10
3時限目、日本史。
この中途半端な時間帯に運動部の人間はあくびや寝息を漏らし、大多数は虚な目で板書をとっていた。
「モンゴル人が博多に上陸した最初の侵略が文永の役。二度目が弘安の役」
教諭は自身が読み上げた文章を黒板に書き、生徒はそれを書き写す。
毎年同じテキストを使い回している怠慢は明白。
極めて単調で面白味がなく、生徒からも極めて評判の悪い授業だった。
そして、ある程度読み上げると対応する教科書の範囲を生徒に読み上げさせる。
申し訳程度のひねりという訳である。
「えー、ではテキストの102ページの文章を……」
史学教諭と知樹の視線が交差した。
「菅原くん」
「あっ、はい」
「なんで俺のこと飛ばすんすか?」
従来であれば読み上げる生徒は席順だ。
知樹の真後ろに座る慶太に順番が回るのは当然。
しかし前回読み上げたのは知樹の前に座る人間だった。
すごく嫌そうに教諭が目を細めた。
「うるさい。私が決めることだ」
この二人、極めて仲が悪い。
理由は複合的なものだが、ソリが合わないのが主たるものだった。
「ああ。史学の教師だと蒙古が最初に上陸したのが博多に出来るんだもんな。対馬や壱岐で侵略者に残虐な扱いを受けた人々がさぁ~」
わかりやすい独り言が教室に響く。
元寇の襲来には、博多上陸以前に対馬や壱岐の島民・武士が血祭りに上げられたのは事実。
無知ではなく省略のつもりだったが、無視したのは事実だった。
「……日本の九州に上陸したのが」
「当時は
「うるさいっ、省略したんだ! 菅原くん!」
起立させられたままの慶太を促す。
史学教諭が最低限、あるいはそれに満たない知識を授け、知樹が指摘して嫌味を言う。
これが史学の時間では通例になっていた。
「はい、今日はここまで。日直は黒板を消すように」
結局知樹の順は完全に飛ばされ、授業は終了した。
授業終了のチャイムと同時に、教諭はそそくさと退場していく。
「また今日も強烈だったな」
「おう」
通りすがった同級生が知樹の机をポンと叩いていった。
当然あの史学教諭の評判は悪く、平然と対抗する姿勢を見せる知樹は注目されていた。
もっとも、同時に「やべーやつ」という扱いを受けているため、一定の距離は置かれている。
そんな人間に話し掛けるのは、また別の友人が少ないやつだった。
「マックって、人によって態度すごく変わるよね」
慶太が背後から話し掛けた。
ハンナが呼び始めたあだ名は、いつの間にか定着していた。
「なんでマック?」
「そりゃ、幕内だからじゃない? なんか悪いの?」
「英語くさい?」
「?」
慶太には何故悪いのか理解できなかったが、ややおいて知樹は付け足した。
「敵性言語だからな」
「ああ、なるほどね」
知樹は時折こういった冗談を口にする。
少なくとも、慶太はそう理解していた。
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