第20話


 その後、英知先輩にいろいろと指導を受ける。厳しいけど仕事を一つ一つこなしていく度に「やるじゃん」なんてお褒めの言葉をくれるからアメとムチが上手い人だと思った。


「──お疲れ様でした!」

 初日だからということで少し短めに終わらせてもらった勤務。長時間の労働でも爽やかさはちっとも失っていない店長が手を振ってくれて、思わず振り返す。


「お疲れ」

 ちょうど英知先輩もシフトを終えたようで更衣室から出てきた。


「お前、家は?」

 並んで店の外まで出ると、そう尋ねられた。

「あー、あっちです」

 遊の家に行こうかどうか迷ったけれど、先輩に「送る」と言ってもらったから今日は諦めることにした。



 それなのに、カフェの裏口の前──壁に寄りかかっていた背中を離してこちらを見つめるのは、他の誰でもない。


「世良」

「ゆ、う……?」

 私がいつでも会いたいと願う人だ。


「こいつって──」

 英知先輩は私たちと同じ学校の一つ上の学年だから、遊のことを知らないはずがない。彼は入学した時から有名で、男女問わず話題に一度はあがったことのあるイケメンだから。


「“王子”って呼ばれてる、あの……」

 最後まで言われなくてもわかる。問いかけられるような声色に上手い答え方も思いつかず、言葉に詰まった。


 遊は自身のファンクラブから「王子」と呼ばれている。まさに、英知先輩の言葉通り。


「え、ち、違いますよ!」

 一瞬の戸惑いを隠すように否定をしてみたけれど、震える声ではさすがに無理があっただろう。


「あの人、私を誰かと間違えてるのかもしれません」

 確実に名前を呼ばれていたにもかかわらず、必死に否定する私を先輩は怪訝そうに見た。




「──世良?おいで」

 ひたすらに他人を装う私を見て、今度は遊が不思議そうにする。

 空気を読んで欲しいのに、思い通りにはなってくれなかった。


 私に向かって手を差し出している様は本当に王子様みたいで──本当ならその手が嬉しくてすぐに駆け寄って握り返したいのに、今はそれどころじゃない。



「ちょっと──」

「へえ……」

 焦る私の隣で面白そうに笑う先輩。遊は私と英知先輩を交互に見ている。

「そういうこと?」

 勝手に一人で納得して頷いているから「誤解です!」と慌てて否定した。



「世良?」

 いつの間にか近づいてきた遊が、私の腕をそっと取ってそのまま指を絡める。

「誤解って……どういうこと?」

 不安そうにこちらを覗きこむ遊を見てしまったら、私はもう何も考えられない。先輩にバレまいと必死だったのも忘れてしまうほどに。



「──英知先輩、このことは絶対に秘密でお願いします」


 やっぱり遊には敵わない。



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