11

 昼休み。

 大多数の生徒にとっては食事と社交の時間帯だが、知樹には違っていた。


「ねえ、マックってSNSとかやってないの?」

「SNSゥ?」


 校庭の鉄棒で懸垂をしながら、慶太に問い返す。

 手早くプロテインバーを噛み砕くと、トレーニングが始まった。


 この上半身を曝け出しながら行う鍛錬を、遠巻きに見つめている生徒が数人見受けられた。


───俺を監視してやがるな。


 視線の正体を分析しつつ、上下を続ける。


「ほら、ツリッターとかウォークWokeブックとか……」

「SNSはアメリカが作った諜報と分断の道具!」

「あはは……まあ、分断はその通りかな」


 黒い冗談に交えて真に迫ったことを言う。

 慶太はSNSで繰り広げられる無益な闘争を頭に浮かべながらパンを頬張った。


「え、なに。ケーはやってんの?」

「まあね。情報収集とかに使えるし」

「こういうのって、大体AIがやってるって親父が言ってたぜ」

「えー、まあそういうのもあるとは思うけど……」


 今時、流れている呟きやニュースを自動的に発信するbotなど珍しくない。

 恐らく彼の父親はそれが一般的と誤解したのだろう。

 慶太はツリッターで学園のアカウントを検索すると、知樹に差し出した。


「これとか、ここのアカウントだよ。行事とか連絡事項を発信してる」


 差し出された画面を見るため、懸垂を中断して地に足つけず膝裏で鉄棒を挟んだ。

 そのまま腹筋をしつつスマホを睨む。


「ここの生徒会が運営してるんだよ」

「生徒会ねぇ……本当にやってんのか?」

「やってるわよ」


 パシャリ。背後のスマホから撮影を示す電子音が響く。

 膝裏の圧力を調整し、振り子の要領で振り向いた。


「誰」

「生徒会庶務、立花タチバナエリカ……海老反り状態で見られると怖いんだけど」

「知るかよ。何の用?」

「学園内の名物を撮りに来たの」


 慶太のスマホに新着の表示が来た。


『昼休みには生徒達が自由に羽を伸ばしています。

 例えばこの男子は毎日この鉄棒で懸垂や腹筋をしています!

 上半身ハダカ!』


 添付されている画像にはジャージを履いただけの知樹とスマホを差し出す慶太。

 それぞれの顔が写らないように配慮されていた。


「おい、勝手に撮るなよ」

「顔は写してないわよ。それに……見なさいよ」


 エリカのスマホ。ツリッターの通知欄に表示された数字が見る見る間に三桁を超えていた。

 その光景を見て、彼女は恍惚の笑みを浮かべた。


「うほっ、これはバズ……バズ……」

「なんだか知らねぇけど、お前のじゃないんだろ?」

「わかってるわよ。って、こっち上級生よ。敬いなさい」

「敬えるだけの事をしろ上級生」


 恐らくわかっていない彼女は挨拶もなく立ち去っていった。

 残された二人は顔を見合わせる。


「なるほど。本当にやってはいる訳だ」

「うん、まあ……」


 さすがに、運営している学園生があんなのだとは。

 慶太はひきつった笑みを浮かべるしかなかった。


◆ ◆ ◆


「なによあの女、せっかくの秘密をネットの海に放流して……」


 校庭の木陰で、女生徒がほぞを噛んだ。

 彼女こそ、鍛錬中の知樹を監視・・していた一人である。


「運動部の馬鹿どもより鋭く、ステロイド丸出しのボディービルダーとも違う……厳しい大自然の肉体。あの天然希少種を有象無象に公開するなんて」


 件の呟きには彼女と同じく肉体ウォッチ界の重鎮達が拡散とお気に入りを行い、界隈では名北学園の調査まで始まっていた。

 近隣に住むヲチ民には場所が割れている事だろう。


「あーん、あの背筋が世界に知れ渡ってしまうー」


 独占欲が悔恨の炎に薪を焚べる。


───この恨み、はらさでおくべきか。


 静かに、確かに、小さな怒りが一人の少女に積もっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る