第17話


「遊、なんなのあれ!」

 遊の家に入ってすぐ、詰め寄った。当の本人は何の事だか分かっていないようで首を傾げている。可愛いな、くそ。


「……俺、何かしちゃった?」

 不安そうに私を見るから思わず許してしまいそうになる自分を殴りたくなった。


「なんで、教室の前であんな触れ方したの……」

 あんな、優しい手つきで頬を撫でる必要なんてなかった。


 キッと遊を睨めば、拍子抜けしたような表情。少し瞳を泳がせて、考える仕草をする。


「……世良にだけ、してるわけじゃないよ……?」

「は……?」

 私以外にも、あんな触れ方してるわけ?あんな風に、触れ合ってるの?


 さっきまで自分に触れたことを怒っていたのに、今は他の女に触れたことを怒ってる自己中心的な私。


 それでも、傷ついたのに変わりなくて。



「──誰にでも、そんなんなんだね」

 “彼女”だから。少しは特別なのかなって思っていた。好きになってもらえるなんて驕ってはいないつもりだったけど、遊が大切なものを扱うみたいに優しく触れるのは、私だけだって勝手に思っていた。


 呆れたように口から洩れたため息に、遊が少し傷ついた顔をした。


「“そんな”って……?」

 なんであんたが悲しそうなの?辛くて胸が痛いのはこっちだっていうのに。


「私、遊の彼女でいる意味ある?」

 そう問いかけてみれば、私の言葉を、私の意図を理解するのに時間を要しているみたい。


 あなたに私は必要?あなたにとって彼女ってどういうもの?どんな存在?




 ──遊は私のこと……好き?


 次々に浮かぶ疑問をぐっと飲み込んで、彼の言葉を待つ。




「──え、と……」

 頭を掻きながらどう答えようか迷っている様子。

「……ごめん、よく……わかんないや」


 やっと聞けた声は私の気持ちをどん底に突き落とすものだった。



 ──嘘でも言えない?


「世良が必要だよ」

「そばにいてほしい」

「好きだから」


 取り巻きの女には優しい言葉を投げかけるくせに、彼女には甘い言葉一つ言えないの?



「……もう、いい。わかった……」

 よくない。何にもよくないし、何にも分からない。


 でも、これ以上続けてたらどうにかなっちゃいそうで話を無理やり切り上げた。



「ちょっ……どうしたの?」

 掴まれた腕。いつもなら触れられた場所が熱くて仕方ないのに、今はただ冷たく感じる。



 ──この手は、私だけを包んでくれるものじゃない。私にだけ、優しく触れてる手じゃないんだ。


 そう思ったら……モヤモヤしたものが胸に広がって、思わず彼の腕を振り払った。


「え……」

 驚く遊の声がして、はっと我に帰る。


「な、んでもない……」

 ごめん、と一言謝ってから遊に背を向け、彼の部屋を出た。



 お願いだから、私にだけ構って。

 私にだけ笑顔を見せて、私にだけ触れて。

 私にだけ興味を向けて。私以外の心配なんてしないで。




 ──そう思わずにいられないのは、おかしいこと?

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