子たちの言葉を鵜呑みにして、私を嫌っていたということもあるだろうけど、あのキツい睨みには他にも理由があると思う。


 例えば、身長のある私を疎ましく思っていた、とか。

 直接聞いたわけではないから、想像になってはしまうけれども………でも、彼が私を睨むのも分かる気がする。

 

 ――――だって、小学生みたいに小さいんだもの。


 みんなは150cm以上は絶対にあるのに、自分だけ140cm。その10㎝の差はかなりある。


 ああ……かわいそうに。容姿はパーフェクトだから身長さえあれば、モテていたでしょうね。


 ゼフィールはヴァンデライがいると分かると、銃をさっと構えた。だが、ヴァンデライは銃を手にすることなく、両手を上げ降参ポーズ。

  

「ゼフィール、僕らは戦うつもりはない。どうかその銃を下ろしてくれ」


 ヴァンデライは安全地帯にいるため、もしゼフィールが撃ったとしても、被弾することはまずない。そのことは分かっているはずなのに、ヴァンデライは安全地帯の外に出た。


「これは殺し合いのゲームだ……自分が生き残るためには戦うしかないんだよ……」


 ゼフィールの声は震えていた。本心には「殺したくない」という思いがあるのだろう。


 ああ……そんなの無視して、気持ちよくなるまで殺したらいいのに。


 だが、ヴァンデライは少し微笑んで、横に首を振った。


「そんなことはないよ。こうして、みんなに訴えていけば、殺し合いなんてせずにパーティー会場に戻れる。だから、ゼフィール。僕らと一緒に来ないか? 主催者と交渉しようじゃないか」

「主催者って……アドヴィナ・サクラメントのこと?」

「ああ。ちゃんと話をすれば、彼女も僕らの意見を聞いてくれるだろう」


 はぁ………何という綺麗な心でしょう。


 私も純粋でなーんにも知らなかったら、彼らの話に耳を傾けているだろうし、そもそもデスゲームも開催してはない。


 だが、こちらも彼のことを何も知らないわけじゃない。


 全てを知っているわけではないけれど、少なくともヴァンデライがクソオブクソな人間であることは知っている。


 ヴァンデライは顔はいいし、第一印象はめちゃくちゃいい。成績もいいし、コミュニケーションスキルは化け物だし、魔法能力も高い。

 

 だが、実際の彼は――――ただの変態。


 女の子はもちろん、男でも綺麗な顔をしている子はヴァンデライの相手になってしまう。『ハーレムでも作りたいのかしら?』と思うぐらいに盛ってるヤバ男。


 たぶん、ヴァンデライがゼフィールを誘ったのは、顔がよかったから捕まえておきたかったんでしょうね。

 

 こうしてみると、集団の全員が美男美女。ブサイクさんは誰一人いなかった。


 その美形集団の中には妙に疲れを見せ、吐息を漏らしている女子がいた。頬が火照っている様子から、きっと彼女はヴァンデライの餌食になってしまった人間。正直、『いつそんな時間があったの?』とツッコミたくなってしまう。


 ヴァンデライ……あんたってやつは……ほーんと気色悪い。


 どんだけ性欲があるのよ。全く吐き気がする。デスゲーム中なんだから、ちょっとは抑える………せめて、1人で収めなさいな。


 死ぬから、やれることはやっておこうという考えなら、知りたくない。とっととタヒれ。クソ男の行為しているところなんて、こっちは1秒たりとも見たくないの。


 そんなド変態男に誘われてしまったゼフィールも、いつか彼の被害者になる。


 だが、純粋な瞳を輝かせる感じから察するに、ゼフィールはヴァンデライの本性を知らない。

 

 ――――だから、襲われる前にゼフィールあの子を殺しておきましょう。


 腰にしまっていた拳銃を右手に構え、ゼフィールの頭に照準を定める。そして、手に力を入れ、銃の照準をずらさないよう、ぐっと抑え込んだ。


「さようなら、綺麗なゼフィール――――」


 パンっ――――。


 トリガーを引きた瞬間、銃声とともに全身へ伝わる反動。銃弾は月明かりできらりと光り、真っすぐ彼の元へ飛んでいく。


「ゼフィールッ!!」


 ヴァンデライが叫んだ頃にはもう遅かった。


 放った銃弾は綺麗にゼフィールの頭に命中。彼の体は横へと倒れていく。傍にいたヴァンデライがすぐさま駆け寄り、彼の体を支えた。


 私はすかさずヴァンデライを狙い、撃ちこむ。しかし、彼は近くのテーブルを倒し、盾にして、ゼフィールの体を抱えたままテーブルの裏へと隠れた。


 うーん………さすがにヴァンデライまではれなかったかぁ。


 でも、これでヴァンデライの被害者は減らせたわね。ほんと、彼に襲われなくてよかったわね、ゼフィール。


 あなたが天国にいるのか地獄にいるのかは知らないけれど、あなたを襲おうとしていたやつは絶対に殺してあげるから。


 だから、安心して眠ってちょうだいな――――。




 ――――――――


 今日も3話更新です。第5話は12時頃更新いたします。

 よろしくお願いいたします<(_ _)>

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