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2021年5月12日


 柵越しにも、そのボディが曇天の空を映している様子が目に入った。

 ガラスには漆黒の車体と見紛うほどに暗いスモークが貼られ、僅かにうかがえる車内には前部と後部を仕切るカーテンが見受けられた。


 お嬢様学園の駐車場とはいえ、場に不似合いな車両だった。


───前にはなかったな。


 知樹の勘はきな臭いものを感じていた。

 言葉にはできない、気に入らない感じ。

 これでは好嫌すききらいでしかないが、なにか・・・がそこにあった。


「マック、どうしたの?」

「いや、なんにも」


 しかし、慶太も愚かではない。

 知樹の視線の先を知ると、同じく違和感を持った。


「コロモのクラウンClownかぁ。前来た時にはなかったね」

「……なーんか、嫌な感じすんだよな」

「“いかにも”って感じだよね。その、ヤのつく人とか」


 ヤクザ。

 知樹も何度かそれらしい人間とやり合ったことはあるが、高級車に乗る手合いは初めてだ。


 友人の近くに、ロクでもない奴らがいる。

 心のスイッチに指を掛ける。


「おおっと、あんまし関心出来ねぇ言葉遣いだな、ボウヤ」


 背後の気配から、聞き覚えのある声。

 振り返ると、黄色いタオルを首に掛けるあの・・用務員がそこにいた。


「なんだよ、またケンカ売りに来たのか?」

「くっくっく……最近のガキは物騒だねぇ。この大人様が忠告しに来てやったのよ」

「忠告ゥ?」


 喧嘩腰の知樹を横目に、用務員は腰を下ろして件の車に視線をやった。

 いわゆるゴプニクスタイル、またはうんこ座りである。


「あの車の持ち主はなぁ、加賀津谷かがつたに楽器ってとこの社長のモンだ」

「加賀津谷……? 確か、銀城学園ここの楽器の調律を担当してるっていう?」

「あと、修理と調達もな」


 その名前は慶太とその従姉妹文華の会話に出てきた事があった。

 社長自らサービスを行う、という一点のなんてことのない会話だ。


「……で、楽器だけじゃあんな車に乗れるほど儲からねぇ」

「なんだよ。裏の顔でもあるってのか?」

「さぁ。どうだろうなぁ……くっくっく、半端な気持ちで茶々いれねぇこった」


 言いたい事だけ言い終えると、用務員はまたどこかへ行った。

 本当に仕事をしているのか疑わしくなる男である。


「なんだあのオッサン」

「さあ……いきなり出てきて助言言うやつ?」


 とはいえ、無意味な事ばかりではない。

 用務員の言うことが事実ならば、加賀津谷楽器店社長とやら、ただならぬ人間であると見るべきだ。


「……姉さん、大丈夫かな」


 慶太の呟きに、知樹は心のスイッチにある遊びを引き絞った。

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