第57話 憎しみをあなたに

 大遅刻っ――――!! すみません!!


 ――――――




 アドヴィナの首を切り、倒した俺は彼女の頭が地面に転がっていくのを眺めていた。


 …………ああ、これで元の世界へ戻れる。

 この狂ったゲームは終わったはずだ。


「………………」


 しかし、アナウンスは何もない。

 ナアマという少女も現れない。

 

 その代わりに――――。


「アハハッ! アハハッ!」

「………………」


 地面に転がったアドヴィナの頭は笑っていた。

 まるでまだ生きているかのように爆笑。

 血管が見えるほど目をかっ開き、大口を開けて笑っていた。


「お前…………なぜ生きている…………」

「なぜかしらッ!! アハハッ!!」


 すると、頭だけでなく、切り離された胴体までが動き出し、両手を空に向かってあげる。何かを迎えているような手………首から上はないのに、空を眺めているような姿だった。


「ああ! 絶体絶命の大ピンチっ! その瞬間に見えた魔法の極致っ!」

「………………」

「アハハッ!! できないと思っていた魔法だけど、できちゃったのっ!! アハハッ!! 私ってばて・ん・さ・い♡」

「………………」

「私は生きるッ!! あなたは死ぬ!!」

「…………違う。お前が死ぬ」


 頭のアドヴィナにそう答えるも、生じる違和感。


 これはなんだ?

 俺は………何か見落としているのか?


「アハハッ!! あなたは死ぬ! 私は生きる!!」

 

 狂ったように叫ぶアドヴィナの体は金の粉へと変わっていく。第3ラウンドと同じ退却。頭は首から、胴体は指先から風に吹かれ、砂のように消えていく。


 これで全部消えれば、勝利だ――――。



















「――――あははぁ、死んだと思ったぁ?」











「――――はっ」


 振り返った瞬間、背後にいた女。それは今消えていったはずの彼女。その女は悪魔のような笑みを浮かべていた。


 グサッ――――。


「あららぁ? 殿下に刺さちゃったわ?」


 下を見れば、自分の腹に刺さった剣。

 それはハンナが自害に使ったあの剣だった。 


 ………………なぜだ?

 なぜアドヴィナに気づかなかった? 

 なぜ俺は反応できなかった?


 次々に浮かぶ疑問と津波のように襲ってくる焦燥。

 服に染み込んでいく血と傷口に感じる激痛。


「この剣で殿下も地獄に落としてあげる♡」


 そんな悪魔の声が耳元でささやかれた――――。




 ★★★★★★★★




「っ――――」


 剣で腹を刺した私を、蹴飛ばすエイダン。彼の重い蹴りに私は吹き飛んだが、宙をクルクル回転。手を地面につけ、後ろへ滑りながら着地した。


「あーあ、心臓も刺したかったのに……」


 真っ赤に染まった剣を血振り。

 ぴしゃりと地面に紅血が弧を描いて散る。


「クソがっ………」


 エイダンは判断よく、回復魔法をかけ、腹部を治す。しかし、回復系魔法と相性が悪い彼にとって、誤算な魔力消費。その疲れが顔に現れていた。


「セイレーンに感謝しなければ………クローンがいてくれなければ、私即死でしたわ」


 エイダンに首ちょんぱされた私は私ではなく、クローンのアドヴィナ。そして、エイダンの気が緩んだ隙を狙って背後から奇襲。


 彼の驚きようといったら…………最高のリアクションだったわ。


 回復されてしまったから、大怪我を負わせるほどの攻撃ではなかったけど、楽しかったからOKっていうことにしましょう。


「でも、戦場だけだとやっぱり味気ないですわね………」


 戦場は戦場で悪くないのだが、他のラウンドと比べて面白みには欠ける。やはり戦いの場にはあまりふさわしくない、ギャップを感じる可愛い場所で戦いたいわ。


 よしっ、エイダンのお墓はあそこにしよう――――。


 パチン――――指をはじく音が響く。

 音ともに切り替わった景色。

 見えたのはすさんだ城の姿。

 蔦が壁に張り付き、窓にガラスはなし。

 屋根もなく、無人の城。


 寂しいそんな城に対して、空は眩しいほどの晴れている。快晴だった。


「静かなフレイムロード国、無人の廃城…………これがあなたたちの国の未来」


 両手を広げ、くるくると回る。ガイドツアーのように明るい声で、彼に紹介する。私たちが移動した先は、将来の姿のフレイムロード王国王城。


 小鳥のさえずりが響く、静かで誰もいない寂しい王城。ここがエイダンのお墓。


「あなたたちは私たちに敗れて、なくなるんです。みーんな、死んで逝く」

「………………」

「ここが花畑になっているだけマシですね。よかったですね」


 エイダンは白けた目を私に送る。

 もううんざりしているようだった。


「フンッ、ゲーム管理者は好き放題できるんだな」

「最後ですもの、いいじゃないですか。あ、殿下はどこかご希望がありまして?」

「………………どこだっていい。お前を殺せれば」

「そうですか」


 すぅと息を吸いこみ、エイダンと向き合う。


「――――っ」

「――――っ!!」


 刹那、私たちは動き出す。


 即座に踏み台を作ると、そこへ全力ダッシュ。そして踏み切って、上へと大ジャンプ。自分の体に浮遊魔法をかけ、勢いのままに空へと飛んだ。


「空に逃げても無駄だぞァ――――ッ!!」


 背後には鬼の形相で追ってくるエイダン。


 そして、私たちは閃光のように空を飛び回り、崩壊寸前の城を破壊し、暴れまわる。エイダンは橙の瞳を燃やし、光、炎、水魔法を付与した斬撃をこれでもかと振ってくる。


 ああ、楽しい。

 このギリギリの感覚、幸せね――――。


「クソアドヴィナァ――――ッ!!」


 怒号を上げ、光線を放つエイダン。ああ、私を追い詰めようとするその積極的な攻撃は悪くない。


 でも、でもね――――。


「かわすのは余裕よ」


 光線の隙間をぬい、エイダンの腹に向かってドロップキック。粘着魔法をかけていた足にゴムがつき、跳ね返ってきた彼に向かってもう一蹴り。


「はいっ! もういっちょっ!」

「ぐがっ!!」


 蹴りと殴りを交互に50発入れると、彼方へと吹き飛ばす。


「こんなのでやれると思ってるのかァ―――!!」


 だが、すぐに戻ってきた。やはりしぶとい男だ。


 そうして、地を駆け、空を駆け、魔法をぶっぱなし、剣と杖をぶつけ合い、拮抗の戦いが続く。

 

「っ――――!?」

「あっ!! 引っかかったわぁ!!」


 戦いの最中に見えない糸で蜘蛛の巣のような罠を、空に仕掛けていた私。

 その罠にエイダンが引っかかり。


「クソがっ!!」


 体が糸に捕まっていた。身動きするも離れない糸は、彼の体にしがみついているよう。かなり粘着力は強めにしていたので、そう簡単に離さないだろう。


 もちろん、私はその隙を逃さない。

 チャンスを離さない。


「殿下ぁ――――!!」


 上にいた私は浮遊魔法を解除。

 彼の元へ落ちていく。

 飛び込むように落下。

 風で髪が舞い上がる。

 

「くっ!!」


 動けず焦りを見せるエイダン。


 ああ、安心して。

 もうやってあげるわ。

 この戦いが終わってしまうのは寂しいけれど………。


「うふふっ」


 思わず漏れる笑い声。


 こんなデスゲームができたのはあなたがいてくれたから。あの人に出会えたのはあなたがいたから。


 そこは感謝しよう。ありがとう。


 でも、あなたがいなかったら、もっとアドヴィナは私は幸せになれた。無駄な時間を過ごさずに済んだ。


 だから――――。


「あなたに感謝を。そして、憎しみをあなたに――――」


 杖からハンナの剣を手に持ちかえ、大きく振りかぶる。


 一部の糸を振り解き、残りを魔法で振り払って、ようやく体を動かせるようになったエイダン。彼は両手を組み、自分の体を守るようにバリアを張る。


 でも、そんなバリアは意味がない。

 私が全て破るから――――。


「ハアァ――――ッ!!」


 バリアに突きさす刃。

 その先の一点に力を、魔法を込め、押し込む。


「ハ゛ァァ――――ッ!!」


 そして、ついにひびが入り――――。


 パリンっ――――。


 破れるバリア。

 それと同時にエイダンの胸に差し込んだ剣。


「かはっ」


 心臓と肺を刺され、血を吐く彼。私は差し込んだまま、追い込むように回復魔法を無効にさせる魔法をかける。


「死んでください、殿下――――」

「死ぬものかっ、クソがっ………」


 エイダンとともに地へ落ちていく私。

 彼のあがきはもう意味がない。

 これで、彼は死ぬ。


「………………っ?」


 落ちていく中、不思議と溢れ出した涙。


 ああ…………もしかして、あのアドヴィナが悲しんでいるのだろうか。


 その涙が空へと飛んでいく。

 宝石のように美しく煌めき、空の彼方へ消えていく。

 

 ………………ああ、これで終わりなのね。

 私たちの復讐は終わったわよ、アドヴィナ――――…………。




 ★★★★★★★★



 

 心臓をやられたのにも関わらず、立って私を殺そうと襲い掛かるエイダン。しかし、彼の足はもうフラフラ。歩くのはやっと。


 魔力も残っていない。

 剣を振ることももうままならない。

 彼のが私に当たることはなかった。


「………………」


 そして、ようやく力尽き、膝をつくエイダン。

 彼の傍にあった花にぽたぽたと血が落ちる。


「ねぇ、殿下」

「……………」

「私が謝った時は優しくしてくれたけど、あれはハンナのためだったのでしょう?」


 ハンナが嬉しそうにしていたから。

 彼女を悲しませるようなことはしたくなかったから。


 でも、本当は私なんて消えてほしくって仕方がなかったのでしょう?


「一度言いましたよね。半年前からのいじめは私がしていたんじゃないって」

「………………」

「なりすましだったんですよ。マリーが私になって、ハンナをいじめていたんです。証言も取れました…………死んでしまいましたけど」


 その真実に驚いたのだろう、エイダンは一瞬目を見開く。すぐに虚ろな瞳に戻ったが、そこには後悔が見えたような気がした。


「調べもしない。思い込みで私が犯人だって判断されて………これが恨まないでいられます?」

「………………すまなかった」

「今更ですよ、殿下。あなたの謝罪はもういりません」


 今更優しくされても、何を言っても、もう私の心には何も届かない。


「ああ、それとですね…………私、マリーから呪いをかけられていたんですよ。嫌われる呪いを…………それを解いたらどうなったと思います?」


 死に際のマリーに話した言葉を思い出す。


『でも、呪いは自力で解いたのよ。でもね――――私、嫌われたままだったの』


 解呪しても、私はエイダンたちに蔑まれたままだった。鋭い瞳が向けられたまま。


「何も変わらなかったんですよ。なーんにも」

「………………」

「あなたたちは心の底から私を嫌っていた。汚らわしく思っていた。呪いがあろうとなかろうと」


『あなたって人は本当に嫌われものね!』


 そのマリーの言葉に全力で同意する。

 私は正真正銘の嫌われ者。


 いくら彼に歩み寄ったとしても、私たちの間には埋らないぐらいの深い溝があった。


「だから、あなたたちとはもういたくない。消えてほしかった。私がいたかったのは別の人…………」

「………………あの魔王か」

「ええ」

「…………俺たち、は……出会うべきじゃなかったん、だな………」

「ええ、私もそう思いますわ」


 会わなかったら、こんなふうにはならなかった。

 エイダンを憎むことも殺し合いをすることもなかった。


 でも、たとえ会ったとしても、もう少しいい付き合いができたと思う。


 それができなかったのはエイダンのせい。

 何も見ようとしなかったあなたのせい。


「殿下、あなたの死は自業自得、ざまぁですわ」

「………………そうか」


 私を見上げていたエイダンは下に俯くと、足元にあった花を摘み取った。


 その桃色の花はかつて彼女が愛していた花。エイダンはその花を見て、頬に一筋の涙をこぼす。橙の瞳にはハンナ彼女が映っているようだった。


「ハンナ…………」

「…………………」


 弱々しい声で呟いたエイダン。そうして、彼は座り込んだまま静かに息を引き取った。彼の死体は消えないまま、色とりどりの花々が咲き誇るその中で、彼は銅像と化していた。


 ビィ――――。


 快晴の空に響く最後のサイレン。

 全てのデスゲームの終わりを告げる合図。


「………………これで終了ねっ!! 終わったァ―――!!」


 ――――宣言通り、パーティー会場にいた生徒を殺した私。達成感が溢れ、嬉しさのあまり万歳。


 直接全員を殺すことはできなかったけど、エイダンたちを自分の手で屠れたのはよかった。自分で彼らに罰を与えられた。


 本当によかった…………。


「おめでとうございます、アドヴィナ様。アドヴィナ様がデスゲームの勝者です」


 気づけば、背後で待機していたナアマちゃん。彼女の腕は治してもらったのか、ぱちぱちと可愛いらしく拍手をしてくれた。


「ありがとう、ナアマちゃん。ナアマちゃんもお疲れ様」

「お気遣いありがとうございます。これからどういたしましょうか、アドヴィナ様」

「あー、帰る前に少しこの世界で遊んでいい?」

「もちろんです。どこに行かれますか?」

「街かしら~。あっちの方あまり見れなかったし………」

「了解いたしました。ご案内いたしましょう」


 ナアマちゃんを追いかけ歩き始める。だが、数歩で足と止め、私は振り返り、死体の彼に丁寧にお辞儀をし。


「さようなら、アドヴィナが愛した人」


 最後の挨拶をして、花畑を去っていった。




 ――――――


 最終回は今日更新いたします。7時を予定していますが、できなかったらすみません。

 エイダンは死んじゃいましたが、最後までよろしくお願いします。

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